第21話 泥まみれの日々

 ここ数日はゼペルの町に留まり、繰り返しのような毎日を送ることとなった。

 二人で旅に出てからは少しずつとはいえ前に進んできたわけだから、そういう意味では初めての停滞の時間と言えるのかもしれない。


 つまり午前中はエコが『調教師テイマーギルド』に行って時間を潰す。

 そして午後は町の外の草原に出て、エコがモンスターを仲間にするべく追いかけ回すのだ。


『調教師ギルド』でエコが何をしているのかをクーリャは知らない。マスターのパニーをはじめ、調教師の連中はエコにとって危険ではないと判断し、あえてクーリャは同行しないようにしていた。


 なんであれ、エコが調教師ギルドに一人で行ってそれなりの時間を過ごしているのは確かなようだ。ニンゲン嫌いのエコにとっては奇跡のようなこと。

 これについては停滞などでなはく、エコにとって意味のある時間の積み重ねになっていることをクーリャとしては願うばかりだ。


 一方、午後のモンスター追いかけ回しについては完全に停滞という他ない。目に見えた成果らしい成果は一切なく、なんというか、泥を飛ばして必死に足掻き回るだけの何とも泥臭いだけの時間だ。


(今日で七日目……ちょうど一週間か)


 今まさに捕まえたと思ったノモプリンに逃げられて半泣きになっているエコを見ながら、クーリャは頬杖をついた。膝の上で机代わりにしている『魔王軍のヒミツ事典』はとっくに読み終えてしまっている。


 当面の目標はパートナーとなるモンスターを見つけ、調教師になること。調教師になるのはエコだから、エコの問題であってクーリャができることはない。


 できることと言えば、せいぜい数を数えるくらいだろう。


「ノモプリンが二十七匹。ヘイルウルフが六匹。全部逃げられちゃったか」

「うう……」

「数だけは更新してるけど……一体に対する向き合い方? みたいなのが雑になっちゃっただけなのかもしれないね」


 あとはまあエコは基本考えなしなので、冷静に状況を見ている立場からのアドバイスのようなものを心掛けたりもした。

 一体に固執してひたすら追いかけ回すよりも、難しそうだと判断した個体は早々に切り捨て、とにかく数で攻めようというのもクーリャの提案だったのだが――結果が伴わない以上、これも的外れだったのかもしれない。


「ねえ。調教師ギルドの連中は何か教えてくれないの?」

「……べつに」

「そ」


 調教師ギルドの連中ならもっと適格なアドバイスをくれることだろう。

 ただこの様子だと、あんまりみたいだ。ギルドにいる調教師のオッサン連中はエコをかなり歓迎していたし、教えたがりも多そうだった。そうなるとやはりエコの方がまだ心を閉ざしてしまっているのかもしれない。


 しかし調教師ギルドのことにクーリャは首を突っ込まないことに決めていた。エコがどうにか彼らとコミュニケーションをとり、何かを学んでもらうしかない。


「はあ。あいつならちょっとは気の利いたこと言えるのかな? 半分はモンスターみたいなものだし」

「……くー?」

「なにでもない。今日は帰ろ、エコ様」


 去り際にクーリャがチラリと草原の彼方を見る。

 そこでは今日もロウギを名乗る男が立ち、こちらの様子をうかがっていた。



 ●●●



 その次の日は、少し趣向を変えることになった。

 午前中はエコが調教師ギルドで時間を潰すのはいつも通り。

 そして午後、クーリャはエコと合流するなり新たな方針を伝えた。


「エコ様。今日は団子をたくさん作ろう」

「……おだんご? どうして?」


 ゼペルの町にある小さい定食屋。

 トマトをふんだんに使ったお気に入りのパスタをフォークで弄びながら、エコは不思議そうに首を傾げる。


「だってモンスターを追いかけ回すの、無駄に疲れるでしょ? エコ様ってば、ただでさえ体力ないんだし」

「うん……さすがにちょっと、つかれた、かも……」


 エコは素直に気弱な気持ちを吐露する。

 それもそうだろう。

 十歳の女児が三~四時間も広大な草原を走り回り、それが一週間も続いているのだ。古書店で見つけた本の情報を頼りにクーリャが毎晩エコのふくらはぎマッサージをしてあげてはいるが、どれだけ意味があるのやら。


