第11話 山道のモンスター

 草原に延びる街道は、やがてなだらかな起伏のある丘陵地へと入った。

 既に『エビシラ山脈』のふもとにさしかかっているらしく、ここからは高低差のある山道が続くことになる。もっとも今回はあくまで山に沿って迂回するように北に抜けるだけなので、本格的な山登りをするという程でもない。行商人や馬車が通れるだけの道も整備されているようだ。


「ここも一応は『東エビシラ山道』なんて名前が付けられてて、冒険者協会からダンジョンとしての認定もされてるね。つまりモンスターも出るってこと」


 言いながら、クーリャは一枚の紙を広げる。

 表には『モンスターガイド<エビシラ山脈編>』とあった。地域やダンジョンごとに出現するモンスターの情報をまとめたパンフレットらしい。


「ええと。『東エビシラ山道』で出現する主なモンスターは……『ヤマモプリン』、『グレイブグラブ』、『ロックハンター』くらいか。山の西側とか高いところにはもっと色んなモンスターがいるけど、ここには比較的弱いモンスターしかいないみたいだね」


 エコは山道をとことこ歩きながら、ふるふると視線をさまよわせている。

 周りの風景に興味津々らしく、ようはクーリャの話を聞いていない。


「ヤマモプリンはモプリン種の中でも山育ちなだけあって足腰が強く、スタミナも高め。グレイブグラブは固い外角に覆われたザリガニで、鋭いハサミにも要注意。ロックハンターは石製の武装で身を固めたコボルトの一種。一番強いロックハンターでもランクD。うん、これならあたしとエコ様だけでも余裕でいけそうなくらいだね」


 それでもクーリャが説明を続けるのは、それがロウギに対してのものだからだ。

 ロウギはクーリャだけに聞こえる声で言う。


「大したものだな。その紙に、そこまでの情報がまとまっているのか」

「これに関しては冒険者協会サマサマって感じだね。ちなみにこのパンフレット、冒険者ギルドで無料配布されてるよ」

「ふむ……」


 ロウギは素直に感心する。

 自分の知る十年前、モンスターの情報がここまでまとめられている書物の類が果たしてどれだけ一般に普及していただろうか。


 冒険者協会。

 魔王が勇者に倒されてから創設され、この十年で一気に成長を遂げた組織と聞く。

 冒険者一人一人を見れば取るに足らない印象しかないが、組織としての力については侮れないものがあるらしい。


「ねえエコ様」

「……?」


 クーリャが先を歩くエコに向けて声をかける。

 エコは足を止めて振り返っては首を傾げた。


「この中で仲間にするなら、どのモンスターだろう。やっぱりロックハンターが妥当かな。コボルト種だから賢いみたいだし、同じ二足歩行でもオークなんかよりシュッとしてて断然カッコイイし」

「…………」

「モプリンも悪くないけどね。初心者にオススメみたいだし。かわいさを売りにして媚びてるみたいなところは正直イラッとするけど、もぷもぷしてるのは悪くない」

「オークさんがいれば十分、だよ……?」

「そうだったね。じゃあモンスターに襲われたら、オークに追い払ってもらおっか」


 クーリャは意地の悪い笑みを浮かべて、オークへと振り返る。


「そういうわけだから、よろしく」

「…………」

「聞いてるのっ!」


 げしっ。

 クーリャの靴底がオークの膝を蹴る。


「くー! ひどいこと、しちゃだめ……っ!」


 そして山道を歩くこと三十分ほど。

 最初に遭遇したモンスターは三体の『ヤマモプリン』だった。

 岩陰からいきなり出てきたかと思えば、こっちに向かってピギピギ鳴いている。

 クーリャがパンフレットを見ながら説明する。


「モプリンって本当にどこにでもいるんだよね。専門家によるとそれぞれの場所で独自の進化を遂げたとかで、今では百種類以上のモプリンが確認されてるみたい。性格は無邪気で温厚。基本的にヒトを襲うことはない。ただ過剰な人懐っこさが災いして、思わぬ怪我をさせられることもある。さっきのエコ様みたいにね」


 当のエコは微妙に瞳を輝かせながら三体のモプリンを見つめている。

 噛まれたことの反省はなさそうだ。

 ロウギは一応、エコを庇うように前へと進み出る。


「ピギ! ピギ! ピギ!」


 すると三体のヤマモプリンの視線がロウギへと集まった。


「お、オークさん。乱暴しちゃだめ、だよ……?」

「エコ様。そんなこと言ったって、オークに言葉が通じるわけないでしょ」


 クーリャはこう言うが、クーリャも知ってのとおりロウギはエコ達の言葉を理解できる。よくよく考えれば肉体そのものはオークなのでおかしい話だが、ロウギの場合はヒトとしての理性が備わっているからなのかもしれない。

