第13話 兆候

 そしてまた山道の進行を再開する。

 しかし何故かここからはユザリアとジュリアスが自然と加わる形になった。

 とことこかつかつと、先頭を競うように並んで歩くのはエコとユザリアだ。


「なに? どうして私たちについてくるの?」

「そっちこそ……。こんな山に、何の用があって来たの……?」

「私達は調整よ。一週間後に控えた試合のためにね」

「しあ、い……? なに、それ」

「田舎のイモ臭いガキは知らない世界の話よ」

「ふうん……」


 やはり二人の間の空気は微妙にピリピリしている。

 厳密にはユザリアだけが一方的に高圧的なだけで、エコはあんまりわかってなさそうではあるが。


 一方、後方ではオークとミノタウロスが並んで歩いていた。

 エコ達の会話を拾ったロウギは、疑問をジュリアスへと投げかける。


「ガアッ?(試合?)」

「ヌモ。ヌモヌモヌモオ(ご存じありませんか。調教師テイマーとモンスターによるペア同士の決闘のことですよ)」

「グウウ(そんなものがあるのか)」

「ヌモヌモ、ヌモヌモヌモヌモヌモ(調教師発祥の地である『トルドレイク』で行われる年に一度の大会では、百組を超える調教師のペア達が最強の座をかけて戦うそうですよ)」

「……グウ。グウウ、グウ(……ふむ。それは少し興味深いな)」

「ヌモヌモヌモ、ヌモヌモオ。ヌモヌモヌモ(互いの純粋な強さと誇りをかけて争う、正式な決闘です。血で血を洗うような戦争における戦いなどとは、また違った趣があるものです)」

「グウ(わかる)」


 それにしても、このジュリアスという男。妙に会話が弾む。

 オークになって以来、ここまで会話らしい会話をしたのは初めてかもしれない。

 モンスター同士、そしてそれ以上に戦士としても通じるものがある。


 ちなみにクーリャは子ども二人とモンスター二体の間に挟まれる形で一人とぼとぼ歩いている。むすっとしているように見えるが、会話に混ざりたいのだろうか。


 ロウギがクーリャのことを気にかけていると、何かが近づいてくる気配を感じた。それも集団。かなりのスピードだ。隣のジュリアスも気付いたらしい。

 こちらに向けて走ってくるのは――武装をした亜人種。

 モンスターの群れだった。


 ロウギはクーリャに顔を向け、視線で問う。

 すぐに答えが返ってきた。


「なんかいっぱいきたけどっ! 石の武器と防具を装備したコボルト、『ロックハンター』だよ! パンフレットにもロックハンターは群れを形成することがあるから要注意みたいなことが書かれてあった!」


 ロックハンターの群れ。

 目の映るだけで十体以上いる。相当な数だ。


「ジュリアス!」

「ムオオ!」


 先に反応を見せたのはユザリアとジュリアスだった。

 ジュリアスは呼びかけに応じ、すぐにユザリアの前へと進み出る。

 ユザリアは肩越しにエコを見ながら薄く笑った。


「貴方達はおとなしくしていなさい。ジュリアス一人で十分よ」

「……オ、オークさん……!」


 ユザリアのどこか挑発的な言葉に対し、エコも声をあげた。

 ユザリアに負けん気を発揮しているのか。

 あるいはこう思っているのかもしれない。自分のオークは、ユザリアのミノタウロスに決して負けてはいないと。


 ともあれ、エコが何かを主張している。

 応えないわけにはいかなかった。


「グウ……」


 ロウギもまた前に出る。

 二人の幼い少女を背に、ロウギとジュリアスが並ぶように立った。

 互いに視線を交わして一つ頷くと、それぞれ左右を向く。迫りくるロックハンターと相対し、それぞれに戦闘を開始させる。


 同じような体格を持つ両者であるが、その戦い方は対極だった。

 相手の攻撃をうかがい、回避しながらバトルハンマーで迎え撃つジュリアス。

 相手の攻撃を受けながら、あるいは受ける前に拳を振るうロウギ。


 しかし結果は同じだった。

 一体、また一体と、ほぼ同じ早さで次々と敵を沈めていく。

 ロウギは四体目となるロックハンターを一撃で無力化し、


(……ぐっ!?)