「だからね。今度はエサでモンスターを釣るの」

「えさ……」

「上手くいけば追わなくても向こうから寄ってくるし、エサをあげることによる好感度アップも期待できる。一石二鳥だと思わない?」

「や、やってみる、です……」


 やや姑息な気はしたが、クーリャの案にエコも賛同。

 そういうことになった。


 昼食を終えると、ゼペルの町の人目のつかないところに移動。

 早速、エコの団子作りが始まった。


 まず材料となる野菜屑や穀物や香辛料を地面に並べる。

 これについてはエコが調教師ギルドに行っている間にクーリャが露店を回り、適当に買い集め終えている。


「ぬぐぐ……やあっ……!」


 次にエコの魔術により魔界らしきところから泥っぽい何かを召喚、それを『奈落の泥団子アビスボール』の要領で材料ごと混ぜ合わせて団子状にする。

 これで完成だ。

 工程こそ極めてシンプルだが、エコにしかできない特性の団子というわけである。


「うん。いいカンジに出来上がったね」


 とはいうものの出来栄え的にどうなのかはクーリャにもわからない。色といい形といい、マズそうというよりも食べ物として認識できない。

 しかしこの団子の主成分である、魔界の泥っぽい何か。

 なんと食べられるらしく、しかもその独特の臭いと味は何故かモンスターの類にやたら好まれるらしい。


 団子は一晩寝かせることとし(なんとなくその方が味がしまって美味しくなりそうだから)、残る時間はエコの休息にあてる。

 そして明日こそ、パートナーのモンスターをゲットするのだ。


 ――次の日。


 用意した団子は四十五個。

 全部食い逃げされた。


「………………」

「………………」


 最後の泥団子をヘイルウルフに食い逃げされると、エコは何も言わなくなった。クーリャも何を言っていいのかわからない。


 無言のまま町に入り、宿に戻るとエコが「オークさん……」と呟くのが聞こえた。

 そういえば件のオークは、エコから差し出されていた団子を美味しそうに食べていたものだ。


(……団子作戦、マズかったかな)


 趣向を変えたのはいいものの、やはり成果はなかった。

 それどころか、エコに例のオークのことを思い出させてしまっただけなのかもしれない。早く忘れて、前に進むしかないというのに。


 ちなみにロウギを名乗る男は今日も草原でこっちの様子を見ていた。オーク形態の時に夢中になっていた団子のこと、今はどういう気持ちで見ていたのだろうか。

 試しに一個だけ持って行ってやろうかとも思ったが、馬鹿にしてると思われそうなので結局やめておいた。


 こうして時間だけが過ぎていく。

 パートナーとなるモンスターを必要とする定例会はもう明日へと迫っていた。



 ●●●



 そしてその日は訪れた。


「今日はエコ様、ここに来ないよ」


 クーリャはもはや日課のように草原で立ち番をしていた男の方までわざわざ行き、そのことを教えてあげた。


「言ったでしょ。調教師ギルドから定例会のお誘いを受けてるって。それが今日なんだ。エコ様はそこに行ってるよ」

「……そうだったか」

「結局、パートナーのモンスターは見つからなかったんだけどね」


 調教師がモンスターをパートナーにする際、そのモンスターに対し妙なシンパシーを感じる瞬間があるのだという。エコは何匹ものノモプリンやヘイルウルフに懐かれたかのように見えたが、あくまでその場限りの関係。エコと遊び疲れると、どの個体もあっさり帰ってしまうだけだった。


「まあ、こういうのって巡り合わせみたいなものだろうし。仕方ないか」

「お前は一緒に行かなくてもいいのか」

「もちろん行くよ」


 クーリャは当然だと言わんばかりにそう返す。

 そして軽い調子で続けた。


「ねえ、あなたも一緒に行こうよ。どうせヒマなんでしょ?」

「定例会とやらは町でやっているんじゃないのか」

「オークに戻るまであと二時間くらいはあるんでしょ。それまでには終わるから」


 ここ数日、草原で立つ男の姿を嫌というほど見た。たまに消えたりと、ずっといるわけじゃなかったから制限時間のようなものがあるのかもしれないが、最長二時間半くらいまではヒト型を維持できることは確認済みである。


「忘れたのか。俺は若い女を見ると……ぐくっ」


 男が言い終わる間もなく、クーリャはその顔をやわらかい帯ようなものでぐるぐる巻きにして視界を遮った。


「あたしの予備のストール。これなら町で女の人を見る心配もないでしょ?」

「何を言っている。これではそもそも前が見え……なっ!」


 ひしっ、と。

 男が言い終わる間もなく、今度はその腕にクーリャは自分の腕を絡める。


「こうやって、あたしが案内してあげる」

「何故そうなる」

「だって……若い女の人は無理とか言うクセに、あたしだったら……こうやって接触されたりしても大丈夫なんでしょ? な、なんか、デートみたいになっちゃいそうだけど!」

「でえと? なんだ、それは」

「あ……や……!」


 クーリャの顔が一瞬にして紅潮する。

 男の視界が遮られているおかげで見られなかったのが幸いだった。


「と、とにかく一緒に行くから! 定例会、始まっちゃうでしょ!」


 ともあれ、こうして。

 クーリャは男――ロウギを引き連れ、ゼペルの町へと入っていった。

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