第24話 調教師の理由

 ゼペルの町を歩いていたロウギ達がいよいよ辿り着いたのは、町を囲う外壁にほど近い石造りの建物だった。

 大きさは小国の城くらいありそうだが、華美な装飾は一切なく、どうにも無機質な外観をしている。外からでは何を目的とした建物なのかは判別できない。


「ヘイルラントに仕える兵士の訓練施設……だったらしいよ」


 クーリャがそうロウギへと教えてくれる。

 建物の入口らしき鉄扉は開いており、クーリャがそこに入っていくのでロウギも後に続いた。


「昔は他国との争いで、十年前は魔王軍との戦いで。ゼペルは草原に囲まれてる立地条件のおかげで戦火からは離れるし、ここなら広い場所も確保もできるからってことで、戦争中でもまだ前線に立てないような若い兵士がここで日夜戦いの訓練に明け暮れていたんだって」


 建物の中は静かで、周りに人の気配はない。

 そのことを察したロウギはゆっくりと目を開く。

 建物に入ってすぐのホールからは左右に廊下が続いており、正面には広い階段がある。床も壁も石造りで、灯りもないため薄暗い。最低限の手入れはされているようだが、日常的に使用されている雰囲気ではなさそうだ。


 天井はかなり高く、構造としては二階建てらしい。階段を登ると、いくつもの小さい部屋が並んだ区画があった。ここでは座学や会議などが行われていたのだろうか。

 それらの部屋の前を通りながらクーリャが何気なく言う。


「ああ、なんか勇者と共に魔王と戦った仲間の一人『古鉄の重戦士』ガルバスって人もヘイルラント出身で、若かりし頃はここで鍛練を積んでたんだってね」

「なんだと。そうか、あのガルバスが」


 無言で施設を見回していたロウギが、そこで初めてまともな反応を示す。


「えっ。まさかの知り合い?」

「ああ。十年前の戦いで何度かな。寡黙だが、強く熱い男だった」

「へえ……そうなんだ?」


 だとしたら魔王側であるロウギとは敵対していたはずだが、それにしては相手のことを評価している風である。あのミノタウロスといい、こいつは戦士だったら誰でも通じあう悪癖でもあるのだろうか。


 クーリャが言いようのないモヤモヤを抱えていると、ちょうどそこで目的の場所に着いた。

 扉を開くと、最初に青い空が見えた。天井は無く、いくつもの椅子が階段状に並べられている。ここから一階部分を見下ろせる作りになっているらしい。


 既に椅子は結構な数の人で埋まっている。服装や雰囲気からして一般人だろう。「いけー!」「がんばってー!」「パニーちゃ~ん!」といった歓声があちこちからあがっている。 


調教師テイマーギルドの定例会では、調教師とモンスター同士の戦いを一般公開してるんだって。調教師のことを知ってもらうための広報活動の一環らしいけど」

「ふむ……」


 クーリャとロウギは空いた席に座り、戦いを見学することにした。

 なお見学者の中には若い女性も多くいるようだが、クーリャは有無を言わせることなく中年の男が集まる一帯へとロウギを誘導した。野太い声で「パニーちゃーん」と声援を送っている。確かにここならオークの衝動が暴走する心配は無い。


 席から見下ろせる一階部分はかなり広い空間になっていた。太陽の光に晒されたむき出しの地面を、高い壁で円形に囲んでいる。兵士たちの訓練施設というだけあって、ここならば集団戦闘を想定した本格的な実戦訓練もできたことだろう。


「うわ。モプリンとミノタウロスが戦ってる!」


 そこでは、まさにクーリャが言った通りの戦闘が繰り広げられていた。

 モプリンが自身の数倍以上もの体格を誇るミノタウロスの周りをピョンピョンと跳ねながら撹乱しつつ体当たりを繰り返し、ミノタウロスが小さいモプリン相手に容赦なくバトルハンマーをブンブン振り回している。なんとも奇妙な光景だ。

