第8話 オークションの会場舞台

「あれ?」


 水が入った冠水瓶を演台に置きにきた見習いオークショニアが、ガベルとサウンドブロックに目を向ける。


「おかしいなぁ。こんな位置にガベルとサウンドブロックを置いてたかな? ん? あれ? サウンドブロックが汚れてる? 誰か素手で触ったのかな?」


 白手袋をつけた見習いオークショニアはポケットの中から磨き布をとりだすと、優しくサウンドブロックを拭って所定の位置に戻す。

 サウンドブロックを磨いたついでにガベルもピカピカに磨きあげ、さらには演台のホコリもチェックして、見習いオークショニアはその場を離れていく。


「あ!」


 突然、ガベルが大きな声をあげる。


「ど、どうした! ガベル」

「サウンドブロック! 『黄金に輝く麗しの女神』様だ! 『黄金に輝く麗しの女神』様がいらっしゃった!」


 ガベルのはずんだ声に、サウンドブロックのイライラが再燃する。


「どこにもいないじゃないか……」


 人が出入りするオークション会場の扉口、人であふれかえっている会場内をぐるりと見渡すが、『黄金に輝く麗しの女神』様の姿はどこにもいない。


 そもそも、『黄金に輝く麗しの女神』様が会場に登場したら、周りの参加者たちが騒ぎはじめるだろう。

 

 オークションにはたったの2回しか参加していないのに、『黄金に輝く麗しの女神』様は、すっかり有名人になってしまったのだから。

 参加者のほとんどが『黄金に輝く麗しの女神』様を知っていて、女神様の行動をチェックしているのだから。


 しかし、オークション会場にそういった変化はみられない。


「もう! サウンドブロックはどこを見ているんだよ! 二階だよ! 二階!」

「え? 二階?」

「そう! 二階の特等貴賓席だよ!」


 ガベルに言われて、サウンドブロックは特等貴賓席――五つ用意されている貴賓席のなかでも最上級の特別豪華でセキュリティの高い貴賓席――へと意識を向ける。

 が、当然のことながら、貴賓席のエリアは薄暗く、目眩ましの結界が張られているので、よくわからない。こちら側からは全く見えない仕組みになっているのだ。


「ここからだとよく見えないんだが……」

「嘘でしょ? あんなに輝いていらっしゃるのに! ああ……今日も……いや、今まで以上に『黄金に輝く麗しの女神』様は輝いていらっしゃるよ! すごく! すごく! とっても綺麗だ!」

「いや、だから、貴賓席の中がそんなに簡単に見えたら、貴賓席の意味がないだろ?」


 やっぱり、ガベルの様子がおかしい。

 幻でも見えているのだろうか。

 もう一度、ガベルの言う特等貴賓席に意識を向ける。


「げげ――――っ!」

「ど、どうしたの! サウンドブロック! そんな変な声をだして!」

「いや! だって! 特等貴賓席に『黄金に輝く美青年』様がいるぞ!」

「え? 『黄金に輝く美青年』様? う――ん。幕が邪魔で『黄金に輝く美青年』様は見えないや……『黄金に輝く麗しの女神』様はよく見えるんだけどなぁ」

「そ、そうなのか? 俺のところからだと『黄金に輝く美青年』様はよく見えるぞ……」


 あの、無駄にキラキラ光って、意味不明なくらいにカッコいい男性は、まちがいなく『黄金に輝く美青年』様だ。

 前々回、ストーンボックスが出品されたときにつけていた仮面ではないが、あれは間違いなく『黄金に輝く美青年』様だ。

 見間違えるはずがない。


「うわあっっ!」

「どうしたの?」

「い、い、今、今、だな……。『黄金に輝く美青年』様と、ばっちり目があっちまったよ! どうしよう! びっくりした。驚きすぎて、心臓が飛び出るかと思ったぜ……」

「いいなぁ。オレも『黄金に輝く麗しの女神』様にこっち向いて欲しいな。手を振ってくれたら、もう最高だよ」

「やめとけ。死ぬほど驚くから……」

「そうだね。『黄金に輝く麗しの女神』様に見つめられたら、嬉しくて死にそうになるかもね」


 会話が噛み合っているようで、微妙に噛み合っていないような気がするが、サウンドブロックは軽く受け流す。

 それよりも、さっきから背中がゾクゾク、ゾワゾワして居心地が悪い。


「ガベル……特等貴賓席をあまりジロジロ見るのは、シツレイだからやめろよな。ザルダーズには『サンラズ』の戒めがあるだろ?」

「あ、うん。えっと……『視線を送らず』、『身元を探らず』、『多くを語らず』だったよね」

「そうそう。それだ! それって、俺たちにもあてはまるからな。貴賓席にいるってことは、そういうことだ!」


 ザルダーズは、賓客に対して、『視線を送らず』、『身元を探らず』、『多くを語らず』の『サンラズ』を貫いている。

 スタッフにはその精神を刷り込ませ、その徹底した教育と指導力は、各分野から高い評価を得ている。


「そうだけど……。でも、ちょっとくらいなら、いいよね? だって、オレたち、ヒトじゃないよ? 『サンラズ』って、ニンゲンが決めた、ニンゲンのルールだよね? 研修をオレたちは受けてないよね?」

「そ、そうだよな。俺たちは、木製品だもんな。ヒトじゃないもんな。ちょっとだけ……見るくらいなら、ダイジョウブかな?」


 ガベルとサウンドブロックは、身を寄せ合いながら、そろそろと特等貴賓席を見上げる。


「わ――っ。『黄金に輝く麗しの女神』様が微笑んでくださったよ!」

「ひえ――っ。『黄金に輝く美青年』様に睨まれた!」

「なんか、ドキドキしてきた」

「お、俺も、ドキドキするよ。『黄金に輝く美青年』様って……怖い。たぶん、すげ――エライ人だ。こんな場所に来ちゃいけないめっちゃくっちゃエライ人だ。すげ――怖かった……」


 サウンドブロックは恐怖のあまりカタカタと震えている。

 ガベルは嬉しさのあまりカツンと音をたてて跳ね上がった。

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