第26話 魂に刻まれたもの

「へえ。冒険者の紛い物とはいえギルドマスターを名乗るだけはある 。『術師』としても八つ星相当というところかな。なかなかのパワーだ」


 デュランは自分の攻撃を跳ねのけて立ち上がったパニーへと素直な称賛の言葉を送る。しかしパニーはそれに取り合わず、険しい表情で問うた。


「あの三人の冒険者共が使う力……封印したモンスターを強制的に使役する『魔煌石』とやらによるものだね。お前たち『光翼の征剣クラウソラス』の専売特許じゃなかったの?」

「へえ。『魔煌石』のことも知っているのか」


 また感心を示しつつ、デュランは言う。


「僕達の持つ『オリジナル』は強力だが、数に限りがあるからね。他にも使えそうなモンスターを封印し 、広く一般の冒険者にも扱うことができるよう研究が進められているんだ。彼らにはその実験を手伝ってもらっているというわけだよ」

「オリジナル……聞いているよ。お前達が滅ぼした『異界種』を封印しているって」

「ああ。まさにその通りだ。ちなみに僕が扱うのが『【凶風】フレスベルグ』と呼ばれるモンスターなんだけどね」


 パニーはギリッと歯噛みする。

 その名前は確かに『異界種』として名を連ねるモンスターの一つ。少年の言葉が事実なら、これまでの不可思議な現象にも説明がついてしまう 。


「『全ての風の起源』とされる神鳥か……! つまりお前が剣を振るう度に起こしていた風も、彼の力だったんだね」

「さすが調教師テイマー。モンスターには詳しいようだね。だったら、フレスベルグにはこういう謂れがあることも知っているかな?」


 デュランは不敵な笑みを貼り付けながら、軽く剣を振るう。

 次に生み出されたのは黒い霧を纏うような空気の歪み だった。

 それはそよ風に等しく、パニーを軽く撫でる程度だったが――


「な……?」


 パニーが全身に纏っていた眩い光の雷が、まるで風に煽られるように霧散し、かき消されていく。

 風が止むと、パニーを包み込んでいた稲妻の光は完全に失われていた。


「なに、これ……」

「『魂を喰らい、天上に運ぶ』。魔力や生命力といったあらゆるエネルギーを奪うことができるんだ。どうだい? 魔術を使うことはおろか、立つことすらもままならないだろう」

「あ……」


 ぐらりと力なく倒れるパニー。

 デュランはそれを見下ろし、嘲笑を刻んだ。


「モンスターと心を通わせて何になる? 力が必要なら封印して無理矢理引き出してやればいい。こっちの方がはるかに合理的だとは思わないか?」

「……そんな方法じゃあ、モンスターの本当の力は……引き出せないよ」

「なんだそれは。お前たち調教師なら全ての力を引き出せるとでも言うのかな」


 デュランの靴底がグリグリとパニーの手を踏みつける。


「くあああ……っ」

「まあ、確かに『魔煌石』にモンスターを封印する技術も、まだまだ研究中ではあるからね。課題が多いことも理解している 。せいぜい実験を繰り返して、最高の力を引き出させてもらうよ。そこで死にかけている君のペットも使ってな」