 それぞれの後方にはユザリアとパニーの姿もある。


「すごい。モプリンってモンスターのランクでいうとFだよね……Aのミノタウロス相手に互角なんだけど!」

「モンスターも鍛えれば強くなる。ランクなど目安でしかないということだ」

「そういえばあなたっていつも森の中で修行してたんだっけ。それでオークのくせにマンティコアより強くなっちゃうのは色々とオカシイと思うけど……」


 モプリンの尻尾とミノタウロスのバトルハンマーが激しくぶつかり合う。

 両者には体格と筋力に明らかな差がありそうだが、何故かほぼ互角だった。モプリンがミノタウロスに力負けしていない。


 ユザリアは表情を険しくしながら教鞭を振り、魔術で蔦を伸ばしてミノタウロスを援護する。またパニーも魔術の一種だろうか、雷のようなものを飛ばした。戦いはモンスターだけのものではなく、調教師によるサポートもあるようだ。


「あっ。あそこにいるのってエコ様じゃない?」


 円形に囲まれた一階部分の端にも、観戦するためらしきスペースが設けられていた。

 そこには数体のモンスターと、調教師と思しき男達。


 そして、確かにその中にはエコの姿もあった。たまに調教師の男がエコに声をかけており、エコはあわあわしながらも首を動かしたりして一応の反応はしている。

 それを見たクーリャは「わあ……!」と感動の声を漏らしていた。


「エコ様、ちゃんと他の調教師とコミュニケーションとれてるっぽい! あのニンゲン嫌いのエコ様が! これってすごいことだよ……!」

「……」


 コミュニケーションと呼ぶには反応が小さく、ニンゲン嫌いという言葉も気になるロウギではあるが。

 エコと一緒に旅をしてきたクーリャだからこそ知り、感じるものがあるのだろう。


「どうやら……大丈夫そうだな」

「へ? なにが?」

「あとはパートナーを見つけるだけだ。そう、普通のモンスターと共にやればいい。危険種で、しかも出会って数日程度のオークにこだわる理由などどこにもない」

「……ああ、もう。なんでいちいちそんな難しく考えるかなあ」


 しかしロウギの言葉に、クーリャは面相くさそうに異を唱えた。


「出会ってからの時間はあんま関係ないと思うよ。だって子どもが拾ってきたばっかりの汚いイヌに入れ込むとか、普通のことでしょ?」

「汚いイヌ……まさか俺のことを言っているのか?」

「あたしとエコ様が他の魔族の仲間と住んでた時のこと、なんだけどさ」


 ロウギの反応を流し、クーリャは続ける。


「周りが大人ばかりだったこともあって、エコ様の友達といえる存在は主にモンスターだったんだよね。エコ様ってばいつも一人で勝手に町の外に出て、モンスターと戯れて。怪我をするのはしょっちゅうだったし、あたしはいつもハラハラしっぱなしだったなあ」


 そう語るクーリャの表情は、まさに苦労性の姉のようだった。

 手を焼かされたことを疎ましく思いつつ、放ってもおけなかった。


「『バジリスク』っていう、毒を持つトカゲみたいなモンスターと仲良くなったことがあってね。あの時なんかエコ様、普通に毒に侵されて死にそうになって、あたしが治してあげてもまたバジリスクと遊んで毒で死にかけて、その繰り返しで……あの時は本気でムカついた!」


 当時を思い出したのか、握り拳で怒りをあらわにするクーリャ。

 しかしその表情が、ふと悲しげなものに変わる。


「でもバジリスクは『危険種』だったみたいでさ……エコ様の目の前で冒険者に殺されたの。エコ様、一日中バジリスクの亡骸の前でわんわん泣き叫んでたよ」

「…………」

「まあ、だからそれが切欠というわけでもなくてさ。エコ様はもともとそういう子なんだよね。例えば『危険種』とかいう括りがあっても、それは他の誰かによる一方的な都合でしかなくて、エコ様には関係ない。むしろ危険種だって理由で討伐されることを知っちゃったから」


