第23話 モンスターとの接し方

 ゼペルの調教師テイマー達の間で月に一度行われる定例会。

 それはとある施設の中にある『訓練場』という場所で行われていた。


「よし。そのままがんばって耐えきれロイド! 相手は疲れてるぞ!」

「いけダリア! 一気に攻めろ! 相手はビビってやがるぞ! もうちょっとだ!」


 目の前で戦っているのは『コボルト』と『アイアンタートル』。コボルトがハアハア息を荒げながらアイアンタートルの固そうな甲羅をガンガン叩いている。それぞれの背後ではパートナーの調教師達が指示と激励の声を飛ばす。


 調教師とモンスターによる激しい戦いは、むき出しの地面を円形の壁で囲った広いスペースのあちこちで繰り広げられている。試合形式の決闘を通じて交流を深め、互いに切磋琢磨する。これがゼペルの調教師による定例会だ。


「いまだロイド! スピニングしっぽアタック!」

「迎え撃てダリア! グランドブレイクだ!」


 ――シュルルルドガッ! バキィッ!


「「ぎゃああ! やられたあ!」」


 なおコボルトとアイアンタートルの戦いは引き分けに終わったようだ。渾身の必殺技をぶつけ合った末の共倒れ。目をグルグル回してのびるモンスター達の元に駆け寄って労いの言葉をかけるのは、相棒となる調教師の男達だ。


 人とモンスターが傷つけ合うこともなく、当然のように一緒にいる。

 それはまさに、家族に等しい絆が彼らの間にあることを意味していた。


「残念ねイモガキ。あそこに加わることができなくて」


 訓練場の端っこでは二人の幼い少女がチョコンと並んで座っている。

 エコとユザリアだ。

 ユザリアは皮肉めいた笑みを浮かべながら口を開く。


「ジュリアスと貴方のオークとの戦い、少しだけ楽しみにしていたんだけどね」

「…………」

「まあ貴方はオークを調教しきれていなかったようだし。ちゃんとした勝負になるかは妖しいところだと思うけど?」

「…………」


 ユザリアの声に、しかしエコは何も返さない。

 実は先ほどからずっとこうなのだ。流れで一緒に調教師同士の決闘を見学することになってからというものの、ユザリアの方は時おりエコに声をかけている。

 しかしエコは何も言わない。聞こえていないはずはないのだが。

 無視される度に余裕を気取っていたユザリアも、とうとう痺れをきらした。


「もう! 聞いてるの! さっきからこの私が何度も話しかけてあげてるのに!」

「どうして……」


 エコはそこで初めてぽつりと言葉を漏らす。

 ユザリアの強い言葉にようやく反応したのかもしれない。

 それでも消え入りそうな小さい声に、ユザリアは眉根を寄せて耳を傾ける。


「あんなに楽しそうに、してるの……? モンスターも、ニンゲンも……」

「な、なによ急に」

「……エコとオークさんと、なにが違うの、かな……?」


 ようやく口にされたエコの言葉。

 エコが連れていたオークだが、数日前にどこかに逃げてしまったことは最初にユザリアも聞いていた。


 事情は知る由もないが、エコという少女にとっては重く悲しい事実だったようだ。

 どうしたものかと、ユザリアは慎重に言葉を選ぶ。


「そんなの決まってるでしょ。それはオークが危険種だから……」

「オークさんはやさしくて……かしこくて勇気があって強かった、よ……」

「……じゃあ納得しないのよね、貴方は」

「オークさんはエコといても楽しくなかった……だからオークさんは逃げてしまった……ぜんぶエコが悪い、よ……でも。でも……どうすればよかったの……かな」

「う……」


 ユザリアとしてはエコをフォローしたつもりだった。相手がモンスターの中でも凶悪で人に懐かない危険種だから仕方ないのだと。事実、熟練の調教師の中にも危険種をパートナーにする者は一人もいないのだから。


 しかしこれはエコの望む答えではなかったらしい。

 むしろさらに落ち込ませてしまった。

 じゃあどうすれば彼女を少しでも励ますことができるだろうかと考え、しかしユザリアはすぐにそんな思考を断ち切った。


 ――やってられるか。

 どうして自分がこんな田舎臭いガキに気を遣わなければならないのか。

 そもそも自分と同年代であろうエコという少女のことを、まだ何も知らない。


「ねえ。貴方はどこの子なの?」

「どこ……って?」


 膝に顔をうずめていたエコがユザリアの方を見る。

 意識がこちらに向いたことに安堵し、ユザリアは続ける。


「出身よ。あんまり見ない髪の色をしているようだけど……」


 ユザリアの何気ない問いに、エコはびくっと肩を跳ねあげた。

 かたかたと全身を震わせている。その瞳はまだ涙で滲んでいた。


 ――恐れている?

 危険種のオークのことすら恐れなかった子が……?