 そこでズキンと酷い頭痛に見舞われた。

 思わずロウギの手が止まる――今で四順。

 しかし迷っている余裕はない。

 敵は眼前に迫っている。


「ガアアアアアッ!」


 石の棍棒を振り下ろしてくるロックハンターを、ロウギは右拳で真っすぐに打ち抜いた。ゴウッという轟音をあげながら、石の武装ごと大きく吹き飛ばす。


 これで五体。

 しかしまだ終わっていない。頭痛はさらに酷くなり、意識が朦朧となる。それでも内から混じりけの無い純粋な感情が湧き上がってくる。


 ――、と。


 それは渇望にも似た衝動。

 ロウギはとにかく近くにいる敵を、順番に叩きのめすべく拳を振るっていく。


「ガアアアア!」


 しかし次に狙いをつけた敵は、ロウギの攻撃に対し身体を半歩ずらして回避。

 そしてロウギの突き出された腕を掴んだ。


「ヌモウウウ(どういうつもりですか)」


 ロウギの意識に、意味のある言葉が届く。

 それはロックハンターのものではなかった。

 ロウギの拳を抑え込み、真っすぐにこちらを見ているのはジュリアスだった。


 改めて周囲を見る。

 襲撃してきた全てのロックハンターは既に倒されていた。その上で、ロウギが攻撃を加えようとしていたのは。


「……グ。グウウ。グウウウウ(……すまない。少し熱くなってしまった)」

「……ヌウ(そうですか)」


 ロウギの言葉に、ジュリアスは落ち着いた様子で応える。

 しかし他の三人には言葉の意味がわかるはずもなく。


「どういうことよ!」


 教鞭をピシッと振るい、怒りを見せるのはユザリアだった。


「あのオーク! ドサクサ紛れにジュリアスまで倒すつもりだったんじゃないの!」

「そ、そんなわけない、よ……」

「あなたの責任でしょう! ちゃんと躾けなさいよ!」


 エコはオークを見上げながらあわあわしているが。

 ロウギだけが理解していた。

 五順を超えてからの記憶がない。

 つまり――



(……なに、いまの?)


 クーリャもまた目を疑っていた。

 オークがロックハンターに続いてミノタウロスまで攻撃しようとしていたのは明らかだった。けど、どうして。このオークは、何故かヒトとしての知能と理性を持ち合わせてるはずで。

 味方であるはずのミノタウロスを攻撃する理由が無い。


 ユザリアはもうエコを責めるつもりはないらしく、怒りの感情はミノタウロスへと向いていた。「オークなんかに引き分けとか、どういうつもりなの!?」と叫びながら教鞭を叩きつけている。

 モンスターとしては上位であるはずのミノタウロスが、オークと同じ数しかロックハンターを倒せなかったことを責めているらしい。ビシビシ叩かれる度にミノタウロスは「ヌモオッ!?」と悲鳴を挙げ、ものすごく痛そうだ。


「オークさん……だいじょうぶ……?」


 一方、エコは不可解な行動を起こしたオークを責めるようなこともなく。

 ただ純粋に、心配そうにオークの肩を撫でていた。

 そう。やはり心配なのはオークだ。


 このオークはモンスターでありながら、ヒトの理性を宿している。

 だとしたら、今のオークは何を考えているのだろう。

 先ほどの戦いを終えてから、怪我をしたわけでもないのに全く動こうとしない姿は、どこか弱々しく、何かを悔いているようにも見える。


 とはいえ、止まっていても仕方ない。

 オークにはいつか話を聞くとして、今はエコの方に寄り添うことにする。


「行こ、エコ様。オークも大丈夫だって」

「でも……」

「いいから。ほら、あんたもさっさと立て! エコ様が心配してんでしょうが!」


 げしっ!

 オークの脛を思いっきり蹴ってやる。


「グウ……」


 それでオークは顔をあげ、背筋を伸ばした。

 言葉が通じていることを知っているからこその、クーリャなりの激励。みたいな何か。それはオークにちゃんと通じたらしい。グウとか鳴かれたところでオークの言葉はわからないけども、大丈夫だとかそんな返事だろうとクーリャは勝手に解釈する。


 なんとなく行ける気がした。

 長い山道はまだまだ途中。気を取り直して前に進むしかないのだ。


「ウォウウッ!」


 そんなクーリャの思考は、獣のような声で中断させられた。

 また次のロックハンターが走ってきたのだ。


「なんかまた来たし! しつこいなあ!」


 苛立たし気にオークの陰へと隠れるクーリャ。

 何にせよ、まだこいつにはモンスターの撃退をしてもらわないといけない。


 そう考えるクーリャだったが、しかしその必要はないようだった。

 何故ならそのロックハンターはまるで何かから逃げるように走っており――その脇腹を、どこからか飛来した一本の矢が貫いたからだ。


 前のめりに崩れるロックハンター。

 続けて姿を見せたのは。


「きゃははは! 命中~!」

「逃がすかよ、コボルト野郎!」

「ハッ! グチャグチャにいたぶってやるぜェ!」


 やけに見覚えのある三人の冒険者だった。

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