第5話 調教師ギルド
ゼペルという町は総じて平和で活気のある町と言えた。
五大国の一つ『ヘイルラント』に属し、国の面積の半分近くを占める広大な草原のほぼド真ん中に位置する町は、モンスター等の外敵からの脅威も少ない。
一方で水や作物などの資源には恵まれており、そんな立地条件のおかげで人口は多く町としても大いに栄えている。
町に入ってすぐの広場には、町の象徴ともいえる大きな湖。
それを囲うように並んだ数々の露店からは、元気のいい商人たちの声があがっていた。もうすぐ夕暮れの時間となる町の風景は、なかなかの活気に溢れている。
もっとも、その活気の半分くらいは、とあるお祭りの影響なのかもしれない。
つまり『勇者祭』だ。
勇者が魔王を倒してから、今年で十年になろうとしている。それを記念した祭はこのゼペルの町に限らずヘイルラント各地、それどころか国境や大陸を超えたあらゆる場所で開かれているはずだ。
なんにせよ、町に活気があるのは素晴らしいことなんだろう。
「うるさい、ね……ニンゲンは……」
そんな町の活気が気に食わない者も、いるにはいるわけだけれども。
「ハーピーさんの群れに襲われて、全員喉を引き裂かれたら……少しは静かになる、かな……?」
「こらこら。ちょっとエコ様」
「静寂に沈む町は、やがてハーピーさんの格好の餌場になる……ニンゲンの肉も内蔵も食べ放題で、毎日がハーピーさん達のお祭り騒ぎ。とても、楽しそう……」
「……ああ、もう」
エコの言動にクーリャは頭を抱える。
発想が酷い。普通に育った子どもはこんなこと言わない。
もし誰かに聞かれでもしたら、確実に正気を疑われるだろう。
(ただでさえ人の目を引き付けやすいのに……あたし達)
クーリャは視線を巡らせ、目についた露店でブドウのジュースを購入した。一杯三五ゴル。粒状のゼリーが入った、ちょっと高そうなそうなやつだ。
限られた資金からすると贅沢極まりないが、今回ばかりは仕方ない。
「はいエコ様。これあげるから」
「ぶ、ぶどう……」
予想通りエコには刺さったらしい。
エコは歩きながらストローをちうちう吸い始める。
これでしばらくは大人しくなるはずだ。
一人を上手いこと黙らせたことに安心するクーリャは、
「……んん?」
もう一体の様子もおかしいことに気付いた。
町の住人達からもチラチラと、奇異の視線が集まっている。
それは一体のオーク。
色々あって少し前から行動を共にするようになったのだった。
オークはキョロキョロと左右へ視線を巡らせたかと思えば、急に立ち止まってバッと両目を手で覆い始める。おそるおそる手をのけて安心したようにフウと息を吐くと、また挙動不審な感じでキョロキョロと左右を確認しながらスリ足みたいな足運びでゆっくり前に進む。
(こいつ、なにしてんの?)
