第3話 冒険者

 一行の前に現れたのは、三人の冒険者だった。

 まさに先ほどオークを追いかけていた連中だ。

 その時はエコ達のおかげで逃れることができたわけだが、諦めることなくずっと森の中を探し回っていたらしい。


「ねえねえ見てよ! なんか小さい女の子が捕まってるっぽいよ!」

「しかもそっちにはJKがいんじゃねェか! JKだぜJK!」

「マジかっ! 俺達の時代、来たんじゃね!?」


 三人は姿を見せるなり勝手に盛り上がる。

 そして各々の得物である剣、小手、弓を構えながら、


「『疾風』のアンガス!」

「『剛拳』のレイター!」

「『閃光』のミュッセ!」


 そんな名乗りをあげた。

 どうやら中央にいるリーダーらしき無精鬚の剣士がアンガス、筋肉質の大男がレイター、緑色の髪をした女がミュッセという名前らしい。


 アンガスが剣先をオークに突き付けながら言う。


「『角付きのオーク』! 残念ながらてめえの命運もこれまでだ! 五年後にはヘイルラント最強のパーティと謳われるであろう俺達『ヘルズベア』が、その首を貰い受けるぜ!」


 そしてクーリャにもニカッと笑いかけた。

 他の二人、レイターとミュッセも強気な笑みを浮かべる。


「というわけだ。もう大丈夫だぜ、お嬢ちゃん達」

「アタシ達が助けてあげるからね!」

「その代わり『ヘルズベア』の名前をどんどん広げてくれよなァ。凶暴なオークから私達を助けてくれた英雄サマってよォ!」


 なんとも楽しそうな三人組だった。

 とりあえず、エコとクーリャがオークに襲われているように見えていたらしい。


「く、くー……」


 おんぶされたエコがひそひそと小さく言う。


「なんかヘンなのが来た、よ……」


 その声には不安の色が読み取れる。

 小さい体がかすかに震えているのが、背中からも伝わってきた。

 恐れているのか。この三人組のことを。


「うん。頭悪そうだね。まあ冒険者なんかアホしかいないからトーゼンか……」

「冒険者……なの?」

「見るからにそうじゃん。てか、こいつら。さっきこのオークを狙ってた連中じゃない? マズったな……また鉢合わせする可能性くらい考えとくべきだったか」


 一方、クーリャは面倒くさそうにしていた。

 冒険者達を見渡しては露骨にゲンナリと表情を歪めている。


 そしてその反応を前に「えっ」と首を傾げたのが三人の冒険者だ。


「ちょっと待て。お嬢ちゃん達、なんかリアクションおかしくないか?」

「アタシ達はアンタ達を助けようとしてるんだけど!」


 冒険者達から非難の声を浴びるも、クーリャは冷めた声で返す。


「はあ? 懸賞金目当てでこのオーク狙ってただけでしょ?」

「な、なんだと」

「『角付きのオーク』。近隣の町とかに特に大きな被害はないものの『ラグローの森』で半年前に確認されて以来、百を超える冒険者パーティを返り討ちにしている。その懸賞金も上がりに上がり、今や234,800ゴル。オークにしては破格の金額だね」


