第20話 新しいパートナー

 ゼペルの町の外に広がる、見渡す限りの広い広い草原。


「待つ……ですっ……!」


 エコが杖を持って小さい獣を追い回していた。

 追われているのはウサギの耳にリスの尾を持つ獣型モンスター『ノモプリン』。野原を駆け回るそれは、百を超えるモプリン種の中でも最もポピュラーなタイプだ。


「お、おとなしく、して……! 【奈落の泥団子アビスボール】!」


 ノモプリンにある程度近づいては、エコが泥の塊を飛ばす。しかしそのほとんどがノモプリンには当たらず、当たっても泥だらけのまま逃げられる。


「うう……【深淵へ招く手アビスハンド】!」


 今度は泥で作った手を伸ばすが、それもスカスカと空振りするだけだ。

 エコは必死極まりない表情をしているのだが、ノモプリンの方は遊んでもらっているつもりなのか楽しそうに戯れている始末。

 そんな感じの光景がかれこれ一時間以上も続いていた。


「あーあ。また失敗してる」


 その様子を遠巻きにぼーっと眺めていたのはクーリャだった。

 誰に言うでもなく、一人呟きを漏らす。


「エコ様の魔術、独特なのはいいんだけどイマイチ決定力に欠けるんだよね」


 その特性を一言で表すなら、泥を操る魔術というところか。

 とはいっても、実際に操っているのは普通の泥とは少し違う。なんでも、魔族の仲間曰く「魔界らしきところから召喚した泥っぽいなにか」らしい。なんともモヤッとした言い回しだが、ようは誰もよくわからないのだそうだ。


 とはいえ、確かに性質は泥のようではある。一応は質量のある物体なのだ。

 ドロドロの状態で操れば、手の形にして相手を捕まえたり遠くの物を取ったりできる。ぎゅぎゅっと固めてボール状にしてぶつければ、見た目以上に重くしかも着弾と同時に炸裂する爆弾みたいになる。同じ要領で武器を作ることだってできるが、あまり複雑な形はできないから鈍器限定にはなるだろう。


 そんなエコの操る微妙と言えば微妙な魔術は、七つの精霊をもとに体系化された魔術――『火』、『水』、『土』、『風』、『木』、『雷』、『光』のいずれにも該当していない。


「……だから『闇』属性かあ」


 クーリャは手にしていた書物に目を落とす。

 表紙には『魔王軍のヒミツ事典』と書いてある。

 なんとなく立ち寄ったゼペルの古書屋で、安かったからなんとなく買ったもの。『魔王』擁する魔族と、それらに味方した七つの種族のことが記された本だった。


 魔王軍の中核となっていた『魔族』に関する内容は一番最初にあった。


 ――極めて高い魔力を持つ種族。体に刻まれた黒い紋様は何らかの術式を意味しており、それが高い魔力の根源である。七つの精霊いずれの加護としても説明がつかない邪悪な魔術を操る。これを第八の属性『闇』と分類する研究者もいる。


 思い返せば、かつての仲間の魔族達も七つの属性には分類されないような、確かに闇っぽいと言えなくもない独特の魔術を使っていたように思う。

 ちなみにクーリャは使えない。

 厳密に言えば、聖ラシリス学院への入学時に聖翼教の『洗礼』を受けた途端に使えなくなったのだ。

 聖翼教の魔術は属性でいうところの『光』だから、相反する属性として使えなくなったのだとすれば『闇』属性という表現も言い得て妙なのかもしれない。


 そんなことを考えながら、ぺらぺらと適当にページをめくる。

『エルフ』、『妖精』、『死人』、『獣人』、『妖花人』、『鬼人』、『竜人』。

 十年前の戦いで魔族側に付いた種族で、その姿かたち含めそれぞれが何らかの異質な特徴を有している。

 あくまでベースはニンゲンであり、そこに別のモンスターや獣の血が混ざったことで歪な存在へと成り果てたのだという。クーリャが通っていた聖翼教の学院ではそのように教わった。


 とはいえ、そのあたりの事実はクーリャにとってはどうでもいい。適当な気持ちでページをめくり、『鬼人』に関する内容があったので手を止めた。


 ――東方の島国で恐れられる化物。額に角を持ち、総じて筋力が高い。また彼等の扱う東方秘伝の『氣』は、身体能力の向上を始めとした様々な効果を発揮する。


 ついでに魔王軍における『七英将』のことも書かれてあった。

【不落の門】ロウギ。


「ええと。大地と一体化したかのような『氣』を纏う強靭な肉体はあらゆる攻撃を受け付けず、愛用の十八尺ある金砕棒『玄耀』を振るえばまさに獅子奮迅の戦いをする。勇者達の前に幾度となく立ち塞がり、ついに一度として【不落の門】が落ちることはなかった……かあ」


 ようは『七英将』でも最強の防御力と耐久性を誇り、勇者達との戦いの中では一度も倒れなかったらしい。

 それが本当なら、かなり凄そうではあるけども。


「『氣』って確か、東方の島国から来たことを名乗る怪しいヒトたちが、たまに町中とかでアピールしてる胡散臭いアレだよね。体を硬くしたり遠くの物を触れずに飛ばしたりするやつ」


