第25話 冒険者の刃

「はじめまして。ゼペルの調教師テイマーの方々だね。僕は『光翼の征剣クラウソラス』のデュランだ」


 定例会を終えようとする調教師達の前に姿を見せたのは、純白のマントを纏う少年だった。

 少年が口にする『光翼の征剣』。

 それは冒険者における最高位を意味する称号であった。

 準冒険者として扱われる調教師も、そのことはよく知っている。少年が語る素性にざわざわとした動揺が広がる中、一人の調教師がデュランの前に進み出た。


「こんにちわあ。調教師ギルドのマスター、パニーです」

「そうか。まずはいきなり来てしまったことを詫びさせてもらうよ」

「いえいえ~。冒険者協会のトップである『光翼の征剣』サマにわざわざゼペルの調教師ギルドにまで足を運んでいただいて、光栄の極みですよお」


 パニーはウサ耳飾りをひょこひょこ揺らしながら首を傾げる。


「それで、今日はどうされたんですかあ?」

「噂に聞く調教師の活動というものに興味があってね。勝手ながら見学に来させてもらったんだ」

「ってことは! さっきの交流戦も、ずっと見ててくれたんですかあ!」

「ああ。いつもこうやって一般向けにも公開してるらしいね?」

「そうなんですよお」


 パニーの笑顔がさらにキラキラを増す。


「モンスターの素晴らしさを、少しでもみんなに知ってもらおうと思って。そしたら回数を重ねるごとにだんだん見に来てくれる人が増えてきて、今ではさっきみたいにたくさんの人に楽しんでもらえるようになったんだあ」

「なるほど、確かに町の住民達にも人気のようだ。モンスター達の存在が自然と受け入れられている。これは本当に凄いことだよ。見に来た甲斐があったというものだ」


 少年の言葉に「おおっ」と声を漏らしたのは他の調教師達。

 冒険者の最高位にして冒険者によるシステムそのものを作り出した神のような存在である『光翼の征剣』が、準冒険者とされる調教師の集まりに興味を持って訪れ、しかも好感とも呼べる反応を示した。


 それは冒険者としての王道からは外れつつも誇りをもって独自の活動を続けてきた彼等にとって、これ以上ない評価と言えた。


「本当に、心からこう思ったよ」


 デュランは少年らしい純粋な笑みを浮かべる。




調




 そして――シュンと。

 漆黒の鞘から剣を抜き放った。


「ぷぎ……!?」


 それはパニーの足元にいたモプリンを裂く。

 モプリンは鮮血をまき散らしながら宙を舞い、べちゃりと地面に落ちた。


「え…………」


 一瞬のことに、何が起こったのか理解できなかった。

 言葉を忘れて呆気にとられる調教師の面々。

 モプリンはびくびくと小さい体を痙攣させ、赤い血溜まりを広げていく。


「トオル君になにをしたあああーーーーー!」


 最初に沈黙を破ったのは、パートナーをやられたパニーの叫びだった。


「ふん」


 デュランが軽く剣を振ると、突如として暴風が巻き起こる。

 それはパニーの全身を絡め取り、強引に「ひあっ!」地面へと叩きつけた。


「てめえええ! パニーちゃんになにしやがる!」

「ガアアアアアアアア!」


 次の動いたのは一人の調教師とパートナーの『ヘイルウルフ』だ。デュランの背後から調教師の拳とヘイルウルフの爪が同時に襲いかかる。

 しかしデュランはそちらに目を向けることもなく、また軽く剣を振るう。

 すると大気に風の斬撃が生み出され、「ぐがあ!」「ギイッ!」背後から迫る両者を同時に切り裂いた。鮮血と共に次々と地面へ倒れ伏していく。


「刃を向ける相手を間違えるなよ。所詮は冒険者の紛い物か」


 デュランはキンと剣を黒鞘に納める。

 そして静まりかえる調教師達を見回すと。

 何事もなかったかのように話し始めた。


「さて。一般の冒険者と同じように、僕達『光翼の征剣』にも専用のクエストというものがあってね。例えば未開ダンジョンの探索。『異界種』と呼ばれるSランクのモンスターの討伐。国家機密に関わる事件の解決。いずれも一般のギルドには出回ることのない特別なクエストなわけだけど、その中に『調教師ギルドの視察及び壊滅』というものがあったんだ」


 風に抑えつけられたパニーが、声を絞り出して言う。


「調教師ギルドの壊滅……? ど、どうして……」

「そんなもの、わざわざ語るまでもないだろう」


 デュランはおどけたように肩を竦める。


「一体なんなんだ。この調教師が主催する馬鹿げたイベントに対する住民達の熱狂っぷりは。よりにもよって平和をもたらした勇者を称えるお祭りの最中に……忌々しいにもほどがある。モンスターが危険でないものと人々に勘違いさせてしまったら、どうしてくれるんだ」


