第15話 観客エリア
ガン! ガン! ガン!
木槌を勢いよく振り下ろし、打撃板を鳴らす。
特等貴賓席に釘付けになっていた人々が舞台の方に振り返り、止まっていた時が再び動き出す。
「みなさま! こちらの『美しい鳥の羽根』は、黄金に輝くび……」
「だめだよ! ワカテくん!」
アンダービッダーの押し殺した声が若手オークショニアの耳に飛び込んでくる。
参加者席の背後で、必死の形相をした数名のオークションスタッフが、ピョンピョンと飛び跳ねながらバツサインを若手オークショニアに送ってきている。
(あ……)
若手オークショニアの声が凍る。
そうだった。
理由はよくわからなかったが、オーナーより『黄金に輝く美青年』様を見かけても、絶対に、『黄金に輝く美青年』という呼称を使ってはならない、新規参加者として接するようにと、通達があったことを思いだす。
(も、も、もしかして、わたしが新たに呼称を考えないといけないのか!)
ザルダーズでは、次点を引き離して高額落札をした参加者には番号ではなく、独特の呼称を用いることにしている。
それは大抵、ベテランオークショニアが受け持つオオトリのオークションで発生するのだが、まさか、自分が担当した前座で発生するとは思ってもいなかった。
頭が真っ白になる。
「お兄さま! どうなさったの? 落ち着いてください。落ちますよ! お兄さま!」
澄んだ美しい声が会場に響く。
「失礼いたしました。みなさま! こちらの『美しい鳥の羽根』は、『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様によって100000万Gにて落札されました!」
(しまった! サマサマになってしまった!)
後悔したがもう遅い。
若手オークショニアは慌てて二階の特等貴賓席を見上げるが、『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様の姿は見えなかった。
パチパチパチパチ!
会場から拍手が沸き起こる。
参加者よりも、会場スタッフたちが必死に拍手をして盛り上げて、なんとかこの場を切り抜けようとしている。
(お、終わった……)
足から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになるところを、アンダービッダーに支えられる。
「ワカテくん、すごいよ! よく頑張ったね。もうちょっと一緒に頑張ろうな!」
アンダービッダーが若手オークショニアを支えて横に移動すると、その場所にベテランオークショニアがするりと割り込んでくる。
ベテランオークショニアはにこやかな表情で「ぱん、ぱん」と手を叩く。
ざわついていた会場が一瞬で静かになった。
「皆様、本日はザルダーズにお越しいただきありがとうございました。さきほどの異音の調査をいたします。誠に申し訳ございませんが、安全が確認されるまで、隣室にてしばしお待ちくださいませ」
滔々としたベテランオークショニアの声が会場に響く。
「後ほど、オーナーがご挨拶に伺いますが、ザルダーズが保有しております『秘蔵のワイン』を隣室にご用意いたしました。どれも入手困難と云われているものばかりでございます。お楽しみください」
ベテランオークショニアが演台の前に進み出て、深々とお辞儀をする。
アンダービッダーも優雅に腰を折り、若手オークショニアもそれにならう。
ばたばたと人が動き始め、興奮冷めやらぬ人々が言葉を交わしながら、隣室の控室へと移動していく。
オークションが中断されたことに文句を言うものは誰もいなかった。
「ワカテくん、ご苦労様でした。大変なオークションでしたね」
「いえ。すみませんでした」
「なにか手違いがあったみたいですね。それよりもいまは、急いで控室に行ってください。気絶したミナライくんを介抱しているチュウケンくんと交代してもらえませんか? ミナライくんですが、怒気に当てられてかなり参っているようです。ひとりにはしておけないのです」
「……わかりました」
若手オークショニアは一礼する。
他のスタッフたちに指示を出し始めたベテランオークショニアの背中をしばらく見つめたあと、若手オークショニアは控室へと向かった。
****
「ふう……」
『美しい鳥の羽根』を無事に落札できた(元)『黄金に輝く美青年』様改め、『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様は溜息とともに、椅子に深く腰かけた。
なにやら、サマサマと呼ばれたのが少し気になったが、今はそれどころではない。
体内で渦巻く怒りを鎮めないと、大変なことになってしまう。
大切なイトコ殿の羽根があのような扱いをされ、とても怒ってはいたが、その怒りのおもむくままに無駄な殺生はしたくない。
「お兄さま、お顔の色がすぐれませんわ? 大丈夫ですの?」
「ああ……大丈夫だ。少し、うん、少し? いや、かなり驚くことがあって、少しだけ、いや、かなり疲れたかな……」
手を額にあてながら、『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様は手に握っていたオペラグラスを卓上に置く。
ハンドル部分が折れ曲がっていた。
「オーナー」
「はいっ!」
若者の乾いた声に、ザルダーズオーナーはしゃちほこばって返事をする。
隣に控えている年配スタッフも同じ姿勢だ。
「一刻も早く! あの羽根を私の手元に。極力、いや、できるだけ他人の手には触れさせるな! すぐに持ってこい!」
「は、はい! 直ちにいっ!」
指示するよりも先に、年配スタッフが脱兎のごとく貴賓室を飛び出していた。
部屋を退出する理由が欲しかったのだろう……年配スタッフがうらやましすぎる。
地獄の渦中に取り残されたオーナーは、「トラブルよ、もうこれ以上、起こらないでくれ!」と、祈りの言葉をどこぞの神へと捧げた。
「オーナー」
「はいっ!」
「これを……」
と言いながら、若者は懐の中から小さな革袋を取り出し、怯えるオーナーの手の上に置く。
ズシリとした重みと手応えの大きさに、オーナーの眉が釣りあがった。
「すまない。現金の持ち合わせはこれだけなのだ」
と言いながら、指輪を外して、それもオーナーの手の上にのせる。
小さな蒼い石が一粒、キラリと輝くシンプルな指輪。だが、その石の純度と、それに込められた膨大な魔力に、オーナーは腰を抜かしそうになる。
そこに耳飾りも加わった。同じ良質な蒼い石が使用された、指輪と揃いのデザインだ。
「『黄金に輝く麗しの女神のお兄さま』様! こ、これは!」
声と手が震えてしまう。
「まだ足りないだろうか?」
「い、いえ、十分すぎる、いえ、多すぎます!」
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