「トオル君に出をだしたら……殺すから……」

「恐ろしいこと言うなよ調教師。だが安心しろ。僕はお前達を殺したりはしない。冒険者だからな。殺すのはモンスターだけだ。ははっ。はははははははははははは!」




「【奈落の泥団子アビスボール】!」




 その時、デュランへと黒い球状のものが飛来した。


「……、」


 デュランはそれに目を向けるまでもなく剣を振るい、切り払う。

 しかし――ドポウッと。

 弾かれた泥のようなものがデュランの顔を黒く汚した。


「なんだこれは?」


 顔についた泥のようなものを拭い、デュランは顔を横に向ける。

 そこにいたのはローブ姿の幼い少女――エコだった。


 はあはあと呼吸を荒げながら、デュランを睨みあげている。

 その瞳からはぼたぼたと涙が流れていた。

 杖を支えにして立つ足は、しかしがたがたと震えている。


「見覚えのある子どもだな。これはお前がやったのか?」

「…………」


 エコは杖をずぶりと沈める。

 地面が黒く波打ち、黒い塊をいくつも浮かび上がらせる。


「わあああああ~~っ!」


 叫びと共に、一斉にデュランへと降り注ぐ黒い塊。

 しかしデュランは剣を真横に振り、


「ちょっとイタズラが過ぎるんじゃないかな」


 生み出された竜巻状の風が泥の塊とエコの小さい体を巻き上げた。


「ひうっ!」


 エコはそのままぼとりと頭から地面に落ちる。

 打ちどころが悪かったのか、うつ伏せのままぴくりとも動かなくなった。

 デュランはそれにつまらなそうな視線を向け――直後、驚きに目を見開かせる。


「これは……!」


 倒れるエコのローブは風に切り裂かれ、柔肌があらわになっていた。

 背中にびっしりと刻まれた――黒い茨のような紋様までもが。


「ハッ! なるほどなあ、そういうことかよ!」


 そんな声をあげながらエコに近づくのは冒険者の一人、アンガスだった。

 倒れるエコの髪の毛を引っ掴み、荒々しく持ち上げる。


「ガキ二人で旅をして、オークなんかを連れてる時点でワケありだとは思ってたがよお……まさかこいつが魔族だったとはなあ!」 


 魔族。

 それはモンスターと同様に懸賞金がかけられた邪悪なる存在にして、冒険者にとっての捕縛の対象。

 しかし魔族の子どもを捉える冒険者の顔に浮かんでいたのは、財宝を見つけた盗賊の下卑た笑みそのものだった。



 ●●●



「あーあ……やっぱこうなっちゃうか。やな予感はしてたけどさあ」


『光翼の征剣』の少年が現れ、瞬く間に引き起こされた一連の凶行。

 祈るような気持ちで見ているしかなかったクーリャだが、やはり訪れてしまった最悪の事態に「はあ」と深く肩を落とした。


「おとなしく隠れてればよかったのにさ。エコ様なんかが出ていったところで、何がどうなると思ってんだか。本当にしょうがないなあエコ様は……」


 クーリャは呆れと諦めが混ざったような表情で、しゃらりとスカートから垂らされる鎖――武器のフレイルに手を添える。


「どうするつもりだ」

「助けにいくに決まってるでしょ」

「できると思ってるのか」

「思わないけど。でも、あたしだけ残ってても仕方ないし……行くしかないよね」


 クーリャは歩き出し、観覧席の縁に手を置く。

 デュランのようにここから下に飛び降りるつもりなのだろう。


「あなたはもう行った方がいいよ。そろそろ時間も危ないはずだよね。オークに戻っちゃったら、大騒ぎになって町から出られなくなるだろうし……てか、今の状況で危険種のあなたがあいつらに見つかりでもしたら、今度こそ討伐されちゃう」


 そう言ってから、クーリャは一階部分を覗きこむ。

 そして顔をしかめた。


「うわっ、高っ。こんなの飛び降りれるわけないね……」


 気の抜けた声を漏らすクーリャ。

 すとんと腰を落とし、その場にうずくまる。

 そのままの姿勢で動かなくなり、しかしわずかに肩が震えていた。


「……けて」


 ぽつりと何かが漏らされる。

 そしてロウギの耳は、今度こそある言葉を拾った。


「助けてよ……」


 クーリャは何かに縋るように、そう小さく口にしていた。

 次に聞こえたのは、悲鳴にも似た叫びだ。


「ってなにぼーっとしてるのよ! この無神経! KY! 朴念仁!」

「な……に……?」


 言葉の意味はわからない。

 しかしそれがロウギに向けた言葉であることは明らかだった。


「あなたは一体なにがしたかったの!? いい年したオッサンが小娘二人にホイホイついてきたかと思えば勝手なこと言って急に逃げちゃうし! かと思えばストーカーみたいにずっとずっと監視して、構って欲しそうだったから声かけてあげたら素っ気ないし、あたしが 腕組んであげたのに何の反応もしないし! ふざけるな!」


 クーリャはしゃがみこんだまま叫ぶ。

 心の奥底にたまった感情をぶちまけるように、一気に言葉をぶつけてくる。


「あたし達のこと色々と教えてあげたでしょ! ちょっとは可哀そうだとか思わないの!? なんとか言えよ糞オーク! 危険種だったら何なの! なにがオークの衝動だ! 最初はオークじゃないって言ったじゃん! あなたは鬼人の戦士で! 魔王と七英将は、同朋の種族を守るために戦った英雄なんでしょ! だったら!」


 それは紛れもなく少女の願いであり。




「あたしたちのことも助けてよお…………!」




 救いを求める言葉だった。


「…………」


 敵は四人。

 三人は以前には無い力を振るい、残る一人はさらなる強さを誇る。

 戦えば『赤毛のマンティコア』以上の激戦となることは必至。少なくとも五順で済ませられる相手ではない。間違いなくオークの衝動に呑まれる。今度こそロウギという人格は消え失せ、完全なオークへと堕ちてしまうことだろう。


 そんないつもの葛藤が生まれる。

 一方で、また別の疑問が心の内から湧き上がってきた。


 ――いつからだ?

 戦いを前に、こんなくだらない勘定をするようになったのは。



 ――ロウギ様が守ってくださるおかげで、私達は今日も平和に暮らせるのです。

 ――テンカムソーでシジョーサイキョーなだけが、ろうぎのトリエだからな!



 不意によぎるのは、記憶の片隅にあったであろう幼い少女の言葉。



 ――知ってるよ。そんな君達だからこそ、一緒に戦いたいんだよ。



 そして戦士としての決意を新たにした、あの日のこと。

 


 ロウギは塞ぎ込むクーリャの横に立つ。

 それに気付いたクーリャは慌てて顔を上げようとし、


「あ……ご、ごめんなさ――」


 しかし何かを言い終えるより早く――ぽん、と。

 その頭の上に手を置いた。


「感謝するぞ」

「え……?」

「この俺に……最後に誇りある戦いを与えてくれたことを」


 ロウギはクーリャをその場に残し、跳んだ。

 ドスン、と。

 クーリャが見下ろす一階部分の地面へと降り立つ。


「な、なんだあ?」

「あいつは……オークだとお?」


 ロウギの肉体は既にオークへと戻っていた。

 いくつもの視線を受けながら、ロウギはゆっくりと歩 を進めていく。

 恐れや躊躇いはない。

 肉体が変わろうともが戦いを前に心を昂ぶらせてゆく。


「『角付きのオーク』ゥ!」


 そんなロウギの前に、嬉々とした表情で一人の冒険者が立ち塞がる。

 筋肉質の大男、レイターだ。


「待ってたぜェ! てめえをこの新しい力で! グチャグチャに叩き潰せる時をよォ!」

「…………」


 ロウギは大地を踏みしめ、呼吸を整える。

 心を静める。全身を巡る『氣』を意識する。


 ――【地剋万象】


 そして大地と一体化する境地へと至らせた。

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