第14話 調教師と冒険者
こうも続けざまに知った顔と会うのは何の因果だろうか。
『東エビシラ山道』を進むロウギ達の前に現れたのは『ヘルズベア』を名乗っていた三人組の冒険者だった。確か無精鬚の戦士がアンガス、筋肉質の大男がレイター、緑髪の女がミュッセだったか。
矢で射ぬかれて足を止めたロックハンターへと、三人が迫る。
アンガスが跳躍し、剣を振り下ろす。それを棍棒でギンと防いだロックハンターの脇腹にレイターの拳が深々と撃ち込まれる。「キュウウ……」か細い悲鳴が漏れ、棍棒が手元から落ちた。うずくまるロックハンターの肩口に、今度はミュッセの放った矢が刺さる。
「ハッ! 逃げられるとでも思ったか? 残念だったなァ!」
「殺しちゃえ殺しちゃえ~! きゃはははは!」
冒険者達は笑っていた。
三人がかりで獲物をいたぶることを、心から楽しんでいた。
「意外にしぶとかったがよ。こいつで終わりだな」
アンガスが剣を振り上げる。
そしていよいよ剣が振り下ろされようとする寸前、
「【
アンガスの足元に黒い泥のようなものが広がる。
それは五指を持つ手を形作り、アンガスの足首をガシッと掴んだ。
「おげっ!」
つんのめるようにバランスを崩すアンガス。
剣は標的から大きく外れ、見当違いの地面にザクッと突き刺さった。
「て、てめえらは!」
三人はすぐにこちらの存在に気付いたようだ。
アンガスは泥の手の拘束から逃れると、勝気な笑みを浮かべる。
「へっ! 『角付きのオーク』じゃねえか! なんでてめえがこんなところにいるかは知らねえが、この前の借りはキッチリ返させてもらうぜ!」
「おいおい、本気かよアンガス」
しかし他の二人はいまいち乗り気でないようだった。
オーク、そしてもう一体のモンスターを見て表情を曇らせている。
「前にやられたのを忘れたのかよォ? あのオーク、そんな簡単な獲物じゃあ……」
「それにそれに、あれ見て! ミノタウロスじゃない!?」
ミノタウロスといえばモンスターの中でも上位の存在。
多くの冒険者にとっては獲物というよりも、警戒や恐怖の対象となる。
二人の反応を見たユザリアが、黒い髪を優雅にかきあげながらしれっと言う。
「安心しなさい。このミノタウロスならちゃんと躾ができているから、いきなり襲いかかったりなんかしないわ。貴方達が変な真似をしなければ、だけど」
その隣ではエコがぱあっと表情を輝かせる。
「前に逃がした冒険者だ……! オークさん、今後こそ、あいつらの肉と骨をぐちゃぐちゃにしよう……エコがお団子にして、食べさせてあげる、ね……」
「え……」
エコの言葉に今度はユザリアが表情を曇らせる。
かなり引いていた。
「えっ、えっ。こわ……。なによそれ。本気で言ってる?」
「……? ミノタウロスさんの分も、いる? おいしいよ……?」
「いらんわ! なによ貴方もしかして頭おかしい子!? モンスターが危険種で調教師まで異常者とか、ちょっとシャレにならないんだけど!」
「でも……相手は冒険者、だよ……? モンスターを殺して迷惑かけるだけで、何の役にもたってない。それが世界のあっちこっちに沸いて蠢いて気持ち悪いから。跡形もなく潰して、星と他の生命のために循環させた方がいいよね……?」
「急に饒舌になるな! 知らないわよ!」
よくわからないことを言い合うお子様二人。
普段は気が弱そうなエコも、主張するべき芯のようなものはあるらしい。
「ぐ……このガキ共が……!」
そして三人の冒険者は、そのガキ共から全く相手にされていない形になった。
モンスターを恐れ子ども達には無視され、しかし彼等にも意地があるのか引くに引けない様子だ。
そんな膠着状態を切り裂いたのは、また別の声だった。
「相変わらず楽しそうにしているね。『ヘルズベア』の諸君」
風のような気軽さで突如として現れたのは、一人の少年。
「デュラン……!」
アンガスが驚いたように少年へと目を向ける、
やわらかそうな茶色い髪と、あどけない灰色の瞳。
一見すると本当にどこにでもいそうな普通の少年だ。
しかしその身は銀の装飾が散りばめられた黒いジャケットに包まれており、背中に纏う純白のマントも相まって異様な雰囲気を演出している。
彼がいかに特別な存在であるかは、狼狽する『ヘルズベア』三人の反応を見ても明らかだった。
アンガスが気まずそうに言う。
「いや、コボルト野郎にトドメを刺そうとしたら、こいつらがよ」
「うん?」
少年が視線を巡らせる。
それで状況をどう悟ったのか、楽しげに笑った。
「オークにミノタウロスじゃないか。この子たち、もしかして
「調教師……ああ、そういやゼペルの近くだもんな」
「調教師はモンスターに対しても無駄な殺生を好まない、だったか。こんな子どもがAランクのミノタウロスと危険種のオークを従えているのだとすれば、大したものではあるね」