人であれば完全なる不審者の挙動。それをオークがするんだからそりゃ目立つ。
その時、きゃいきゃいと騒がしい四人組が通りかかった。
いずれも二十歳くらいの若い女性達だ。
「グヒィッ!?」
オークが悲鳴みたいな声を漏らす。
そして急に走り出し、近くの建物の壁に向かってうずくまり始めた。
そのまま両手で頭を抱え、ガクガクと全身を震わせている。
ジュースをちうちう吸っていたエコがきょとんと首を傾げる。
「オークさん、どうしたの、かな……?」
「さあ。わかんないけど、なにかを怖がってる……っぽいような?」
「ぼ、冒険者だ……」
そうか、とクーリャは納得する。
今の時代、冒険者なんかどの町にもいる。この広場を見渡すだけでも、剣やら斧やらを抱えたそれっぽい風貌の奴が何人も目に入った。
モンスターは人々を襲う。
しかし、それ以上に冒険者はモンスターを狩る。
事実としてこのオークも高額な懸賞金がかけられていたし、『ラグローの森』で多くの冒険者に狙われ続けてきたはずだ。
「あれ? でもさっきは若い女の人にビビってたようにも見えたけど」
「大丈夫、だよ。オークさん……」
エコはうずくまるオークの肩を指でつんつんする。
そしてある場所を指し示した。
「この町には、オークさんの仲間が、他にもいるから……」
確かに――そこには、いた。
イヌのような頭部でヒトのように二足歩行する亜人種モンスター『コボルト』だ。
冒険者風の男に連れられたコボルトは、ごく自然な所作で町を歩いている。周りの住人達も特に驚く様子を見せないし、むしろ子どもが指をさして喜んでいたりする。
モンスターが町中を歩いていることは、さほど珍しいことではないのだ。
この町においては。
「はあ。もうなんでもいいや。疲れたし、早くやること終わらせちゃおうよ」
ずるずるとジュースを吸ってるエコに向け、クーリャは言った。
「行こう。
●●●
町の入口にある広場を抜けて西の方に進むと、骨董品や衣服などを取り扱う店が立ち並ぶ比較的静かな通りが続く。
その奥まった一角に目的の場所はあった。
『
外観としては、小さめの宿屋というところか。
両開きの扉をガコンと開くと、中には四人掛けのテーブルが十組ほど。一見すると酒場のようでもあるが、事実としてこういう場所では来訪者同士の情報交換やら交流を目的に、アルコールや軽食が提供される場合も多いらしい。
テーブルはほとんどが埋まっていて、武器を持ったり魔術師風のローブを纏ったりした冒険者のような風貌の男たちが座っていた。
しかし、ここを冒険者ギルドと呼ぶには明らかに不自然な点がある。
(本当にたくさんいる……)
本来なら冒険者に討伐される側の存在――つまりモンスターが一緒にいることだ。
冒険者風の連中それぞれの傍らに、オオカミやトリやカメのような魔獣もいれば、先ほど町で見かけたコボルトのような亜人種、果てはモンスターというか物体じみたゼリー状のスライムとかまでいる。
(あれって、まさか)
中でも特にクーリャの目を引いたのは、ウシのような頭部を持つ亜人種のモンスターだ。ミノタウロス。多くの冒険者が恐れる上位モンスターで、黒く筋肉質な巨体が腕を組んで佇む姿は、熟練の冒険者を上回るほどの貫録がある。
クーリャはゴクリと息を呑む。
平和な町から一転、調教師ギルドに足を踏み入れた途端に空気が変わったことを感じたからだ。
殺伐とした雰囲気。独特の威圧感。
その正体は、合わせて二十を超える冒険者風の連中とモンスターの視線にあった。それらのほぼ全てが、明らかに調教師ギルドを訪れたばかりの自分達へと向けられている。
「……行くよ、エコ様」
二人は思い切って一歩を踏み出し、周りからの視線を浴びながら奥にあるカウンターに向かって歩く。その後をどすどすと、オークも続いた。それに気付いた一部からざわざわとした声があがるが、今さら気にしてもしょうがない。
カウンターには、二十代半ばくらいの女性が立っていた。
フォーマルな格好をしているので、このヒトがギルドの運営者――マスターだろうか。女性は一度だけオークへと驚いたような目を向けつつも、
「ようこそ、
にぱっと愛想のいいスマイルで二人を迎えた。
カウンターに載った獣――ウサギの耳とリスの尾を持つ『モプリン』が合わせて「ぷぎっ♪」と鳴く。