 そして実は――


「ピギ! ピギギ! ピギギギッ! (かわいい子、連れてんじゃねえか)」

「ピギッ! ピギッ! (わけて! わけて!)」

「ピギギギギピギッ! (ぼく達も可愛がられたい!)」


 ロウギはヒトとしての理性だけではなくモンスターとしての性質も持っているからか、モンスターの言葉もなんとなくだが理解できたりするのだった。

 モプリン種は人ほど知能や言葉の概念がはっきりしていないので、だいたいだが。


「ピギッ! (よこせっ!)」


 ヤマモプリンの一体が飛びかかってくる。

 モプリン種にしてはやけに攻撃的な気質をしているらしい。


「グウ(失せろ)」


 しかしロウギが軽く殴るとヤマモプリンは「ピギッ!(痛いっ!)」と悲鳴をあげながらもぷっと地面を跳ね、坂になった山道をもぷもぷと転がり落ちていく。


「「ピエエエエエッ!(ひええええええ!)」」


 残る二体も追いかけるように慌てて逃げていく。

 それを黙って見送っていると、エコがロウギの元にたかたかと走ってきた。

 表情はわかりにくいが、どことなく嬉しそうにしているように見える。


「す、すごいねオークさん……! 痛くならないよう、軽く追い払ってくれたん、だね……」


 背伸びするみたいに両手を伸ばし、はしっとロウギの首に手を回す。

 そして頭をなでなでした。


「えへへ……ごほうび、だよ……」


 続けてエコが腰のポシェットから取り出したのは、黒ずんだ団子だった。

 ロウギの口元にスイッと差し出される。


「…………」


 鼻孔をくすぐる芳醇な香り。

 食欲が瞬間的に刺激され、即座にバクッと口に入れた。

 ゆっくり咀嚼すると、凝縮された濃厚な甘みと旨みと辛味と他の様々な味が絶妙に絡み合い、口の中を蹂躙していく。独特の食感と未知の味わい。戦慄すら覚える。悪魔的に美味い。


(一体なにで出来ているんだ、この団子は……)


 そんな疑問を胸に抱きながら団子をじっくりと堪能する。

 するとエコと入れ代わるように今度はクーリャが近寄ってきて、ひそひそ声で話しかけてきた。


「ありがと。そんな感じでさ、これから遭遇するモンスターはあなたが追い払ってよね」

「……断る。悪いがお前達でやってくれ」


 ロウギからは素っ気ない答え。

 クーリャが目を丸くする。


「えっ。いやいや。なんでそうなるの? 断る流れじゃなくない?」

「ここのモンスターなら、お前達だけでも余裕でいけるんじゃなかったのか」

「こまかっ! 確かにそう言ったけど。エコ様みたいな子どもにモンスターと戦わせるつもりなの?」

「それは……いや、しかし」

「いいからエサ代分くらい働け!」


 そう言い切ると、クーリャは先を歩くエコを追いかけていく。なかなかに酷い言いようだが、仕方なく後に続くしかない。


 山道は次第に高度を増していく。

 片側が崖のようになり、足元にはゴツゴツとした固い岩肌も見え始めた。慎重に歩かないといけないので、なにかと足どりが落ち着かないエコの手はクーリャががっしりと握っている。


 そんな中、次に出会ったモンスターは一体の『グレイブグラブ』だった。

 岩のような外殻と大きいハサミを持つザリガニ型モンスターだ。


「うわっ。パンフレットのイメージよりだいぶデカい。大丈夫かな?」


 言いながら、クーリャがチラリと横目でロウギを見る。腰に下げたフレイルを手に取る素振りも見せず、完全にロウギ任せの姿勢だ。


「ギアアアッ!」


『グレイブグラブ』はモプリンほど温厚で平和的なモンスターでないようだ。

 すぐにハサミを広げて飛びかかって来たので、ロウギは咄嗟に二人の前に出てガスッと右拳で殴って弾き返した。グレイブグラブは地面をバウンドし、しかしすぐに態勢を立て直す。見たところ、それほどのダメージはない。


 グレイブグラブは両手のハサミをカチカチと鳴らし始める。威嚇のつもりなのか、「ギッ、ギッ」と鳴き声をわずかに荒げ始めた。しかしモプリンほどの知能もないのか、ロウギに読みとれるほどの意味は成していない。


「ギアアアア!」


 またハサミを向けて突進してくるグレイブグラブ。

 しかし動きは遅く単純。ハサミの動きに注意しながら二発、三発と続けて拳を叩きこむ。手応えには欠けるが、全く効いていないわけではない。何度も叩いていれば、そのうち倒せはするだろうが。


(今で二順……このままでは、やや分が悪いか)


 そう考えた時、背後から声がかかる。


「オークさん……これで叩いて……! 【奈落の泥槌アビスハンマー】」


 すると、どうしたことか。

 ロウギの足元から黒い泥のようなものが出現し、右手へと集まり始めた。それは徐々に質量を増し、やがて何かを形作る。

 出来上がったのは一尺ほどの黒い棍棒だった。


 ロウギは咄嗟にそれでグレイブグラブを真上から叩きつける――ゴギン!

 確かな手応え。棍棒の一撃を受けたグレイブグラブは目をグルグル回して気絶していた。棍棒の重量と振り回す力が乗れば威力は増す。当然の道理だった。


「やった……です」

「うん、今のはナイスフォロー! なんか調教師テイマーっぽくてよかった!」


 控えめに喜ぶエコの頭を、クーリャがえらいえらいと撫でている。

 どうやら先ほどの現象はエコによるものだったらしい。魔術の類なのか、そういえば出会った頃も黒い泥のようなものを操っていた。

 ロウギの手に握られていた棍棒はすぐに形を失い、ベチャリと地面に落ちる。


 なんともなしに、それを見下ろしていると――ズキン。

 頭にわずかな痛みが走った。


……やはり、これ以上は危険か)


 頭を押さえるロウギに、クーリャの声がかかる。


「どうしたの? 早く行くよ」

「…………ああ」


 ロウギは小さく頷くと、また先頭を歩く。

 その後も何度かモプリンやグレイブグラグと遭遇したが、ロウギはたまにエコが操る泥の力を借りつつも難なく撃退していった。

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