第16話 出口はこちら
オーナーはプルプルと首を振る。
小袋の中は確認するまでもなく、重さと触った感じで、大金貨が詰まっているのがわかる。
そして、指輪と耳飾りは……さきほど『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様がコールした金額とほぼ同値の価値がつくものである。
「いや。それでいいんだ。余分は迷惑料だ。受け取って欲しい。結界を壊してしまった弁償金、バルコニーの修繕費、オペラグラスの弁償金、オークションを中断させてしまった賠償金、参加者にふるまったワインの代金……それから、倒れられた御婦人方の見舞金に使用して欲しい」
「ありがとうございます」
オーナーは恭しく礼をすると、若者から受け取った高価な品を、ワゴンの最下部にある鍵付きの扉内に保管する。
ほどなくして年配スタッフが戻ってくる。
手にしている銀トレイには、美しい細工が施された木の箱が載っている。
羽根を入れるために用意していた箱はただの木箱だったのだが、年配スタッフが機転をきかせて、もっと豪華な箱を探し出したのだろう。
この短時間でよくやったと思う。
さすが、賓客接客を長年に渡ってやってきた男である。
「お待たせいたしました」
オーナーと年配スタッフは膝をついて、若者に木箱を差しだす。
「まあ! こんなステキな箱に! わたくしの羽根をいれてくださったの! 嬉しいですわ! ただの、抜け落ちてしまった羽根なのに、こんなに大事にされて……なんだか申し訳ないわ」
「イトコ殿、申し訳ないと思うのなら、今後、一切、オークションに羽根を出品してはいけないよ」
若者は箱の蓋を開け、羽根だけをとりだす。
その羽根は薄暗い貴賓室の中でキラキラと眩い輝きを放っている。若者が手にしたとたん、羽根の輝きと色の深みが増した。
若者は羽根を何度か眺めたあと、内ポケットの中へとしまう。
「なぜ出品してはいけないのですか? 抜いた羽根ではなくて、抜け落ちた羽根ですわよ? 魔力もなにもない、ただの羽根ですのに? オークションに出品すれば、ちょうどよいお小遣いになりますのに……。ないすなアイデアだと思いませんか?」
「ダメです。イトコ殿の羽根は神聖なものです。売買に使用なさるなど、もってのほかです。下々のモノが気軽に触れてよいものではございません」
「抜け落ちたものもですか?」
「はい。抜け落ちたものものです」
オーナーと年配スタッフは涙目になりながら、部屋の隅で気配を殺している。
いくら気配を殺そうとも、ふたりの会話は耳に入ってくる。
(まずい……これは……聞いてはいけない会話だ。忘れなければ!)
「オーナー!」
「は、はい!」
自分の存在の方を忘れて欲しかったのだが、『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様はしっかりと覚えていた。
心のなかではいやいや、だが、表情にはそんな感情は欠片もださずに、オーナーは若者の前にいやいや、ではなく、しずしずと進みでる。
「以後、七色に輝く羽根は、どの部位のものであっても、一切、オークションでは扱ってはならない」
「はい。肝に命じておきます。金輪際、鳥の剥製及び、実際の部位を使用した品もあわせて取り扱わないとお約束いたします」
命令されなくとも、こちらから願い下げだ。どんな報復があるか……考えただけでも恐ろしい。
「今回の数多の無礼は、こちらにも非があるので不問とする」
「寛大なお心遣い……誠にありがとうございます」
感涙にむせび泣きたいのを、オーナーはぐっと堪える。
「では、これにて失礼する」
若者が立ち上がった。
「さあ、イトコ殿、今のうちに帰りましょう」
少女に向かって若者は恭しく手を差しだした。
だが、ここで予想外、いや、なんとなく予想していたことが起こる。
「嫌です! 嫌です! 嫌です!」
椅子にしがみつき、少女はイヤイヤと首を振る。
少女の態度に若者は困惑し、オーナーと年配スタッフは絶望に震える。
