第11話 賓客のための部屋

 オーナーは目をパチパチさせながら、美しいふたりを見比べる。


 自分に話をふってこないでくれ! とオーナーは叫びたいところだが、ぐっと堪える。


 どうしてこうなったのだ! とオーナーは嘆きたいところだが、ぐっと堪える。


 このふたりを貴賓席に案内するまではよかったのだ。贋作指摘などあったのに、その後は不気味なくらい順調だった。


 若者の完璧なエスコートで、『黄金に輝く麗しの女神』様は、貴賓席の豪華な椅子に腰かけられた。

 そう、そこまでは、おふたりともわきあいあいと……それは仲睦まじく、とても楽しそうだった。


 『黄金に輝く麗しの女神』様をエスコートする若者の姿はとても神々しく、ひとつ、ひとつの仕草がこれ以上はない、と断言できるほど洗練されていた。


 いかに若者が少女を大切に想っているのか……。

 若者が少女に注ぐ愛の重さが、ダイレクトにビシバシと伝わってきて、オーナーと年配男性スタッフは目眩を覚えたくらいである。

 それは魅惑の花園に迷い込んでしまったかのような……夢のような尊い時間だった。


 だが、夢というものは覚める。

 その夢が甘ければ、甘いほど、現実は厳しく、しょっぱいものであることが多い。


 オーナーと年配男性スタッフは、今まで多くの貴人をこの貴賓席エリアへと案内した。


 貴賓席を所望される方々は、ひとりの例外もなく、身元を隠すことを望まれていた。ザルダーズはそのように対応してきた。


 とはいえ、隠しても隠しきれないオーラは滲みでてくるものである。

 王族、皇族、世界を支配する大富豪、それこそ、神々の血を引く至高の方々など……尊き身分の方々は、無意識のうちに周囲を圧倒し、人々に畏敬の念を抱かせる。


 若者もその高貴な方々と同じくらい美しく威圧的だ。そして、その気高き美しさを保ったままパートナーへ惜しみなく愛情を注いでいる。その愛は見返りを求めることはなく、ただひたすら盲目的で、砂糖菓子のように甘く魅惑的だった。


 その若者がお手上げ状態になり、救いを求めるような視線をオーナーにチラチラと向けてきている。

 気のせいか、目にじんわりと涙が浮かんでいる……のは、気のせいだろう。疲れ目が見せた幻だ。若者の涙は見なかったことにする。


(こ、これは……しくじれないぞ!)


 壁際に控えていたオーナーは、かすかに口元を引きつらせた。


 若者の主張に「おっしゃるとおりです!」と頷くだけではだめなのだ。


 そのような低レベルな三流接客を(元)『黄金に輝く美青年』様は欲していない。


 若者の大切なイトコ殿を傷つけず、なおかつイトコ殿にはものすごく満足していただかなければならない。

 そして(元)『黄金に輝く美青年』様が望んでいる「貴賓席でおとなしくオークションに参加」をプロデュースしなければならないのだ。


 年配男性スタッフも同じことを思ったのだろう。

 ゴクリという、唾を飲み込む音が聞こえた。いや、その気配をオーナーは感じ取った。


 年配スタッフの視線が、オーナーの手元に落ちる。

 オーナーの指が素早く、複雑な形を描いたのを一つ残らず理解すると、年配スタッフはひっそりと貴賓席から退出し……次の瞬間、驚くべきスピードで廊下を走っていった。


 ****


 そういうわけで、指示を理解した年配スタッフが戻ってくるまで、なんとか時間を稼がなければならない。


 オーナーは「よし」と心の中で気合を入れると、自分の脇にあったワゴンの中から銀のトレイをとりだす。


 本来であれば、飲み物を勧めたいところだが、『黄金に輝く麗しの女神』様はそれを望んではいらっしゃらない。

 少し早いがこちらを渡すことにする。


「『黄金に輝く麗しの女神』様とその後見人の美しい御方には、こちらを……」


 オーナーは膝をつき、恭しい仕草で、銀のトレイをふたり向かって差しだす。


「まあ! オークションパドルですか! しかも、三桁の番号ですの? それに今までのパドルと少し……趣が違いますわね?」


 銀のトレイには美しい硝子ビーズで装飾を施されたパドルが2枚載せられていた。


「はい。特等貴賓席用の特別なパドルでございます」

「まあ! 素敵! とても、キラキラして美しいパドルですわね。派手過ぎず、優雅なデザインが気に入りましたわ。これなら、多少暗くても、オークショニアさんには見えるのね! 素晴らしいシステムだわ」

「そ、そうでございます。なにしろ、特等貴賓席用の特別なパドルでございますから。厳しい試練を耐え抜いたザルダーズのオークショニアにはここからでも、バッチリ見えます」

「すごいわ! 特別なパドル! 特等貴賓席って、特別な貴賓席なのね! お兄さま、すごい貴賓席ですわね!」


 オーナーお勧めの特別なパドルを手にとり、無邪気に喜ぶ『黄金に輝く麗しの女神』様。

 少女の後見人は残った方のパドルをとると、そのまま傍にある卓にパドルを置く。


 空になった銀トレイを掲げながら、オーナーは深々と頭を垂れた。

 そのような特別仕様のパドルがあったのかな……と不思議そうに首を傾けている(元)『黄金に輝く美青年』様の反応は、あえて見ないようにする。


 特等貴賓席用の特別なパドル……もちろん、オーナーの大嘘である。そのようなものは存在しない。1階も2階も全員同じデザイン、素材のパドルを使用している。


 このパドルは、オークションに参加した『黄金に輝く麗しの女神』様と、『黄金に輝く美青年』様に使っていただき、同じデザインのパドルを希望者に販売するつもりで事前に用意していたものだ。


 そのパドルが、このような形でいい仕事をするとは……全く予想していなかった。


(やれやれ。オークションはなにが起こるかわかりませんねぇ……)


 心の中で呟きながら、オーナーはゆっくりと立ち上がる。


「それから……よろしければ、こちらをお使いください」

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