第9話 二階の貴賓エリア

「ねぇねぇ、よく見えないけど、おふたりはご一緒に、オークションに参加しているってことだよね? すごい! こんなドラマみたいなドラマチックなことってあるんだね!」


 ガベルの声がものすごく弾んでいる。

 なぜ、無関係なおまえがそんなに喜んでいるんだ……と言ってやりたいところだが、サウンドブロックは口を閉じる。

 なぜなら、とてもガベルが嬉しそうにしているからだ。


 キラキラと輝きを放っているガベルを見るとなにも言えなくなる。

 いや、あまりにもキラキラと美しい光沢を放っているガベルに、サウンドブロックは見惚れてしまったのだ。


(くそっ! あのちびっこい見習いオークショニアめ! 俺が修繕されている不在期間に、磨きの腕をめきめきとあげたな! ガベルが眩しすぎて直視できないぞ)


 自分たちをとても丁寧に扱ってくれて、心を込めて磨いてくれる年若い見習いオークショニア。

 彼のおかげで、ガベルは今までにないくらい、素晴らしい色艶を帯びて、魅力的な光沢を放っている。

 

 ガベルは『黄金に輝く麗しの女神』様が輝いていると言っていたが、輝いているのはガベルの方だ、とサウンドブロックは心の中だけで思う。


「ねえ、ねえ。サウンドブロック! もしかして『黄金に輝く美青年』様が『黄金に輝く麗しの女神』様をナンパしたのかな?」


 なぜ、そんなにガベルは浮かれているのか、サウンドブロックには全くもって理解できなかった。


「う、う――ん? ナンパ?」


 ガベルの突拍子もない発言に驚きながらも、サウンドブロックは『黄金に輝く美青年』様が『黄金に輝く麗しの女神』様をナンパする図を脳内で思い描いてみるが……途中で断念する。


 あのものすごくカッコよくて毅然としている『黄金に輝く美青年』様が、歯の浮くような芝居じみた臭いセリフを並べて女性をナンパするなど……全くイメージできない。


 うんうんと唸るサウンドブロックの隣で、ガベルは恍惚とした表情で二階を見ている。


「よかった。よかった。安心した。純粋無垢なオレの『黄金に輝く麗しの女神』様が、下心まるだしの貪欲な狼みたいな、つまらなくてろくでもない男に絡まれやしないかと心配したけど、『黄金に輝く美青年』様なら、オレの代わりにオレの『黄金に輝く麗しの女神』様を、低俗な野郎の毒牙から護ってくださるよね」

「…………」


 『黄金に輝く美青年』様が、誰の代わりに誰の『黄金に輝く麗しの女神』様を護るのかは、深く追求しないでおこう。

 とにかく、さっきから、ガベルの様子がおかしいのはゆるぎない決定事項だ。


 ガベルは、自分がいない間に泣きすぎて、体内の水分バランスがおかしくなっているのかもしれない。心が乾燥しすぎなんだとサウンドブロックは思った。


「ナンパ……ねぇ」


 サウンドブロックは頭をひねる。

 なにしろ、サウンドブロックには『黄金に輝く美青年』様の姿しか見えないので、判断するには情報が不足している。


 『黄金に輝く美青年』様は、たまにこちらを厳しい目で睨んでくるが、視線が外れると、とても柔らかい表情になっている。

 そのときの視線の先に『黄金に輝く麗しの女神』様がいらっしゃるというのなら……少なくとも『黄金に輝く美青年』様は、『黄金に輝く麗しの女神』様に骨抜き……つまり、メロメロ状態だ。


 『黄金に輝く麗しの女神』様にベタ惚れなのだろう。

 過去にもそういうカップルをこの会場で見てきたので、すぐにわかった。


 見ているこちらが恥ずかしくなるくらいの、熱烈な視線を『黄金に輝く美青年』様はひたすら相手に送り続けている。


 ただし、その視線の先にいるらしい『黄金に輝く麗しの女神』様が、どういう態度で『黄金に輝く美青年』様に接しているのかは謎だ。

 だが、ガベルの妄信的な実況を聞いていると、『黄金に輝く麗しの女神』様は、嫌がっているわけではなさそうだ。


「ナンパ……初対面……っていうよりは、気心知れたみたいな? 付き合いの長い……関係? 身内……っぽいような?」


 思いつく言葉をサウンドブロックが並べていく。


 さっき会場の入口でばったり出会って、ナンパされました……という流れよりも、元々、面識がある者同士が誘い合ってオークションにやって来ました……というような気配をサウンドブロックは『黄金に輝く美青年』様から感じていた。


「え? それじゃあ、ふたりは兄妹なのかな? そういえば、髪の色が似ていたよね。兄妹だったら、なんで、ストーンブックの入札時に、ふたりは競り合ったのかなぁ?」


 ガベルの疑問はもっともである。

 サウンドブロックもその点は気になっていた。


 落札金額を競り上げるために共謀したとは考えられない。なぜなら『黄金に輝く麗しの女神』様がどっかんと非常識なくらい金額をあげて落札したからだ。


「う――ん。もしかしたら、ストーンブックのときは、偶然かな。ふたりが互いの参加を知らずに、別々でオークションに参加してたんじゃないのかな?」

「なるほど!」

「で、最初に『黄金に輝く美青年』様がコールしたけど、その後に、身内の『黄金に輝く麗しの女神』様がコールしたことに気づいて、『黄金に輝く美青年』様は競り合うのを辞めた……みたいな? 仮面での参加だから、最初はお互いに気づかなかったんじゃないか?」

「サウンドブロックすごい! 名推理だ! きっとそうだよ! そうにちがいない!」


 ガベルに手放しで褒められ、サウンドブロックは恥ずかしそうにそっぽをむく。


「だったら、あのおふたりは、誘い合って、今日のオークションに参加したんだね! 『黄金に輝く麗しの女神』様……とっても、楽しそうだよ。めちゃくちゃカワイイ! 見ているこっちまで、なんだか……幸せをおすそ分けしてもらっているような、そんな気分になるよ」

「そ、そ、そうなんだな。よかったな、幸せをおすそ分けしてもらえて」


 二階の特等貴賓席に視線を固定したまま無邪気に喜ぶガベルを、サウンドブロックは複雑な気持ちで見守る。


 『黄金に輝く麗しの女神』様を眺めてキャッキャと手放しで喜んでいるガベルにモヤモヤするし、イライラもする。

 そして、なぜか、ムラムラするのは……『黄金に輝く美青年』様の眼差しがとても熱く、色っぽくて、そして、切ない色を帯びているからだろうか。


 それにしても……こんな遠く離れた場所から見ているのに、なぜ、『黄金に輝く美青年』様の表情までわかるのか……。サウンドブロックには説明できる言葉が思いつかなかった。


 不思議なふたりだ。

 オークション開始までもうしばらくの間、特等貴賓席の様子を見ていたい。


「あれ?」

「どうしたガベル?」

「なんだか『黄金に輝く麗しの女神』様の様子が……ちょっと怒っているみたい?」

「そうなのか? 『黄金に輝く美青年』様は……あれ? なんだか、困っているみたいだぞ」

「『黄金に輝く美青年』様が『黄金に輝く麗しの女神』様を怒らせてしまったのかな?」

「その可能性は十二分にありえるな。えええと、アレだ。ニンゲンたちのレンアイ用語でいうところの、ジライヲフムってヤツだな」

「大丈夫かな?」

「どうだろう?」


 ガベルとサウンドブロックはそれぞれ違う意味でドキドキしながら、特等貴賓席の様子を観察するのであった。

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