第15話 モンスターランク

 山道に入ってから、かれこれ十時間以上が経過していた。

 既に日は西へと沈みかけており、青かった空は茜色に染まっている。

 傷ついたモンスターを辿るままに『東エビシラ山道』を大幅に外れ、元の道に戻ろうにも方向がわからなくなり、途方に暮れかけていた一行。

 ようは遭難しかかっていたそんな時、山の中にもかかわらず灯りとテントが並ぶ謎の一帯に辿り着いた。


「なにここ。キャンプ地?」


 テントの周りでは冒険者のような風貌をした連中が談笑したり食事をとったりしている。その他にも行商人らしき者達が露店のようなものを構えている。

 まさにキャンプ地。

 ちょうど休憩できそうな場所を探していたところでもある。


「せっかくだし、ここでちょっとだけ休んでいこっか」


 クーリャの提案にエコもロウギもあっさり了承。そういう流れになった。

 ちなみに山道を進む中で一番疲れたのは、幼いエコではなくクーリャの方だろう。

 原因は語るまでもない。なにせ手負いのモンスターを見つける度に回復の魔術を行使するハメになったのだ。ようは魔力の使い過ぎだ。


「ふん。遅かったわねイモガキ」


 キャンプ地の入口で一息つくエコに声をかけてきたのは、なんとユザリアだった。

 どこか嬉しそうに、自身の数倍は大きいミノタウロスを横に侍らせながら。


「? えこ達を待っててくれたの……?」

「はあ!? ち、違うし! たまたまよ、たまたま!」


 不思議そうに言うエコに何故か取り乱すユザリア。


「こ、ここは冒険者達が拠点として一時的につくったキャンプ地よ。なんでもエビシラ山脈で『赤毛のマンティコア』というモンスターが発見されたらしいわ。高額な懸賞金がかけられていて、それ目当ての冒険者達が集まっているんだとか」


 ごまかすように、聞いてもいないことを勝手に説明してくれる。

 そしてユザリアは涼しい顔で黒髪をかきあげながら、


「まあ私には関係ないけどね。でも、せっかくだからこのキャンプ地は利用させてもらおうかしら。今から歩いてゼペルまで帰るのもなんだし、一泊くらいしていってあげようかな」

「…………」

「な、なによその顔。思ってることがあるのなら、言いなさい」

「べつに……ここで一泊するとか、聞いてもいないことを言い出したから……」

「はあ? ただ流れで言っただけで深い意味はないわよっ!」

「そう……なの?」

「ふんっ! 行くわよジュリアス!」


 苛立たしげに背を向けて立ち去っていくユザリア。

 それを不思議そうに見送るエコは「あっ」と何かに目を止める。


「お店がある、よ……えこも見てくるね……」


 そしてキャンプ地に向かってたたたーっと走り出した。

 よくわからないがお店の方に興味津々らしい。


「ああ、もう。またエコ様は……」


 クーリャは顔をしかめるが、後を追う気力もないのか止める様子はない。

 そのままロウギに向けて言う。


「あのユザリアって子。偉そうだけど、まあ悪い子ではなさそうだよね」

「そうだな」

「なんかいいところのお嬢様って感じの子が、ミノタウロスなんかを連れて旅してるようなのは謎だけど……もしかしたら、同い年くらいのエコ様のことが嬉しいのかもね」

「……」

「まあエコ様には人間の友達とか、そういう概念がないから……わかんないだろうけどさ」


 クーリャの表情がわずかに陰りを帯びる。

 しかしそれもすぐに消え、ロウギの方へと顔を向けた。


「そういえば、あなたはあなたでミノタウロスと仲良さそうだったよね。なんかモンスター同士で会話できる、ってことだったけど」

「ああ。奴はユザリアという少女を主と仰ぐ、高潔なる騎士といったところか。俺も一人の戦士として共感できる部分は多かった」

「へ、へえ~~……そうなんだ?」


 呆れたような声を漏らすクーリャ。

 モンスターが戦士のような精神を持ち合わせたところで、クーリャとしてはあまりピンとこないのかもしれない。


 とはいえ、いずれは理解してもらえるはずだ。ロウギも今日はクーリャの望みどおり山道で何度もモンスターと戦い、撃退してみせたのだ。ロウギのことを誇りある一人の戦士として多少は見直す機会となったことだろう。

 そんな手ごたえを感じつつ、ロウギは一つのテントに向かう。

 ボタボタと唾液を垂らしながら。


「あ……ちょっ、ちょっと!」


 そのテントの周りには、きゃっきゃと飯盒炊爨でカレーを食べる数名の女性冒険者がいた。食事中だから当然だが戦闘向きの装備は外されており、瑞々しい肌をこれみよがしに露出させている。ふともも。背中。尻。腋。乳房。うなじ。色とりどりの熟した果実が、収穫される時を今か今かと待ちわびている。

 では、いただくとするか。


「でぇいっ!!」


 ――ドグォォォッ!