少年は興味深そうにそう言うと、すぐに純白のマントを翻して背中を向ける。
「さて、行こうか」
「おいおいデュラン! ほっといていいのかよ!」
「子どもに絡むことが僕達のするべきことか? 違うだろう」
少年が自らの腰へと手をやる。
そこには漆黒の鞘をもつ剣が在った。
「冒険者は勇者の末裔も同じだ。冒険者を名乗るなら、刃を向けるべき相手は間違えないようにしないとね」
それだけ言うと、少年は悠然と立ち去っていく。
「お、おい待てよデュラン! くそっ!」
そして『ヘルズベア』の三人も慌ててその後を追った。何の意地なのか、「命拾いしたな!」と安っぽい捨て台詞だけは残しながら。
「あいつは……」
去りゆく少年へと険しい視線を向けているのはクーリャだ。
ロウギが「どうした」と小さく問うと、すぐに顔をそらされる。
「あ、いや、別に……ぐぇっ」
「くー! くー!」
そこでエコがクーリャのストールをぐいっと引っ張った。首が締まる。
もう一方の手は、傷付いたロックハンターを示している。
それだけでエコの意図を理解したらしい。クーリャは「ああ、もう」とロックハンターの元に歩み寄ると、傷口に手を添えた。小さく呟く。
「慈愛の天使よ。この貧相で惨めな犬畜生にささやかなる癒しを――【
白いオーラのようなものがロックハンターの傷を癒していく。
ロックハンターは地力で歩けるくらいまで回復すると立ち上がり、最後に「ワウウ」と鳴き声を漏らしてどこかへ走っていった。それが感謝の意味であることを理解できたのは、同じモンスターであるロウギとジュリアスだけだろう。
「ふん。冒険者みたいにモンスターを無駄に殺さないのは、確かに調教師の美徳だとは思うけど。さすがに傷付いたモンスターの傷を治す人なんて初めて見たわ」
ユザリアが腕を組み、冷めたように言う。
しかし、そこにはエコ達の行動を否定するほどの色は感じられない。
そういえば先ほどロックハンターの群れに襲われた時、ジュリアスもロウギと同じく必要以上の攻撃はしていないようだった。気を失った者はいるだろうが、一体も殺めてはいないはずだ。モンスターを殺さないという調教師の流儀を守るよう、躾がされていたのだろう。
「けど、どうするつもり? さすがに冒険者にやられちゃったモンスターを見かける度に同じことをするわけにもいかないと思うけど?」
「同じことする、よ……?」
「えっ」
今度は冷めたというか現実的なことを言ったユザリアだが、エコの当然のような回答に困惑を浮かべた。その後ろの方ではクーリャが「するのはあたしなんだけど」と肩を落としている。
そういうわけで、そういう流れとなった。
『ヘルズベア』達が来た方向を辿り、傷付いたモンスターを見つけ次第、順番にクーリャの魔術で癒していく。他にも何組かの冒険者パーティがいたらしく、結構な数になった。たまにモンスターを倒そうとする冒険者に出くわしてはその邪魔もした。
「あーしんど……まあ、いつものことだけどさ」
悲壮感を漂わせながら呟くクーリャ。
ユザリアとジュリアスはさすがに呆れたのか、いつの間にかいなくなっている。彼女達にも目的があったようで、たまたま出会い一時的に行動を共にしていただけに過ぎない。
「いつもなのか」
「うん。エコ様だし。一緒に旅をしていたら、そりゃね」
次は尻尾を切られてぴいぴい鳴いてるヤマモプリンだ。
はあと息をつきながら腰を下ろしたクーリャは、傷口へと手を添える。
「大したものだな。これだけの傷を、しかもこう何度も治し続けるとは」
「まあ、そこは魔族だからかな。なんか他の種族より魔力量が多いみたいだし。学院で学んだ回復系の魔術も、せっかくだから活用させてもらわないとね」
「どうして魔族であるお前が、聖翼教の学院に通っていた」
「えっ、なにいきなり」
ロウギの唐突な問いに、クーリャが顔を上げる。
「聖翼教といえば、その教義として魔族を始めとした異種族の存在を認めていない。魔王の軍勢とも敵対していた。魔族であるお前にとっては、敵のようなものではないのか」
「ああ、そういうこと」
クーリャは無事に尻尾がつながってぴいぴい嬉しそうに走り去るヤマモプリンに軽く手を振りながら、
「制服がかわいいから、かな」
「なに?」
「まあ、ようはそんな細かいこと気にしてても仕方ないってこと。今を楽しく普通に生きていくのが一番大事だからね。みんなだって、それを望んでる」
「…………」
遠くでエコが「くー、くー」と手を振っている。また傷ついたモンスターがいるのだろう。
「エコ様に振り回されるのは、普通にしんどいんだけどね……」
クーリャは苦笑いを浮かべると、早足でエコの方へと向かって行った。
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