第14話 大ホール
「それでは、オークションを開始いたします!」
ダン! ダン!
バッリ――ン!
ガベルの震えた音に重なって、特等貴賓席の結界が破壊された甲高い音が、オークション会場内に響き渡る。
初めて聞く強烈な破壊音に、参加者たちはしん、と静まり返る。
「100000!」
そのようななか、凛とした男性の声がオークション会場に反響する。
さらに静まり返るオークション会場。
前座ではありえないコールの額に、参加者もスタッフもなにが起こったのか理解できない。人々は動きを止め、考えることを放棄する。
「100000だ! なにをしている! 砂時計を!」
怒りに震えた声が再び聞こえた。
砂時計を管理しているスタッフが、慌てて砂時計をひっくり返す。
砂がさらさらと落ち始めた。
「いっ……100000万Gがでましたあっ!」
若手オークショニアの声が裏返る。
舞台袖に控えているスタッフたちが慌てふためいている。
おそらく、オーナーを探しているのだろう。
人々の好奇な視線が、声を発した人物をさがして会場内を彷徨う。
ざわめきがどんどん大きくなっていく。
突然、ガタンという音が聞こえた。
若手オークショニアが音をした方に視線を向けると、見習いオークショニアが気を失ってひっくり返ったのが見えた。
傍に居合わせたスタッフが慌てて、彼を舞台裏へと運んでいく。
若手オークショニアはブルブルと震える手をぎゅっと握りしめる。
怖くて、怖くてたまらない。
今まで経験もしたことがない激しい怒りの感情にさらされ、若手オークショニアの魂が悲鳴をあげる。
気を失った見習いオークショニアが羨ましくてたまらない。
自分もこのまま気を失って、オークション会場内に充満している人智を超えた怒気から解放されたいと思った。
砂時計の砂がどんどん落ちて、下に溜まっていく。
ついには落ちる砂がなくなったが、若手オークショニアはただ立っているだけであった。
そこに怒りを押し殺した声が槍のように飛んできて、若手オークショニアの心臓をえぐる。
「オークショニア! なにをしている! 砂時計の砂は落ちたぞ。終了のコールだ! 早く! 一刻も早く! 終了しろっ!」
「お、お兄さま! そんなに身を乗り出しては、危ないですわ! 落ちてしまいますわよ!」
サヨナキドリのような澄んだ美しい声がオークション会場に響き渡る。
その声に、若手オークショニアは我に返る。
「あ! 二階だ! 二階の特等貴賓席だ!」
押し殺した声であったが、静まり返ったオークション会場では、全員の耳に届くには十分すぎる大きさであった。
「あ、あれは!」
「『黄金に輝く麗しの女神』様!」
「『黄金に輝く美青年』様!」
「な、なんて尊いお姿なの!」
会場内のざわめきがうねりとなって、どんどん大きくなっていく。
「ステキ!」
「どうして、おふたりがご一緒に?」
「ああ。なんて麗しいお姿なのかしら」
「ああ……なんて! なんて! 眩しくて凛々しいお姿!」
ひとりの貴婦人がくらりとその場に崩れ落ちる。
と、またひとり、またひとりと、『黄金に輝く美青年』様のお姿にあてられてしまった貴婦人たちが、気を失って倒れていく。
「し、しっかりしてください!」
「担架を!」
「こちらにも担架を!」
気を失った貴婦人たちの対応に、会場がさらなる混乱に陥る。
若手オークショニアは呆然とその様子を眺めることしかできなかった。
「ワカテくん! ワカテくん! ハンマーを! 終了のハンマーを! 100000万Gで『美しい鳥の羽根』が落札されたよ!」
若手オークショニアの背後で、アンダービッダーと呼ばれるオークショニアの補助スタッフが声をかける。
そうだ。
このオークションを終わらせなければならない。
若手オークショニアはぎこちなく動きながら、演台の上にあったガベルを握りしめる。
そして、高々とガベルを振り上げたとき……。
(おいこら! ワカテ! マテぇっ! 握りが甘い! もっとしっかり握れ!)
(やだ! もっとしっかり! ちょ、ちょっと! ダメだよ! このままじゃあ!)
という声が聞こえたような気がした。
が、若手オークショニアはオークションハンマーを振り降ろす。
(おい! ゴラ! 俺の声を聞け! 頭でっかちのウンチクヤロウ! オタンコナス! オマエノカーチャンデベソ!)
(やだ! だめえっ! オレをはなさないで――えぇぇぇぇっ!)
するりとオークショニアの手から、木槌がすっぽ抜ける。
(え……!)
(しまった!)
ガベルは若手オークショニアの手をすり抜けると、くるくると回転しながら、勢いをつけてオークション参加者が座る観客席の方へと飛んでいく。
オークション参加者たちは全員後ろを向き、二階特等貴賓席にいる美しいふたりを見ているので、オークションハンマーが回転しながら、自分たちの方に飛んできていることには気づいていない。
「あっ!」
ガツン!
ガベルが床の上に落ち、ガツン、ガチン、ゴツンと、何回か床にぶつかりながら、観客席の中に滑り込んでいく。
数名のオークション参加者が、足元を転がるガベルに気づくが、若者の「コールはまだか!」という響き渡る声に注意がそれる。
(ハンマーが! ひ、ひろ、ひろわないと……)
「ワカテくんは、ここを動いちゃだめだ」
演台を離れようとした若手オークショニアの耳にアンダービッダーが囁く。
と、同時に、彼は素早く走りだすと、勢いをつけて客席に潜り込み、ガベルを手に持って戻ってくる。
(え……)
風が吹き抜けるような、一瞬の出来事だった。
参加者は全く気づいていない。
俊敏な獣のようなアンダービッダーの動きには、迷いが全くない。
おそらく、ガベルの落下地点を予測し、転がっていった場所の検討をつけていたのだろう。
アンダービッダーはにっこりと笑ってみせると、ガベルを若手オークショニアの手に握らせる。
「驚いたよね。大丈夫。みんな驚いている。驚いているのは、ワカテくんだけじゃないよ」
アンダービッダーの声は周囲をはばかってとても小さく、早口だった。
だが、若手オークショニアにはしっかりと届き、心に響いていた。
「大丈夫。オークションは終わるよ。ワカテくんが終わらせるんだ。終わったあとは、わたしたちやベテランさん、オーナーがうまくするからね。そのためのスタッフだ。だから、ワカテくんは、ワカテくんの仕事をしよう」
最後にガベルを握る若手オークショニアの手をぎゅっと握りしめて、アンダービッダーは定位置に戻る。
若手オークショニアは大きく深呼吸をすると、もう一度、ガベルを握り高々と掲げ持った。
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