 つまり『鬼人』の特性というよりも、彼らがいた東方に伝わる技術ということか。

 一部の研究者は七つの属性いずれかの魔術によるものだろうと分析しているが、本人達は違うと豪語している。まあ、このあたりも正直どうだっていい。


「あと十八尺ある金砕棒か……どんなだろう」


 チラリと草原の方に目を向けると、エコがまたノモプリンを逃がして半泣きになっているところだった。ちょうどいいので手招きして呼んでみる。


「エコ様。こういうの、できる?」


 クーリャは本に書かれたままの形状を伝える。

 エコはこくりと頷く。


「やってみる、ね……『奈落の泥槌アビスハンマー』」


 エコが杖を地面にずぶりと沈める。地面から湧き上がり、どんどん一か所に集まっていく黒い泥。今まで見た中で一番の量だ。エコも今まで以上に集中している。


「こ、こんなかんじ……?」

「おお……っ」


 そして出来上がったのは、巨大な漆黒の金砕棒。

 実物をどの程度再現できているかはわからないけど、その威容は圧巻の一言だった。

 長いというよりも大きいと表現したくなるような、とにかくバカでかい鈍器がそこにあった。振り回したら小さい家くらいは粉々に破壊できそうだけど、常人ではまず持ち上げることすら不可能だろう。


「ぬぐ……もう、げんかい……」


 しかし巨大な鈍器はすぐに端からぼろぼろと崩れ落ちていく。

 黒い泥の性質なのか、形状の維持は十秒も持たない。実際に武器として扱おうにも、一撃しか使えないだろう。やがて大量の黒ずんだ何かは、風に流されるようにさらさらと消えていった。


「お疲れ様。ごめんね、無理させちゃって」

「うん……そ、それよりも、くー」


 エコが疲れ切った顔で言う。


「あのおじさん……今日もいる、よ……?」

「あーうん、いるね」


 二人の視線の先、広大な草原の真ん中には一人の男が立っていた。

 実はここ三日くらい、同じ場所でずっと立っている謎の男。あんな感じで、いつも遠目からこっちを見ている。腕を組んで堂々と立つ様は謎の貫録があるのだが、こっちをガン見してくる意味はわからない。

 二人からすれば、ただただ怪しいだけだ。


「でもゼペルの町で見かけたことある気がする。ヘンな人じゃないよ。多分だけど」

「あんなところで、いつもなにをしているの、かな……?」

「さあ、なんだろう。ちょっと聞いてくるね」

「え……?」


 軽くそう言い、エコをその場に置いてクーリャは草原を走った。

 風を受けて銀色の髪とスカートがはためく。この草原、走ってみると意外に気持ちいい。なんとなくそんな感想が浮かんできたが、それはともかく。


 問題はあの怪しい男へ、なんて声をかけるかだ。

 町で見かけたことがあるというのは本当だ。

 前に会った時は確かロウギとか名乗ってた。ようはヒトの言葉を話す胡散臭いオークの胡散臭い人間形態。


 近づいてくるクーリャへと、男が鋭い眼を向けてくる。

 そしてクーリャが口を開く間もなく声をかけてきた。


「お前達は何をしている」

「いや、それあたしのセリフなんですけど」


 それは実に三日ぶりの会話だった。

 あれだけ重い空気で別れたにしては、何事もなかったかのようにあっさりとしたやりとりでもある。


「まあいいや。あたしたちはパートナー探しだよ」

「パートナー探し……だと?」

「うん。あれからエコ様に心変わりがあったみたいでさ。調教師テイマーのこと、ちょっとは考えてくれてるみたいなんだよね。で、パートナーにするモンスターを探してるわけ。ほら、ちょっと前にいたオークに逃げられちゃったからさ」

「そ、そうか」


 気まずそうにかは知らないが、微妙に視線を逸らす男。

 クーリャは構わず続ける。


「ゼペルに戻ったあたし達に、あのモプリン胸のギルマスが声をかけてくれたの。もうすぐギルドに所属する調教師が集まる月に一度の定例会があるから、そこに来ないかって」

「定例会……」

「実は調教師になるには、ちょっとした試験があるらしいの。でね、その認定のための試験とかも定例会でやっちゃうのがゼペル流なんだって。だからエコ様、それまでに新しいパートナーを見つけようとがんばってるってわけ」


 男は黙ってエコへと目を向ける。

 エコは疲れ果てたのか、死んだようにうつ伏せで寝転がっていた。その周りに数体のノモプリンが群がっており、なんとも微笑ましい光景だ。


「で、あなたはなんでいるの?」

「…………」

「エコ様が心配で放っておけなかったとか」


 男はスッとエコから視線を逸らしながら、平然と言う。


「ここで風と太陽を浴びていた。森の中ばかりは、さすがに気が滅入るんでな」

「あ、そ。普段は森の中にいるんだ。なにしてるの?」

「今まで通りだ。ひたすらに体を鍛えている」

「へえ、ストイックだね。てか、いつもそんなことしてたんだ……」

「他にやることがあるわけでもない。昔からの性分のようなものだ」

「だったらさ、ここであたし達のこと見守っててよ。ようはヒマなんでしょ?」

「……気が向いたらな」

「じゃ。そういうことで」


 それで会話を切り上げ、クーリャは走ってエコの元へと戻った。

 チラリと振り返ると、まだ男は腕を組んだまま真剣な表情でじっとこちらを見ている。なんの遠慮もない。不審者としての自覚がないのだろうか。


(ほんと怪しいなあ)


 しかし男の佇まいは、無駄に歴戦の戦士じみた謎の貫録に満ちているのだった。

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