第6話 危険種

「はあ? なにそれ! なんでですかっ!」


 これにはクーリャが思わず割って入る。

 ヒトが苦手で気の弱いエコががんばって一人で調教師テイマーの申請をおこなうところを黙って見守るつもりだったが、断られるとなれば話は別だ。


「もしかして、エコ様がまだ幼いから? この子、これでも一応十才だよ! 冒険者と一緒で、十才以上なら誰でもなれるんだよね?」

「それは問題ないよお。むしろモンスターの力を借りることができる分、小さい子にとってはソロでも安心安全な冒険者稼業を送れるからねえ。実際に小さい子の調教師は多いし」

「だったら何がダメなんですかっ」


 クーリャはカウンターにドンと両手をつき、ぐぐぐっとパニーに詰め寄る。

 達成感に浸っていただけに、当の本人であるエコよりも熱くなってしまっている。


「問題はモンスターの方だよお」

「はあ!? オークの何がいけないの! 確かに見た目はあんまりイケてないけど、でもモンスターにそれを求めちゃうのはなんか違くないですか!」

「それは割とどうでもいいんだけどお……」


 パニーはクーリャの圧力に若干引きながら、説明を続ける。


「危険種って知ってる? オークが、まさにその危険種なんだけど」

「……危険種」

「数あるモンスターの中でも、特に危険とされた種を冒険者協会がそう区分してるんだあ。人や町が襲われることは多いし、だから冒険者にも積極的な討伐が求められているの。登録されてる調教師で危険種をパートナーにしてる者は一人もいない。危険種は本質的に人には懐かないんだよねえ」


 意外にもまともな理由が来たので、クーリャは少し面食らう。

 しかしここで引くわけにもいかない。後ろのオークにビッと人差し指を向ける。


「で、でも、このオークはこうやっておとなしく……」

「その子、怪我しているよねえ。血色もあまり良くないみたいだし、お腹も空いてるんじゃないかな?」

「う……」


 いずれも事実といえば事実だ。

 確かにこのオークには、冒険者に狙われ続けてきたことによる傷があちこちにある。エコが餌の団子を三つほど与えたが、この大きな体で足りるはずがない。町に着いてからも真っ先に調教師ギルドに来たので、まともな食事を与えていないままだ。


 このパニーという人物。雰囲気こそふわふわしてるのに、芯の部分では冷静なようだしギルドマスターを名乗るだけの観察眼も持ち合わせているらしい。


「お、オークさんは、悪い子じゃない……よ?」


 ここでようやく声をあげたのはエコだった。

 声を震わせながらも、パニーへと訴えかける。


「信じてくれない、の……? ギルドマスターなのに……」

「そう言われると困っちゃうんだけど……うん。まだ信じることはできないかな」


 しかしパニーもハッキリとそう返す。


「調教師も結局はまだ準冒険者でしかなくて、冒険者ほどの理解を得られているわけじゃない。ようはモンスターだってことで怖がる人達が、まだまだいるの。そのイメージを変えるために調教師のみんなは頑張ってるんだけど、もし万が一のことがあれば……危険のないはずのモンスターまで、危険な目で見られちゃうかもしれない」

「で、でも……そんなの、このオークさんには……関係ない……」


 エコは納得いかず、まだごねようとしているようだけれども。

 クーリャにはパニーに返すべき言葉が見つからなかった。

 言っていることの筋は通っているし、ましてやパニーの方にはギルドマスターとしての責任がある。エコのようなお子様の勝手な言い分をきいてあげられるような立場じゃない。


「おいおい、あんまりパニーちゃんを困らせるなよ」


 そこで周りにいた男達がわらわらと集まってきた。

 モンスターと共に店の中にいた冒険者風の連中――おそらく全員が調教師。

 先ほどからこっちの話に聞き耳を立てていたのだろう。新たな調教師志望の存在が嬉しいのか、十人近い男たちがエコを取り囲むようにして口々に言い始めた。


「お嬢ちゃん、はじめてなんだよな。だったら『ヘイルウルフ』がオススメだぜえ? 町の外の草原で簡単に捕まえられるし、こう見えて案外、人懐っこいんだ」


「俺は断然この『アイアンタートル』だ。固い甲羅は大抵の攻撃を寄せ付けねえ。力もあるから、疲れた時は乗り物にもなる! まあ一キロ進むのに一時間くらいかかるけどな!」


「私は『アクアスライム』を推しますね。冷たくて気持ちいいですし、体がほぼ液体なので喉が渇いた時には飲めます。あとは美少女形態になるスキルを覚えさせれば完璧でしょう!」


「いや、俺はやはり無難に『コボルド』だな。武器も扱えるから育て甲斐があるし、頭もいい。なにより、こうやって一緒にテーブルについて酒が飲めるからなあ!」


 こんな感じで、何故か順番にオススメのモンスターを紹介していく。ムサ苦しい男達に囲まれたエコはあわあわし、それをパニーはキラキラした笑顔で見守っている。

 なんか急によくわからない空気になってしまったけども。


(助かった……かもね)


 おかげでクーリャは頭を冷やすことができた。

 ひとまず調教師の申請がすんなりいかないことはわかった。エコもこう見えて頑固だからヤケを起こしかねないし、ここは一度出直すべきだろう。


「グウウ……ハア、ハア……」

(……うん?)


