第12話 貴賓室

 猛ダッシュで戻ってきた年配スタッフが、最初からずっとここにいました、というような顔をしながら、しずしずと進みでる。

 年配スタッフは激走の疲れを全くみせずにオーナーと同じ仕草で屈むと、恭しく銀のトレイをふたりの前に差しだした。


「これは?」


 『黄金に輝く麗しの女神』様がコテリと首を傾ける。とても愛くるしい仕草に、若者は幸せそうな笑みを浮かべる。


「オペラグラスでございます」


 オーナーが説明する。


「まあ、これもオペラグラスですの? とても優雅なデザインですのね。最近のものなのに、ずいぶんとクラシカルなのね。それに、魔力を感じますわ」


 少女が興味津々といった風で、銀のトレイの上にあるハンドルがついたオペラグラスを観察する。


「はい。ザルダーズ限定の特注モデルでございます。外観はあえてそのようにしておりますが、エシェルンハッパ社による最新のタイプでございます。レンズには高密度魔力ガラスを使って、特殊工法で磨き上げた特殊な凸レンズと凹レンズを使用しております」

「まあ! 特注モデル! 素晴らしいですわ!」


 予想はしていたが……『黄金に輝く麗しの女神』様がガッツリ『特注モデル』という単語にくらいついてくる。

 オーナーは心の中でガッツポーズをとる。

 (元)『黄金に輝く美青年』様は少女の隣で、「あちゃー」とか言いそうな勢いで頭を抱えている。そちらの方は、視界に入れないようにする。


 このオペラグラスだが、本当に、ザルダーズ限定の特注モデルだ。嘘はついていない。受付で販売しているのだが、『黄金に輝く麗しの女神』様が使っていただければ、追加発注が必要になるだろう。


「使ってみてもよろしいのでしょうか?」


 わくわく、という効果音が聞こえてきそうなくらい、『黄金に輝く麗しの女神』様はオペラグラスに興味津々である。


「はい。お使いください。女性用は少し小さめに作られている方です」


 少女は小さい方のオペラグラスを手に取ると、オークション会場に向き直る。


「まあ! これは! とても素晴らしいですわ! 軽くて……遠くの様子が、明るく、くっきりと! 素敵ですわ!」


 少女の声が弾む。


「演台の方も……。まあ! ガベルちゃんも見えますわ! 木目までくっきりと! まあまあ! お兄さまのサウンドブロックも見えましてよ? ふたりとも楽しそうにしていますわ! ふふふ」


 顔をキラキラと輝かせてオペラグラスを覗く『黄金に輝く麗しの女神』様に、(元)『黄金に輝く美青年』様は身を乗り出して語りかける。


「イトコ殿はずいぶんと……あのガベルを気に入ったようだな」

「ええ。あのふたり……とっても、とっても、澄んだ綺麗な音をだせるのよ。おしゃべりもすごく楽しいの。ガベルちゃんは……つんでれっていうのかしら? サウンドブロックはとても物知りなのよ。お兄さまもきっと気に入りますわ」

「そうだな。赤くなったり、青くなったり……落ち着きがなくて、見ていて飽きない連中だな」


 若者の口元が奇妙な形に歪む。


「お兄さまは、オペラグラスは使われないのですか? これを使えば、出品物もしっかり見えますわよ?」


 オペラグラスに手をつけずに、年配スタッフを下がらせた若者に、少女は質問する。


「ああ。別に、出品物には興味がないからな。必要ないだろう」

「そうですの? お兄さまのサウンドブロックを見なくてもよろしいの?」

「音が聞けたらそれでいいだろう? それにだ、わたしが見ていたいのは、出品物でも賑やかなサウンドブロックでもなく、可愛らしいイトコ殿だからね」

「まあ!」


 少女が恥ずかしそうに下を向く。


「機嫌はなおったか?」

「なおりました……」

「それはよかった」


 若者の言葉に、ザルダーズオーナーと年配スタッフも「よかった、よかった」と思わず頷きそうになる。


「ところで、オーナー」

「はぁいっっ!」

「あそこにある、ガベルとサウンドブロックは非売品かな?」

「はい。申し訳ございません」


 若者の言葉の意味を瞬時に悟り、オーナーは深々と頭を下げる。


 石の本や石の箱、さらにはガベルとサウンドブロックを欲しがるとは……なんとも奇妙な方々だ。とオーナーは思った。


 たまに、ザルダーズの備品を欲しがる参加者はいるが、ガベルとサウンドブロックを欲しがる賓客は初めてであった。

 それに驚きつつも、オーナーは言葉を続ける。


「非売品でございます。このガベルとサウンドブロックは、ザルダーズの創業時から使用しております。いわば、同士のようなものです。初代オーナーが、自ら探して買い求めた品ですので、ザルダーズとしては、手放すわけにはまいりません」

「そうか……」


 若者は足を組みなおし、喉の奥で「クック」と嗤い声をたてる。

 猛禽類を思わせる鋭い若者の視線に、オーナーはぶるりと震えあがる。


 隣に立つ年配スタッフは微動だにしていないが、内心ではハラハラしているだろう。


「返答に迷いがあれば、いかなる手段を用いてでも手に入れようかと思ったが……。それだけ大事に扱われているのなら、それはそれでよきことだ。わたしからはなにも言うことはない」


 若者はあっさりと引き下がる。

 少女が若者に『おねだり』していたら、それこそいかなる手段を用いてでも……若者は手に入れようとしただろうが、そうでなかったことに、オーナーは安堵する。


「オーナー、色々と待たせて申し訳なかったが、そろそろはじめてもらってもかまわない」

「ありがとうございます。それでは『黄金に輝く麗しの女神』様とその後見人の美しい御方……ザルダーズでのオークションをお楽しみください」


 オーナーと年配スタッフが深々とお辞儀をする。


 ザルダーズのオーナーは懐から銀のベルを取り出し、それを軽く振った。

 音のでない銀のベルを合図に、開始を告げる鐘が鳴り響き、ザルダーズのオークションは幕を開けたのであった。

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