 押し黙る調教師達に冷徹な目を向けるデュラン。

 そしてはっきりと告げた。


「モンスターは存在そのものが悪害でしかない。生かしたところで家畜にすらならないんだ。だったら……一匹残らず根絶やしにするしかないだろう?」

「ふ、ふざけるな!」

「てめえにモンスターのなにがわかる!」


 デュランの言い分に周りの調教師達が次々と怒りの声をあげる。

 しかしデュランは一切それに取り合おうとはしなかった。


「どうでもいい。この場にいるモンスターは全て討伐する」


 一方的に下される非情な宣告。

 それを合図とするように、訓練場に別の声が割り込んできた。


「うっひょお。いい具合の獲物がよりどりみどりじゃねえか!」

「町の外にいる雑魚共相手じゃあ、手ごたえが無さすぎて実験にもならなかったからなァ!」

「これ、全部やっちゃっていいんだよね! 超楽しそう! きゃはははは!」


 姿を見せたのは三人の男女。

『ヘルズベア』というパーティを組む冒険者達だ。

 三人はぐるりと訓練場を睥睨すると、それぞれの武器を手に行動を開始した。


「おらあ! まずはてめえからだ!」


 無精鬚の剣士、アンガスがコボルトへと迫る。

 コボルトを襲ったのは、一瞬の間に繰り出される無数の斬撃だった。


「ウォウン……!?」

「ダリアー! 馬鹿な……は、速過ぎる!」


 アンガスが口端をつり上げる。

 得意げに掲げて見せた剣。その柄の部分には、青い色の宝石が埋め込まれていた。


「こいつは『カマイタチ』つうモンスターの力らしくてな。剣を持つ手が、風みたいに軽くなる。ようは素の攻撃が二回攻撃にも三回攻撃にもなるってことだ! ウハハハハ! そらそらそらそらそらそらそらそらそらあ!」


 苦悶の声を漏らすコボルトをあざ笑うかのように剣を振るうアンガス。

 あえて致命傷を狙うことはしない。一呼吸の間に放たれる無数の斬撃は凄まじい勢いで次々とコボルトの肉を裂き、血飛沫を舞わせ続ける。



「ハッ! 粉々にしてやるぜェ!」


 別の場所では筋肉質の大男、レイターがアイアンタートルを拳で殴りつける。

 しかし固い甲羅がそれをなんなく防いだ。アイアンタートルは体を丸め、堪える構えを見せている。

 調教師の男が声を張り上げて言う。


「アイアンタートルの防御力を舐めるなよ! てめえの拳なんざ屁でもねえ!」

「ハッ! だったらこいつはどうだァ!」


 レイターが獰猛な笑みを浮かべながら甲羅に拳を打ち込み――ゴウオオウッ!

 轟音と共に起こった爆発が、固い甲羅を粉々に砕いた。


「コイツが『マグマスライム』の力……ようは爆発する拳ってわけか! いいねェ! やみつきになりそうだぜ!」


 パートナーの調教師は「ロイドー!」と悲痛な声をあげながら駆け寄る。衝撃をまともに浴びたアイアンタートルは、ぐったりと四肢を広げてのびていた。



「逃げようとする子は~……この閃光のミュッセちゃんが打ち抜いちゃいま~す!」

「ニアアアアアッ!」


 上空へ逃れようとして矢に打ち抜かれたのは『キャットホーク』というトリ型のモンスターだった。矢に貫かれた翼が炎上し、黒い煙をあげながら地面に墜落する。

 炎をあげてうずくまるキャットホーク。

 炎を消そうと必死に覆いかぶさる調教師。

 それを見ながらミュッセはケラケラと笑う。


「あー楽し。何回見ても不思議だなあ。『火燐蝶』の鱗粉が矢に纏わりついてて、打ち抜いたモンスターを燃やすなんて! 焼きトリとかもお手軽にできちゃいそう!」


 それからも三人は容赦なく、むしろ狩りを楽しむかのように武器を振るい続けた。

 定例会で力を使い果たしていたモンスター達は、なすすべもなくやられていく。調教師達もパートナーを守ろうと必死の抵抗を試みるが、三人はそれすらも圧倒的な力でねじ伏せる。


「う……あ……」


 パニーの目の前で次々と倒されていく仲間達。

 積み上げてきたものが否定され、ぐちゃぐちゃに蹂躙されていく。


「うわああああああああああああああ!」


 パニーは絶叫をあげて全身から雷を迸らせた。

 バチバチバチという高電圧のエネルギーが自分を抑えつけていた風の奔流すらも弾き飛ばし、ゆらりと体を立ち上がらせる。


「お前たち……許さないぞ……!」


 調教師達のリーダーが憤怒の表情で放つ圧倒的な気迫。

 それでも『光翼の征剣』の少年の薄い笑みが絶やされることはない。まるで自らの正義に酔いしれるかのように。

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