第13話 オークション会場

「皆様……大変長らくお待たせしました! 本日、最初の品でございます!」


 若いオークショニアの声が会場ホール内に響き渡る。

 会場に押し殺したざわめきが広がる。


 ダン! ダン!


 ガベルが振り降ろされ、サウンドブロックが高らかな音をだす。


 ダン!


 そして、最後にもう一度、木槌の音が高らかに鳴り響く。

 その音に導かれ、全員の視線が舞台に集まった。


 カラカラカラ……と出品物を載せたワゴンが舞台に登場する。


「こちら、虹色に輝く羽根でございます!」


 若手オークショニアの説明がはじまった。


 ****


「まあ! お兄さま! すごいですわ! わたくしの出品物が1番です! わたくしの羽根が皆様に真っ先に紹介されました!」


 特等貴賓席で『黄金に輝く麗しの女神』様が嬉しそうな声をあげる。


「な、なに――いっ!」


 若者が慌てて席を立つ。


(えええええっっっっっ!)

(な、な、な、なんだってえぇぇぇ――っっ!)


 オーナーも年配スタッフも驚きで硬直する。


「オーナー! オペラグラスだ! オペラグラスをわたしにも! 早く!」


 勢いよく出された若者の手の上に、年配スタッフがオペラグラスを載せる。


 若者は手すりから身を乗り出し、焦った様子で眼下を眺める。


(な、なっ! 『黄金に輝く麗しの女神』様の出品物が、よりもよって前座だとおおおお――っっ!)


 オーナーの膝がガクガクと震え始める。

 今までにも何回かひやりとさせられる場面はあったが、今回のは弩級の大ピンチだ。


(なんの冗談だ! 『黄金に輝く麗しの女神』様の出品物は、前回のオークションで、下心まるだしの落札者から贈られた装飾品類だけではなかったのか!)


 バクバクと煩い心臓のあたりをさすりながら、オーナーは必死に記憶を手繰り寄せる。


(なにかの手違いか!)


 なぜ、『黄金に輝く麗しの女神』様の出品物が前座の1番最初にでてきたのか、にわかには信じられない。


 特等貴賓席に案内した賓客の出品物を1番に持ってくるなど、あってはならないミスである。


 年配スタッフも予想外の展開に、思わず足元がふらついていた。ふらふらと……そのまま背後の壁にぶつかってしまう。


 ザルダーズオーナーは問題となっている出品物のデータを思い出す。


 確か……『美しい鳥の羽根』だった。

 魔力は一切、感じられず、どの世界のなんという鳥の羽根なのかもわからず……。

 ただ、七色に輝くちょっと綺麗で珍しい……抜け落ちた羽根だった。


「こちら、七色にキラキラと輝く美しい羽根。伝説には、全異世界の鳥たちを統べる、気高く最も美しい鳥の王の羽根が、七色にキラキラと輝いているとか。七色は願いを叶えてくれるガチャ石のレインボーカラー! その神秘の色の通り、鳥の王の羽根は1度だけ、手にした者の願いを叶えてくれます」


「まあ! 気高く美しいですって! 最もですって! そんな……皆様の前で……恥ずかしいわ。……ガチャ石カラーって、よくわかりませんが、ドキドキする響きですわね。これからはみなには、そのように呼ばせようかしら」


 少女が頬を抑え、恥ずかしそうに下を向く。


(え……? まさか……?)


 一瞬だけ脳裏に浮かんだ嫌な予感を追い払おうと、オーナーと年配スタッフは互いの顔を見る。


 若者は壇上にある出品物が気になるのか、少女の反応には全く気づいていない。

 オペラグラスを構え、出品物を凝視している。

 さらには「チッ!」という舌打ちが聞こえた。「クソッ」とかいう罵り声も聞こえた……空耳だろう。


「そのような素晴らしい伝説の羽根……に似た羽根でございます」


(わ、ワカテくん! な、な、なんてことをっ! いや、口上はわたしもチェックしたんだった――! まずいっ!)


 オーナーの額から、いや、全身から汗が滝のように流れ落ちる。


 貴賓室の薄暗い中でも光り輝く若者の全身から、怒気を超える憤怒の激しいオーラが立ち上っているのがわかる。


「鑑定の結果、こちらの羽根には願いを叶える魔力はないと判明しました。不思議な力など全くない普通の羽根。ですが、美しい羽根です。夜会に身にまとえば皆の注目を浴びるでしょう!」


 若者の説明に、ご婦人がたが囁きを交わす。


「まあ! わたくしの羽根が夜会で注目されるのね! すごいわ!」


 無邪気に喜ぶ『黄金に輝く麗しの女神』様。

 なぜに、そこまで無邪気でいられるのか、逆に恐ろしいと、オーナーは思った。


 『黄金に輝く麗しの女神』様はご機嫌なのだが、一方の(元)『黄金に輝く美青年』様は怒りに全身を震わせている。

 バルコニーの手すりなど、今にもへし折らんばかりの強さで握りしめている。


 若手オークショニアの説明は間違っていない。本当のことである。

 ベテランオークショニアも、そして、オーナーである自分も出品物の確認をした。鑑定士のお墨付きもある。


 出品者は……そう、『代理人の少年』となっていた。


(まさか、『黄金に輝く麗しの女神』様の代理人が持ち込んだ品だったのか!)


「や、や、夜会……。イトコ殿の……イトコ殿の……神聖な羽根を……。よりにもよって、アクセサリーにして身につけるだと! 愚弄するのもほどほどにしろ!」


 メシッと、木製の手すりが悲鳴をあげる。若者の怒気はどんどん大きくなっていく。


 うかつだった。

 オーナーは嘆くが、もう止めようがない。

 冷や汗と悪寒が止まらない。

 心臓が止まらないのが奇跡である。


「ひぃっ!」


 年配スタッフの口から悲鳴が漏れたが、腰を抜かすような失態はしなかった。

 この身に突き刺さるような怒気嵐の中、自分を保ち、なおかつ立ち続けていられるとは、さすが、賓客対応スタッフの統括者だ。


 最初、オーナである自分と、賓客対応スタッフのトップが、ふたりがかりで対応するなど、行き過ぎた人選かと思ったが、間違っていなかったようである。

 ひとりだったら、とっくの昔に気を失ってしまっていた。


 ヒトではない御方のお怒りは凄まじい。

 それが、己が愛してやまない存在に関することであれば、なおさらだ。


 特別な場所にある特別なオークションハウスでも、この怒気には耐え切れないだろう。


(まずい。まずい。このままでは……)


 オーナーは懐の中にある銀のベルに手を伸ばす。

 オークション中止も仕方がない。

 このまま競売に突入したら、(元)『黄金に輝く美青年』様の怒りは最高点に達するだろう。

 参加者の生命の方が大事だ。


 だが、オーナーの判断よりも、若手オークショニアの口上が終了する方が早かった。

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