「嫌です! まだオークションははじまったばかりですわ! 帰りません!」
「オークションは中断されてしまった。再開するかもわからない」
「再開されるまで待ちます!」
若者は涙目で訴える少女の手首をつかみ、ひっぱりあげる。
「お、お兄さま! 痛い! 痛い! 痛いです! その手を離してください!」
「帰るぞ!」
オーナーと年配スタッフは少し……よりは少しだけ多めに距離をとった……離れた場所で、ひっそりと待機する。
お見送りという大事な仕事がまだ残っているのだが、このふたりが相手では気が重くなる。帰ってほしくないのではなく、さっさと帰って欲しい。
「このような不愉快極まりない場所にはいたくない!」
「嫌です! わたくしは帰りません! ビュッフェにも今度こそ参加したいのです! オーナーとお約束をしたのです!」
年配スタッフが「くわっ」と目を見開き、オーナーをギロリと睨みつける。
その目は「なんて大それたことをやったんだ! このドアホ!」と、思いっきり責め立てる目だった。
(え? わたしは『黄金に輝く麗しの女神』様とそんな約束したのか! いや! してない! してない! したかもしれない。そんな気もする。でも、してても、してない! してないことにしてください!)
さりげなく年配スタッフの後方に隠れるザルダーズオーナー。
「なに! イトコ殿は気でも狂ったのか! オークションハウスのビュッフェなど、とんでもない!」
若者の声が驚きに裏返る。
「いやですうっ! オークションハウスのビュッフェに興味がありますの! お兄さまと一緒に、わたくしはオークションハウスのビュッフェに参加するのです!」
(『黄金に輝く麗しの女神』様! お願いですから、そのようなものに興味を持たないでください! 早くご自身の住まわれる世界にお戻りください!)
生きた心地ではなく、生きている心地が全くしない。オーナーは心の中で必死に祈りを捧げる。
「とにかく、わたくしはまだ帰りません! ひとりでも帰れますから、お兄さまだけが帰れば……」
不意に『黄金に輝く麗しの女神』様の声が途切れ、女神様が「かっくん」とその場に崩れ落ちる。
「あ! 『黄金に輝く麗しの女神』様! いかがなされましたか!」
オーナーと年配スタッフは飛び上がらんばかりに驚く。
体勢を崩した『黄金に輝く麗しの女神』様を、『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様が軽々と抱きかかえる。
『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様はとても険しい表情をなさっていた。
だが……。
「大事ない。これ以上、うるさく騒いで皆に迷惑をかけるわけにもいかぬからな。イトコ殿には少し眠って頂いただけだ。最初からこうすればよかったのだな」
静かな若者の声に、オーナーと年配スタッフはゴクリと唾を飲み込む。
だとしてもだ……。
年頃の女性を、荷物同然に肩に担ぎ上げるとは……。
ここは、お姫様抱っこでしょうに……と、ふたりは言いたくなった。
このような雑な扱いをうけている『黄金に輝く麗しの女神』様が少し気の毒に思えてくる。
若者は眠らせた少女を己の左肩に載せていた。荷物を担ぐように、である。
少女が落ちないよう左手を添え、若者は自由な右手で空中に模様を描く。
光る魔法陣が現れ、しばらくすると空洞が出現した。
「本来であれば、玄関より失礼するのだが、イトコ殿はすぐに目覚める。その前に失礼する」
「わかりました。(さっさと)お気をつけてお帰りください」
オーナーと年配スタッフは姿勢を正し、見送りのお辞儀をおこなう。
若者は助走をつけて、空洞の中へと飛び込んでいく。
バサッ! バサバサ……。
大きな羽音が賓客を招く部屋に響く。
オーナーと年配スタッフは魔法陣の気配が完全に消えるまで、なにもない空間に向かって頭を下げ続けたのであった。
(終わり)
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