 そんな中、クーリャはオークの様子が少しおかしいことに気付いた。

 先ほどからやけに大人しかったオークが、何故か全身を震わせながら息をハアハアと荒げている。なんか危ないクスリの禁断症状みたいになってる。


 その視線の先を辿ってみると――

 どうやらカウンターに立つパニーへと向いているらしい。


(……しかしまあ、なんともナイスバデーなヒトだ)


 クーリャも改めてその全身を見ては、思わず舌を巻いた。

 話し方や雰囲気こそふわふわして子どもっぽいのに、こうやって見ると顔は美人系で非常に整っていて、その全身はモデルのようにすらりとしている。キッチリした服装の割に頭には何故かウサギ耳飾りを付けていて、いかがわしいお店のウエイトレスみたいだ。


 そして何よりも特筆すべき点は、ジャケットを内側から押し上げる大きな胸だろう。普通なら固く見えるはずのフォーマルな格好が、逆に妙なエロさを引き立たせてしまっている。


「グウウ……ウウ……ウウウウ……ッ」

「……あの、大丈夫?」


 オークの様子が心配になり、つい声をかけてしまうクーリャ。


「グウ……ウオウッ……オウッ」


 しかしオークの唸りは止まらない。その口からだらりと唾液が垂れている。ハアハアと呼吸を荒げ、目をギンギンに血走らせながら、のそのそとパニーに向かって歩き始める。

 そして、


「グホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 両手を大きく広げて、とうとうパニーへと襲いかかった!


「ひわあああっ!」


 咄嗟に逃げるパニー。


「うおお! いきなりなんだこいつ!」

「パニーちゃんに、なにしやがる!」


 近くにいた二人の調教師の男がオークの体を抑えにかかる。カウンターに乗っていたモプリンのトオルが「ブギ!」と毛を逆立たせ、パニーを庇うようにして立つ。

 また別の調教師が、エコへと非難するような目を向けた。


「まさか小さい嬢ちゃんの仕業か! すぐやめさせろ! マスターにこんなことしたからって、調教師の認定ができるわけじゃねえんだぞ!」

「ち、ちがう……よ!」


 エコはばたばたとオークの元に駆け寄り、


「な、なにをしてるの、オークさん……! お、おとなしくして……!」

「ゴオオオオ! ガアアアアアアア!」

「うおおおお……!」

「こいつ、なんて力だ!」


 しかしオークはエコの言葉を聞くこともなく、既に五人以上で抑えにかかっていた調教師の男たちを強引に弾き飛ばした。


「ガアアアアア!」


 そして今度こそパニーへと襲いかかろうとし――ズドン!


 真上から強襲した何かが、オークを床に抑えつけた。

 ウシのような頭部を持つ亜人種モンスター『ミノタウロス』だ。オークはなおも「ガアアア」と叫びながら暴れようとするが、上に乗るミノタウロスは岩のように全く動かない。


「よくやったわ、ジュリアス」


 凛とした幼い声と共に、一人の少女がミノタウロスの傍らに立つ。

 艶のある長い髪。黒いドレスのような服装。

 年頃はエコと同じくらいか、体こそ小さいがどこか気品を感じさせる少女だ。


「おお、ユザリアちゃんだ!」

「さすがミノタウロス。あのオークを一人で完全に抑え込んでやがる……」


 周りの調教師達がそんな言葉を漏らしている。

 ここにいるということは、この幼い少女も調教師なのだろうか。

 しかも従えているのは――ギルドの中でも一際存在感を放っていたミノタウロス。


「これでわかった?」


 ユザリアと呼ばれた少女は冷たく言い放つ。

 その紫がかった瞳は、真っすぐにエコへと向けられている。


「このオークが人に害をなす危険種であること。そしてなにより、あなた自身がこのオークをまったく抑えきれていないこと。これが全てよ」

「…………っ」


 ユザリアの言葉に、エコがびくっとなる。

 続けて周りの調教師達も口々に言い始める。


「お嬢ちゃん。小さい君にはもしかしたら危害がなかったのかもしれないが、オークは特に若い人間の女性を襲う。パニーちゃんみたいなナイスバディを見ると、我慢できねえんだ」

「オークなんてのは、なにより凶暴でとにかく見境がない。昔はオークの群れに襲われて壊滅する村が数え切れないくらいあったんだぜ」

「悪いことは言わねえ。やめとけって。モンスターなんて他にもいっぱいいるだろ」


 その声にはエコを責めるような色はない。

 むしろ幼い少女のことを純粋に心配しているかのようだった。


「パニーさん。このオーク、どうしますか?」

「そうだねえ……」


 ユザリアとパニーの間では、そんなやりとりも交わされている。

 クーリャはさすがにマズイと思った。もし町の衛兵や冒険者ギルドに引き渡されでもしたら、オークは間違いなく処分されるだろう。

 それは仕方ない。それだけなら、まだいい。


 問題はそのオークを連れていた自分達までもが、怪しまれてしまうこと。

 もし素性とかまで、じっくりと調べられるようなことになれば――


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ヌグッ!?」


 その時だった。

 オークが咆哮と共にミノタウロスの拘束を振り払ったのは。


「グウウ……ッ」


 ミノタウロスから逃れたオークは壁際へと走る。

 そして窓ガラスを粉々にしてぶち破り、外に出て行ってしまった。

 一瞬の事態に場が凍りつく。


「へえ。ジュリアス、あなたがオークなんかに力負けするとはね」

「ヌウ……」


 またすぐに騒然となる冒険者ギルド。

 クーリャはこの瞬間を見逃さなかった。

 あわあわしているエコの手を強引に掴み取り、


「なにしてんのエコ様! 早く追いかけないと!」


 ひとまず調教師ギルドから脱出することにした。

 走りながら心の中で毒づく。


 まったく――なんでこんなことになった!

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