「こんにちわあ。わたしはゼペルの調教師ギルドのマスター、パニーだよお。そして、この子は『ゴールドモプリン』のトオル君。よろしくねえ」
「ぷぎっ♪ ぷぎっ♪」
やはりこのヒトが調教師ギルドのマスターらしい。剣呑な雰囲気を放ちまくる周りの連中とは真逆で、なんともノリの明るいヒトだった。
「キミたちは調教師ギルドに来るの、初めてえ?」
「は、はい。どうも」
クーリャからの返事にパニーは「ではでは!」と。
明るくふわふわした口調で話し始めた。
「ここはモンスターをパートナーにする『調教師』さん達が集まるギルドだよお。そんな調教師ギルドは全世界に五つあって、その一つがここゼペルにあるんだあ」
「ぷぎっ♪ ぷぎっ♪」
「じゃあ、まずそもそも! 調教師とはなんなのってハナシなんだけどお……冒険者と準冒険者のことはわかるカナ?」
それが調教師の説明において大事なことなのか、パニーの話は『冒険者』と『準冒険者』という言葉の解説から始まった。
とはいってもあくまで基本的な内容であり、クーリャも既に知っていたことだ。
冒険者とはモンスターの討伐やダンジョンの攻略、様々な組織や個人から与えられるクエストの達成を生業とする者達だ。そのタイプに応じて『戦士』、『射手』、『悪賊』、『術師』、『聖者』の五つの系統に分けられ、その起源はかつて魔王を倒した勇者の仲間達にあるという。
しかし冒険者の存在が浸透するにつれ、各々が独自の路線を模索しようとする中でこの五つのどのタイプにも分類されないような者も現れるようになった。彼等は独自にギルドを設け、志を同じくする仲間を集め始める。やがて冒険者ではなくとも世間からはそれなりに存在が認められ、実質、冒険者に準じた扱いがされるようになった。それが『準冒険者』だ。
「つまりつまり! その準冒険者の一つが、わたし達『調教師』ってことなんだあ。モンスターは討伐するという冒険者の常識を覆し、むしろモンスターと友達になって一緒に戦っちゃったりするの! どう? どう? すごいでしょお?」
「あ、はい……」
「それでそれで! そんな調教師ギルドに、キミ達は何の用があって来たのカナ?」
とにかく王道からは少しはずれつつも、同志を集めたいのが『準冒険者』。
訪問者の存在が嬉しいのか、尋常でないほどの猛アピールっぷりだった。
クーリャは軽く怯みながらも、エコの背中をぽんと押す。
「ほら、エコ様」
「え……う……」
調教師ギルドに入ってから緊張しっぱなしのエコ。
しかしパニーが「ん~?」と優しい感じで促してくれたこともあってか、やがて意を決したように言葉を紡いだ。
「調教師の、認定を……お願いしに……きま、した……」
そう。
まさに調教師の認定を受けることこそが、今の二人の目的だった。
そのためにエコとクーリャは調教師ギルドのあるゼペルを拠点にパートナーになりそうなモンスターを探し、どうせなら強そうなのということで懸賞金のついた『角付きのオーク』を選んだのだ。
なお、パートナーにしたいモンスターに目印となる首輪や腕輪を付けることは、調教師の認定における要件の一つらしい。その状態のモンスターを大人しくギルドのカウンターに連れてくることで、調教師の認定――その申請となるらしいのだ。
ここに至り、クーリャはようやく目的の達成を実感する。
ギルドに入った時は剣呑な雰囲気を前にどうなるかと思ったけど、マスターは普通にいいヒトそうだ。変な難癖をつけられる空気でもないし、これでもう大丈夫だろう。
「調教師の認定を受けたいのは、キミの方?」
「は、はい……」
「パートナーのモンスターさんは?」
「後ろにいる……オークさん……」
「だよねえ……」
しかしパニーは二人の後ろに立っているオークの方を見ると、そこで初めて人懐っこいスマイルを微妙に曇らせた。頬にはたらりと汗が伝ってる。
(……うん? なにこの反応)
クーリャはなんか嫌な予感がした。
そしてパニーは今までにない歯切れの悪い口調で。
、
「悪いけど、認定はちょっと無理かなあ」
そんなことを言うのだった。
えっ、なんで?
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