 クーリャはロウギをちらりと横目で見ながら言った。


「出会ったばかりのオークにも、こだわってたのかもしれないね」


 ロウギは何も言葉を出さず、ただ虚空を見つめている。

 クーリャもまた、同朋である少女に想いを馳せるように語り続けた。


「そういう子だからさ。冒険者はキライだし、ついでにニンゲンもキライ。でもさ、それって良くないでしょ。魔族の仲間なんていつまでいるかもわからないし……だからってこの世界を一人で生きていくなんて、できるわけないんだから」


 そこでクーリャが気恥ずかしそうに頬をかく。

 そういうことでね、と照れ臭そうに言った。


「エコ様が他の誰かと繋がりを持てるとしたら、調教師くらいしかないかなって思ったわけですよ。なんかモンスターに心を開く変わり者揃いみたいだし」

「それが……調教師の本当の理由か」


 つまり旅を続ける仲間として、モンスターが都合がいいだけではなく。

 魔族である少女がこの世界を人と共に生きていくために必要なことだった。


「言ったよね。普通に生きていくのが一番だって。あたしもリヌレで学院に通ってる頃はそれなりに楽しかったよ。勉強は嫌いじゃなかったし、魔族じゃない友達だって何人かできた。いつか聖翼教の使徒になって、教会で普通にシスターやるのも悪くないかなーなんて。だからいつか、エコ様も――」


 その時、周りの観覧席が「おおおおお!」と一斉に湧き上がった。

 ロウギとクーリャは思わず話を中断し、声をあげた連中の視線を追う。


「おおっ! なんか凄いことになってる!」


 そこではパニーが巨大な球状の光を発生させていた。バチバチと空気を震わせながら浮かぶそれは、パニーの手の動きに合わせて稲妻となって降り注ぐ。


 敵のミノタウロス――ではなく、なんとパートナーのモプリンに。


 しかしモプリンは黒焦げになるどころか、その稲妻を吸収するかのように小さい体に宿した。全身にバチバチと電気を弾けさせて発光、稲妻の塊へと変化する。


「出た! トオル君ハイパーバチバチモード!」

「金色に輝くモプリン! ここからが『ゴールドモプリン』の本領だぜ!」


 観覧席の誰かが口々に叫ぶ。彼等にとってはお馴染の現象らしい。

 モプリンは稲妻のようにジグサグと、しかしまさに光の速さで戦場を縦横無尽に駆ける。その度にミノタウロスの体を掠めてダメージを積み重ね、ミノタウロスの必死の反撃はしかし稲妻のように跳ね回るモプリンには当たらない。


 やがて電光を纏うモプリンの体当たりが、ミノタウロスの正面から直撃。

 ミノタウロスはしゅううと全身から煙を立ち昇らせ、バタンと前に倒れた。

 どうやら決着がついたらしい。

 一瞬たりとも気を抜くことを許さないような、終始白熱した試合だった。


 最後の戦いが終わると、観覧席にいた連中がぞろぞろと帰っていく。

 また、一階部分では調教師達がそれぞれパートナーのモンスターを連れて集まり始めていた。

 クーリャも席を立ちながら言う。


「さて。これで定例会も終わりみたいだね。そろそろエコ様を迎えに行かないと」


 そこで少し言葉を置くと、意を決したように続ける。


「……あ、あなたも来るでしょ?」

「あいつは」


 しかしロウギは険しい表情でどこかを見ていた。

 先ほどまでは人波に紛れて気付かなかったが、閲覧席の一角に――そいつはいた。


 純白のマントを羽織う少年。

 その姿は忘れもしない。数日前に山の中で出会い、あのマンティコアを圧倒的な力で屠った――


「『光翼の征剣クラウソラス』……!」


 少年は立ち上がると、出口とは反対の方へと歩いていく。

 そして一階部分に向かって跳んだ。

 白いマントを翼のようにはためかせ、『光翼の征剣』の少年は調教師達の集まる訓練場へと降り立った。

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