 ロウギの後頭部に衝撃が走る。

 クーリャがフレイルをヒュンヒュン回しながらこっちを睨んでいた。


「目、覚めた?」

「…………、」


 どうやら女性冒険者が視界に入った瞬間オークの衝動に呑まれたらしい。

 これで誇りある戦士というのは無理がある――クーリャの視線が、痛い 。


「あたし、エコ様を見てくるから。あなたはここで待ってて」

「……ああ」

「一歩たりとも動いちゃ駄目だから。キャンプの方をゼッタイ見ないようにね」


 返せる言葉もない。

 ロウギはクーリャの言葉に従うしかなかった。



 ●●●



「このキャンプ地、思ったより広かった」


 クーリャが戻ってきたのは、しばらく経ってからのことだった。やけに遅いと思えば、どうやらエコを探しつつキャンプ地を回って色々と情報収集していたらしい。


 ロウギは荷物から取り出したシートを広げ、その上に胡坐をかいていた。クーリャはその対面に腰を下ろし、おんぶしていたエコをシートの上に転がす。エコは寝息をたてており、既に疲れて眠りに落ちていたようだった。

 クーリャはエコに毛布を被せると、説明を始める。


「冒険者パーティが十組近く、人数にしたら四十人くらいかな。ユザリアが言ってたとおり、目的は懸賞金のかかったモンスター。なんかこのエビシラ山脈で確認されたんだって。とは言ってもだいぶ西の方で、ここからだとちょっと遠いみたいだけど」


 懸賞金のかけられたモンスターが出現すれば、当然ながらそこには討伐を目的とした冒険者達が集まる。ついでに冒険者目当ての行商人までもが集まり始め、討伐のための準備や情報交換をする中で生まれたのがこのキャンプ地なのだろう。


「それが『赤毛のマンティコア』。懸賞金562,200ゴル。懸賞金がかかってるのは別として、普通のマンティコアもかなり凶悪なモンスターだよね。オークと同じ『危険種』だったはずだけど、確かそのランクはAだから、Dのオークとは比べモノにならないくらい危険だね」

「ランクAか。実際にはどの程度なんだ?」


 ロウギの知らない概念。

 おそらく冒険者協会あたりが決めたのだろうが。


「あたしもそこまで詳しいわけじゃないけど……」


 などと言いながらもクーリャが割と丁寧に教えてくれたところによると――


 モンスターにはAからFのランクがある。

 最下位のFにはモプリンのような基本的に人畜無害な小動物系のモンスターが該当し、冒険者でない一般人でも追い払うことができる。


 Eにはゴブリン等が該当。単体であれば一般人でも退治できなくもないが、群れを形成すれば小さい村なら壊滅させられる例もある。そのことから、通常は冒険者が対応をする。


 あとはランクが上がるごとにモンスターの強さや危険度は増し、ランクAともなれば単体で一つの町を壊滅させられるレベルだという。


「ちなみにAランクの上にSランクもあるみたいだけどね。単体で国を壊滅させられるレベルらしくて、なんでも『異界種』とか呼ばれてる。全部冒険者に討伐されちゃって、ここ数年は発見されてないみたいだけど」

「なるほどな」


 ついでなので冒険者についても聞いてみた。

 冒険者は強さや実績に応じて星が付けられる。星一つから三つを初級、四つから六つを中級、七つから九つを上級と区分するらしい。


 モンスターのランクと比較すると、その強さは概ね三つ星がD、六つ星がC、最高位の九つ星でもBと同程度。モンスターの方が全体的に強く設定されているのは、冒険者数名がパーティを組んでモンスターと戦うことを前提としているからだ。


「つまりランクAのマンティコアには、星七つ以上の上級冒険者が数人でパーティを組んで挑むのが妥当ってところだね」

「このキャンプ地に上級冒険者とやらはいそうなのか」

「さあ、そこまではわかんないけどさ。ただ上級冒険者なんて百人に一人いるかどうかって言われてるし、冒険者なんて身の程を弁えないアホが大半だから……」


 ようは期待できそうにないということだろう。


「まあ、あたし達には関係ないよね」


 クーリャがごろんと横になる。

 自分の毛布を用意するのも面倒なのか、エコの毛布に体を突っ込ませながら。


「というかもう疲れたし。今日はここでガッツリ休んでいこ。これだけ冒険者がいっぱいいるわけだし、ここらへんのレベルのモンスターは近寄ってこないでしょ」

「マンティコアが出たんじゃなかったか」

「え? ああ、だいじょうぶだいじょうぶ。確認されたのはずっと西の方で山の反対側みたいだし、昨日の今日でここまで来ることはないよ」

「…………」


 こうしてエコに続いてクーリャまで寝てしまった。

 ロウギはマンティコアの存在を気にしつつも、自身も体を休めておくことにした。疲れを感じるほどでもなかったが、今日ほどの戦闘が続いたのは久しぶりのことだ。


(……やはり五順が限界か)


 オークに身を堕としてから、戦うことを避け続けてきた。

 今の自分には致命的な制限があることを理解していたからだ。


 一撃で倒しきれる相手ならば問題はない。

 しかし、それ以上の戦闘は――


(そんな相手と出会わないことを願うしかない、か)


 静かに瞼を降ろし、思考を中断させる。

 日が完全に落ちて夜の帳が落ち始めた頃。

 ロウギのわずかに残った意識が、キャンプ地から聞こえる声を拾った。


「マンティコアだーーーーーーー!」

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