 すぐにユザリアは質問を変える。


「まあ、そこは別になんだっていいわ。とにかく貴方はあのお姉さんと二人で旅をしていたのよね。オークなんかまで連れて……他のモンスターじゃ駄目なの? 結局、貴方は調教師になりたいの? なりたくないの?」

「エコは、調教師になんか、ならなくてもいい、よ……」

「ええ。前にも言ってたわよね。じゃあどうして貴方はまた調教師ギルドに」

「でも、オークさんは……狙われてる、から。エコには、くーがいる、よ。でも、オークさんはずっとずっと一人だから……かわいそう、だよ……」


 じわり、とまたエコの瞳から涙が滲む。

 それを見たユザリアは、さすがにイライラしてきた。

 エコのことを聞いてあげているのに、どうしてまたオークの話をする。


「ふん。どうやら貴方に調教師は無理そうね」

「え……」

「そうよ。あのオークは関係ないわ。全部、貴方が悪い!」

「ど、どういう……こと?」


 エコが泣きそうな顔でユザリアを見る。

 しかしもうユザリアの良心は痛まない。エコを責める言葉を止めることもない。


「だってそこまで思ってるオークに逃げられてるし! それなのにまだ貴方はあのオークのことばかり考えて! そんなんじゃあ、他のモンスターだって相手してくれないわよ! モンスターはそういうの鋭いから!」

「…………! で、でもオークさんは……」

「その『オークさん』だってそう! まさか貴方はあのオークのこと、ずっとそう呼んできたの!?」

「……それが、なに……」


 ユザリアは黒い髪をかきあげ、フンと鼻を鳴らす。


「ジュリアスは私のために戦いたがっていたわ。だから、ある高名な騎士の名前を授けてあげたの。少しでもこの私と釣り合いがとれるようにね」

「え……?」

「貴方にとって、あのオークはなんなの? あのオークは危険種だけど、やさしくて、かしこくて勇気があって、強かったんでしょ。だったら……貴方くらい、そのことをもっと認めてあげてもよかったんじゃない?」

「ど、どうやって……」


 エコが縋るような目を向ける。

 ユザリアは冷めたように言い放った。


「わからないの? 名前よ」

「……なまえ?」

「名前をつけるのは、調教師にとって必要な最初のステップよ。名前は『私』が他でもない『貴方』のことを認識しているというサイン。それを伝えることで、モンスターも応えてくれるの」

「え……」

「産みの親でもないのに名前を付けるのは傲慢とでも思った? 何を考えたところで伝わらないわよ。ちゃんと言葉にして向き合わないとね」

「……、」


 エコがまた膝に顔をうずめる。

 そのまま何も言わなくなったエコの顔をのぞきこむようにすると、嗚咽のような声が聞こえてきたことにユザリアはぎょっとする。


「うう……」

「ね、ねえ」

「ううう……うう……あああああ…………」

「え? ちょっと」

「わああああああああああ~~~!」


 エコは泣いていた。

 膝に顔をうずめたまま、瞳からぼたぼたと大量の涙を流して泣いていた。


「ごめんなさい……オークさん、ごめんなさい………!」


 嗚咽の中で絞り出されてきたのは、共にいたオークへの謝罪の言葉。


「みんなも……えこがオークさんのこと……ずっと考えてたから……えこ

 のこと、相手にしてくれなくて、当たり前だよ……ね……」


 続いて紡がれた『みんな』とは他のモンスターのことだろうか。

 だとしたらエコはオークに逃げられてから他のモンスターをパートナーにしようとしていたのかもしれない。

 それでも全く上手くいかず、そのことでも落ち込んでいたのかもしれない。


「へえ。貴方、それだけあのオークのことを想って……」

「うわああああああああああああああ」

「うるさい! わかったから泣くなイモガキ! 」

「わあああああああああ~~~~~!」

「ああ、もう!」


 どうやら泣き止む様子はない。

 ユザリアは頭を抱える。これでは自分がエコを泣かしたみたいだ。


 ユザリアにはまた別の後ろめたさのようなものもある。

 エコに対して偉そうに調教師に関する講釈を垂れたユザリアだが、しかし実はまだ正式な調教師ではないのだった。たとえランクAのモンスターであるミノタウロスを従えていようと、ゼペルの調教師ギルドで実力派として名が通っていようとも。


 その理由は至って単純――年齢制限だ。

 調教師の認定を受けることができるのは、冒険者の資格と同じく十歳。

 ユザリアは二週間前に十歳となり、十歳になってから初めて行われる今回の定例会にて、ようやく認定のための試験を受けることができるのだという。


 ユザリアがここにいるのは、まさにその試験を受けるため。

 つまりモンスターに逃げられたくらいで泣きじゃくるような奴を相手にしている場合ではないのだ。


「イモガキ。そこで見ているといいわ。この私が調教師になる瞬間をね!」


 ユザリアは勝気な笑みを浮かべながら立ち上がる。

 その認定試験が今まさに行われようとしているのだ。

 堂々とした足取りで訓練場の対戦スペースへと歩いていくユザリア。もちろん騎士の風格をただよわせるパートナーのミノタウロスも一緒だ。


 新たな調教師を認定するための試験は、なんと定例会の最後を締めるイベントらしい。そしてその方法はといえば、やはり調教師とモンスター同士の決闘による。


「そういうことで、貴方には私達の引き立て役になってもらいますね?」

「へええ? それってこのパニーちゃんが五人しかいないギルドマスターにして最強のモプリンつかいであることをわかった上で言ってるのお?」

「もちろんです。もしかして、私達が怖いんですか?」

「ううん! とっても楽しそう! それじゃあやろっか!」


 向き合うユザリアとパニー。

 パートナーのモンスター達もそれぞれの隣に立ち、バチバチバチと剣呑な視線を絡め合う。


「はじめ!」


 そして審判を務める調教師の合図により、ゼペルの調教師ギルドにおけるマスターと次世代を担うエースの戦いが始まった。

 エコは瞳を赤く貼らしたまま、ただそれを食い入るように見ていた。

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