 淡々とつまらなそうに説明するクーリャ。

 それは当のオークにとっても初めて聞く情報だった。まさか自分の存在が、周辺ではそのように広まっているとは。


「へえ。知ってんなら話ははええ」

「さっさとどきな。そいつは俺達が討伐してやるからよォ」


 言いながら、アンガスとレイターの二人が前に出る。

 先ほどとは打って変わって剣呑な雰囲気だ。

 冒険者である彼らにとって大事なのは、懸賞金のかけられたモンスターの討伐。クーリャのような少女のことなど大してどうでもいいのだろう。


「いや、別に頼んでないし。余計なお世話……あえ? エ、エコ様?」


 終始面倒臭そうだったクーリャが、急に素っ頓狂な声をあげる。

 エコがオークの背中から降りはじめ、何をするのかと思えば。


「…………、」


 冒険者達の前に立っていたからだ。

 しかし小さい体を支えるように立てた杖と両脚は、かたかたと震えている。


「お、オークさんは、やらせない、から……」


 周りからの視線を集め、小さく発せられた言葉。

 思わず耳を疑ってしまう。


 まさかこの少女――モンスターであるオークを庇おうとしているのか。

 まさにそれを狩ろうとしている、三人の冒険者を相手に。


「ちょ、ちょっとエコ様。今はそういうややこしいノリは……」

「へえ。面白えじゃねえか。オークをやらせないだあ? お前が?」


 エコの無謀ともいえる行動を見て、嗜虐的な笑みを浮かべたのはレイターという大柄な男だった。


「どういうつもりか知らねえがよ。俺達にも生活がかかってるからなあ。邪魔するっつうんならガキでも容赦しねえぜ?」

「ひぅっ……」


 レイターの言葉にエコが体を縮ませる。

 杖にしがみつくように、さらに大きく体を震わせてしまう。


「きゃははは! やめなよ。怖がってるじゃん!」

「いいじゃねえか。なんでオークなんざを大事そうにしてんのかはわからねえがよ。目の前でグチャグチャにしてやろうぜ」

「ああ。何も知らないお子様に教えてやらねえとな。モンスターは怖い存在で、ぶっ倒さないといけない存在なんだってよお」


 それを見て、また三人は嬉しそうに盛り上がる。

 下品な笑い声が響く。エコはどうにか杖を支えにして立つだけで、何も言葉を発せなくなる。

 クーリャは「サイアク。これだから冒険者は……」と不快そうにしていた。


 しかしオークにとっては飽きるほどに見た光景でしかない。

 低俗な愚物。有象無象の塵芥。

 これが冒険者だ。

 向き合うほどの価値もなく、これまでも適当にかわしてきた。


 ただ今はこれまでとは大きく状況が違った。

 ここにいるのが自分一人ではないということだ。

 いかに下衆揃いな冒険者といえど、さすがに子ども相手に手荒な真似はしないと思いたいが――


「グウウ」


 オークは歩を進め、冒険者の前に立ちはだかった。

 今度はオークがエコを庇うような形で。


「お、オークさん……?」


 背中からエコの不思議そうな声があがる。


「あ、あぶない、よ……! そのニンゲン達、オークさんを……」

「へえ。こっちのオークはやる気みたいじゃねえか。そうこなくっちゃなあ!」


 エコの弱々しい声は、しかし冒険者の楽しそうな声にかき消される。

 獲物を前に最初に痺れを切らしたのは、大柄の冒険者レイターだった。


 嗜虐的な笑みを浮かべながら地面を蹴る。

 そのまま地面を疾走――小手で覆われた右拳をオークへ打ち込んだ。


「くらえっ! ギガースパンチ!」


 ドゴオッ!

 渾身の一撃が、無防備なオークの胸部に命中した。


「…………」


 しかし効かなかった。

 拳を受けたオークは微動だにしない。


「なっ……! く、くそがァ!」


 レイターはさらにゴスゴスゴスッと一方的に攻撃を浴びせる。

 オークの前で足を止め、左右の拳を駆使してオークの顔面や脇腹など、あらゆる場所をあらゆる角度で殴り続ける。

 しかしオークは、まるで根を深く地中に這わせた巨木のようにビクともしない。


(この程度か)


 オークはただ一方的に殴られつつ、ふと別のことに想いを馳せた。

 それは自分と共に戦ったかつての同朋達のこと。

 彼らの中で最も腕力に優れていたのは――『紅帝』だろうか。奴とは何度か殴り合い喧嘩をしたものだ。竜人最強の男が本気で拳を振るえばその風圧だけで『ラグローの森』の木を全て薙ぎ払い、拳と空気の摩擦で生まれた炎が森を完全なる焦土へと変えていたことだろう。


 冒険者風情の拳など比べるべくもない。


「があああ! ギガースパンチ! ギガースパンチィ!」


 ドゴオッ! ドゴオッ! ドゴオッ!


(とはいえ、どうする)


 無論、戦って負けるような相手ではない。

 しかしオークにはそれを避けたい理由があった。下衆な冒険者を拳で壊すことに心が痛むことはないが、それができるのなら最初から逃げたりはしない。


 戦えば戦うほど湧き上がってくるのだ。

 忌むべきモンスターとしての破壊衝動が。

 その衝動に完全に呑み込まれてしまえば、自分は――


「なにしてんのエコ様! オークに命令!」


 その時、クーリャの声がオークの思考を切り裂いた。

 オークの後ろにいるエコへと何かを訴えかけている。


「めい、れい……。どういう、こと……?」

「決まってるでしょ! オークにあいつらぶっ倒させるの!」

「で、でも。オークさんは、そんなの」

「いや私も知らないけど! でもコイツ仲間になりたそうな目で見てたんでしょ!」

「え……」

「なるんでしょ! 『調教師テイマー』に!」


 ――『調教師テイマー』?


 ともあれ、クーリャの意図はわかった。

 冒険者達がここから退くことはありえないだろう。

 ならば――結局のところ、選択肢は一つしかない。


 大柄の冒険者は自棄になったのか、まだオークを殴り続けている。

 他の二人も加勢する様子もなく、呆然とした表情でこちらを見ているだけ。


「エコ様! ほら! はやく!」

「う、うん……!」


 背中からは、小さくも決意を秘めたような声。

 エコもまた何かを決意したようだ。


「とっとと死ねよ! 糞オークゥゥゥゥ!!!」

「オークさんっ! そいつをぶん殴れ!」

「……グウ」


 エコからかけかれた言葉。

 言われるがまま、オークは大柄の冒険者に――拳を振るう。

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