第8話 魔王と七つの種族
エルフの王――【惨姫】イセス
妖精の王――【災禍狂宴】メルチェ
獣人の王――【零剣】シーグラム
死人の王――【弔う砂塵】ル=ゼナ
鬼人の王――【不落の門】ロウギ
妖花人の王――【星喰い】エンハーブ
竜人の王――【紅帝】マクアキュアラ
魔王軍の幹部『七英将』。
それは十年前の戦いで魔族に与していた七つの種族の王でもある。
一人一人の力は魔王に匹敵するとも言われており、その名前などは歴史の教科書にも登場する程度には有名だ。もちろんクーリャだって知っている。
そして鬼人といえば確か東方の島国に住まうという強靭な身体を誇る種族で。
その象徴とされるのが額に生えた角だ。
(いや、まあ、確かにある……けど)
目の前の男にも、よく見れば額に角らしきものが確認できる。
あと身体に纏われた黒い衣装。この丈の長い布を全身に巻いて腰の帯で留めたようなデザインは確か『着物』と呼ばれるものだったか。メジャーではないが一部の層に人気のファッションで、確かこれも東方の島国から大陸に伝わったものだ。
冷静になれ、とクーリャは自分に言い聞かせる。
オークがヒトの姿に変化する時点で、自分の常識を遥かに超えている。
しかし何故かヒトの言葉を話すことはある意味で不幸中の幸いかもしれない。
なんとか、意思疎通を図らないと。
「ええと、あなたが魔王軍の七英将で鬼人なのはいいとして」
あんまり良くもないのだけれど、ひとまずそれは置いといて。
「さっきのオークはなんだったの?」
クーリャとしては何よりもそれが気になって仕方がなかった。
そこをハッキリさせないことには、何の話も入ってきそうにない。
「やはりそこから話すべきか。しかし、どう説明したものかな」
オークだった男――ロウギは、真面目な表情で腕を組む。
しばらく考えこんだ後、「ふむ」と唸り顔を上げた。
「その服装。お前は学生だな。そして胸元に刻まれた翼を纏う十字架の紋様……聖翼教に関係するものと見受けるが、どうだ」
「ええ!? えっと……」
質問に質問で返された。しかも口調が無駄に尊大だ。
若干イラッとするクーリャだが、「意思疎通、意思疎通」と心の中で念じつつ会話を進めることを優先させる。
「まあ、一応。あたしは『聖ラシリス学院』っていう、聖翼教の使徒を養成する学校の生徒だったよ。今は事情があって休学中だけど」
「やはりな。お前が森の中で見せた傷を癒す魔術も、そこで学んだものだとすれが合点がいく」
聖翼教とは、この世界で最も広く普及した宗教だ。主に回復系の魔術を得意としていて、どこの町にも置かれている教会は冒険者達にも重宝されている。
ちなみにクーリャが当時の制服を普段着としているのは、聖ラシリス学院の生徒を装うことが旅を続ける上で何かと都合がいいからだ。しかも魔術的な細工がされているため、こう見えて防御性能も結構高かったりする。
「では教えてくれ。勇者と魔王に関する全てを知りたいところだが、今はいい。魔王を除く七つの種族の王……七英将の結末について、お前は学校でどう教わった」
「七英将の結末かあ」
なんでこっちが聞かれる側になってんだと思いつつ、クーリャは答える。
「確か七人のうち三人が勇者との戦いの中で命を落としたんだっけ。で、生き残った四人も女神ラシリスの祝福とかで邪悪な力を浄化されて、本来の姿を取り戻した」
「ふむ……そうか」
「かなり胡散臭いけどね」
「わかった。それでいこう」
「は?」
「概ねその通りということだ。祝福や本来の姿という表現はともかくな」
「はあ」
なんか雑だが、男の口調はあくまで毅然としていた。
「俺は『鬼人』の王……厳密に言えば王などではなく、ただ最強とされていただけの戦士だった。しかし戦いの後、聖翼教による『女神の奇跡』と称される面妖な力により肉体をオークへと変えられてしまったのだ」
「どういうこと? そこもっと詳しく」
「俺もよくわからん」
「ちょっと」
結局、肝心なところが説明になってない。
しかしロウギはあくまで堂々とした態度で言う。
「あいにく魔術や呪いの類は専門外だ。だが事実として俺がオークになった以上、『女神の奇跡』とやらにはそれが出来るだけの力があるのだろう」
「もしかしてオークなのに角が生えてたのは、元が鬼人だから?」
「む。言われてみれば……確かに、そうなのかもしれないな」
「えーと、今まで気にしたことなかったの?」
さっきから一体なんなんだろう。
まさか本当に自分でもよくわかっていないんだろうか。
とにかく色々聞いてみることにする。
「オークの状態で喋ったり、今みたいにヒト形態に変身できてるのは?」
「オークの状態でも俺の理性は保たれている。ヒトの言葉は理解できるし、話すこともできる。一時的ではあるが、このように元の姿に変化することもできるようだ。しかし一定条件によりその理性は失われ、オークとしての衝動に呑まれてしまう」
「一定条件っていうのは」
「さきほどは醜態を晒してしまったが……あれもその一つだ。若い女を見るとオークとしての衝動が暴走する。俗な話になるが、その女が生殖に適した年齢であるほど、女として肉体が成熟しているほど、その衝動は強くなるようだな」
「若い女子……かあ」
確かに、さっきオークが襲いかかろうとしていたギルドマスターのパニーは、女子の中でもかなりエロティカルな感じだった。豊満な胸部はフルーツで言うとメロンだろうか。大きくて、瑞々しくて、どこか気品があって、しかも成熟ピークの食べ頃だ。あと、そういえば町に入ってからも若い女子を避けていたようにも思う。
「うん。まさにオークじゃん」
「オークへと変えられたのは肉体だけではない。そういうことだろう」
「…………」
とはいえ結局のところよくわからなかった。
というか、まずこのロウギという男が適当なせいで折角の情報に説得力が無い。
鬼人に会ったことはないが、まさかみんなこんな感じなんだろうか。そういえば、確か魔族含めた八つの種族の中では一番知性が低かったような――
「ああ、もう……めんどくさいなあっ!」
「めんどくさい? 何のことだ」
「だってオークが危険種だった時点でめんどくさいのに! いきなり喋るし、ヒトに変身するし! おまけに元七英将とか、普通にわけがわからないっ!」
クーリャはしゃらりと腰のフレイルを抜き、ロウギへと突きつける。
ビシッとはいかずふるふる震えてるけど、一応は警戒とか威嚇のつもりだ。
「それで? その今はオークで元魔王軍の七英将の鬼人のロウギさんが、どうして『ラグローの森』を出てあたし達についてきたの?」
「なに……?」
「ロウギさんとしての理性がちゃんとあって、ようは逃げようと思えばいつでも逃げられたってことでしょ? なんかヘンだとは思ってたの。オークのくせに妙に大人しくて従順だったし、計算高いというか人間臭いって。エコ様はノーテンキなとこあるから、何の疑いもしてなかったけど」
「……ふむ」
ロウギが関心したように頷く。
「そこまで冷静に見ていたのか。やはり賢い娘だ。お前に声をかけて正解だったな」
「え……」
「俺がお前達に同行したのは、お前達にちょっとした興味があったからだ」
「きょっ、興味って……」
なんとなく不穏な空気を感じ取るクーリャ。
思わずオークから一歩後ずさってしまう。
「お前達は『魔族』だな」
「……なんのこと?」
「身体的な特徴としては、そうだな。色素の薄い髪もその一つと言えるが、決定的なものといえば体の一部に刻まれた黒い紋様だろう。お前の場合、その不自然に首に巻かれた布の下にでもあるんじゃないか」
「そんなに不自然ですかねえ!? 八割くらいはファッションのつもりなんだけど!」
「そうか。では衣服を脱いで見せろ」
「はあ…………はあっ?」
あまりに自然に言われたものだから少し反応が遅れた。
いきなり何を言っているのか、この男は。
「別に下着までとは言わん。さあ、脱げ」
「…………、」
この堂々とした物の言いよう。どうやら本気らしい。
クーリャの体が少しずつ変な熱を帯びていく。
「ぬ、脱がせて、どうするつもりなの?」
「話の流れでわかるだろうが。魔族としての紋様の有無を確認する」
「本当にそれだけ?」
「他に何がある」
「いや、えと……あたし、一応、もう十六なんですけど」
「? それがどうした」
クーリャは羞恥を噛みしめるように、顔を朱に染めながら。
「いや、だから……その、オークの衝動が目覚めちゃったりなんかは」
「お前? ないない」
「えっ」
クーリャは顔をがばっと上げる。
ロウギは素の表情で「ないない」と手を左右に振っていた。
「小娘という点でエコと変わらん」
「十才女児と!?」
「それにしてもお前、十六というのは本当なのか? それにしては体が貧相過ぎるように思うが」
「な、なんですかそれ! さすがにヒドくないですか!?」
「いいから早く脱げ。話が進まん。大事なのは魔族であるお前たちが」
「ああ、もう、さっきからなにこいつ! なんかだんだん腹たってきた!」
その時だった。
二人のいた裏通りに「こっち近道なんだよ~」「え、そうなん?」の声。
角を曲って現れたのは若い二人の女性だった。
いずれも肉付きのよい身体で、しかもやけに露出の多い格好だ。
「おごおっ!?」
奇声があがる。ロウギからだった。
ロウギの全身が発光する。
光が止むとそこにはオークがいた。
「戻った!」
思わず叫ぶクーリャ。
この女性達を見てオークの衝動とやらが目覚めたのだろうか。オーク衝動に目覚めたらヒト型からオークの姿に戻るのか。もはやわけがわからない。
「「ひぎゃああああああ!」」
オークを見た二人の女性は泣き叫びながら逃げていく。
「ここにいたか、オーク!」
次に走って来たのは二人の男。
格好からして冒険者というよりも町の衛兵だろう。
オークは露骨に動揺した表情と挙動でクーリャの方を見た。首をブンブン振って、何かを訴えている。おそらく、なんとかしてくれとか、そういうの。
いや、しかしどうしろと。
対応に困っていると、また別の何者かが角から姿を現す。
「くー……オークさん……!」
今度はエコだった。半泣きの。
やっと見つけたはいいが何故このタイミングで登場する。
クーリャはさすがに頭を抱えた。
今の状況、どうにかできるのは自分しかいないらしい。
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