第7話 演台の上

「ねえ、サウンドブロック?」

「どうした、ガベル?」


 オークション会場の扉が開き、オークション参加者が会場内に続々と入ってきている。

 前回のオークションも参加人数が定員に達していたが、今回もまた多そうだ。満員御礼。

 さらに情報をつけ加えるなら、男性の参加者数が圧倒的に多い。


 推察するまでもなく、彼らは『黄金に輝く麗しの女神』様目当てだろう。ほとんどの男たちがギラギラとした臭いをただよわせており、オークションが汚されるような錯覚に陥る。ガベルは込み上げてくる吐き気と必死に戦う。


 前回のオークションで、自分が落札した宝飾品類を『黄金に輝く麗しの女神』様に捧げた男性たちも、ひとり残らず参加していたのには驚いた。

 『黄金に輝く麗しの女神』様の両隣になった男性たちも、ちゃっかり参加している。


 いつもは毎回、ファッション感覚で仮面を変える男性たちだが、今回は前回と同じ仮面での参戦だ。姑息ともいえる。


 ザルダーズのオークションでは事前に、次に行われるオークションの出品目録カタログが発行配布される。

 オークションの1週間前から昨日まで、出品物の下見会……いわゆる「プレビュー」と呼ばれる作品を鑑賞できる機会を設けている。


 それらをとおして、自分たちが苦労して落札した『貢ぎ物』が、今回のオークションでひとつ残らず出品されているのを知っているはずなのに、なかなかの根性だ。


 いや、『ひとつも残さず』というところで、彼らはまだ『自分たちの本気度を試されている』と勝手に拡大解釈してしまったようである。


 それだけ『黄金に輝く麗しの女神』様が美しく、男たちの心を捉えて離さないのだろう。


「今日もいらっしゃるかな?」

「はぁ? 誰がだ?」


 ガベルとサウンドブロックは、オークショニアが立つ演台の上に並べられ、すでに準備を終えている。


 見習いオークショニアがスタッフたちに混じって、オークションの舞台準備のために忙しくウロウロしており、ベテランオークショニアは、最後の舞台チェックを行っている。

 一方、姿が見えない若手オークショニアと中堅オークショニアは、舞台裏で出品物の最終確認をしているはずだ。


「誰がって……もちろん『黄金に輝く麗しの女神』様だよ? 今回もいらっしゃるのかな? ああ……ドキドキしてきた」

「なんで、ガベルがドキドキするんだ?」

「え? サウンドブロックはドキドキしないの?」


 心底驚いたというような声で、ガベルはサウンドブロックを見つめる。


「ん? なんか、ドキドキっていうか、イライラしてきたんだけどな!」


 言葉が刺々しくなる。

 大事なオークション前に、自分以外のモノに対してウツツヲヌカスなんて許せない! とサウンドブロックは思った。


「え? なんで? 嘘? サウンドブロックはドキドキしないの? 『黄金に輝く麗しの女神』様の小鳥がさえずるようなあの美しい声、黄金に輝いている姿、なにより、あの凛とした立ち振舞。思い出しただけで胸が張り裂けそうなくらいドキドキするよ。パドルを挙げてコールされる瞬間は、もう、息を飲むくらい美しくて……その瞬間に立ち会えるなんて……どんな美術品を眺めるよりも価値があるじゃないか」


 ガベルは夢見る乙女のような声で、うっとりとしている。

 おかしい……。ガベルの様子が変だ。

 サウンドブロックの背筋に冷たいものが走った。


 ほぼ1か月――正確には二十七日と十八時間二十六分――ガベルとサウンドブロックは離れ離れになってしまっていた。


 ガベルと一緒にいた収納箱のたどたどしい説明から推理するに、その間、ガベルはずっと「サウンドブロックがいない。サウンドブロックがいない」と泣き続けていたようである。


 長い間、ひとりぼっちにしてしまったから、拗ねてしまった……のかと思ったのだが、なにかが違うような気がした。


「おい? ガベル? どうした? ヘンだぞ? 質の悪いワックスでも塗られたのか?」

「そんなことないよ? オレはいつもどうりだよ? それよりも『黄金に輝く麗しの女神』様の素晴らしさが理解できないサウンドブロックの方がヘンだと思うよ。サウンドブロックはオレの相棒なのに、『黄金に輝く麗しの女神』様の尊さがわからないの? がっかりだよ。見損なったね」


(え? え? ええええええええっっ! なんだ、その論法は! っていうか、なんだ? この……蔑むような、憐れむようなガベルの視線は!)


 こういう冷たく言い放つガベルの表情もすごくステキで背筋がゾクゾクして叫びたくなるが、のんびり余韻に浸っている場合ではない。


(二十七日と十八時間二十六分の間になにがあったんだああああっ!)


 サウンドブロックが震え上がり、カツンとガベルに当たる。


「痛いよ。サウンドブロック! 大人しくしてよ。前々から思っていたんだけど、サウンドブロックって落ち着きがないよね? 演台から落ちたらどうするんだよ」


 冷たい……なんだか、かつてないくらいの冷たいガベルの言葉に、サウンドブロックは戦慄する。


(え? ガベルの心が……もしかして、俺から離れていってる? 嫌だ! そ、そんな! 嫌だ! 俺を離さないでくれ!)


 さらにサウンドブロックがガベルの方ににじり寄る。


「ちょっと、サウンドブロック、どうしたの? 暴れないでよ。これ以上、こっちに来られたら演台から落ちちゃうから。やめてよね!」


 つれない……。

 つれなすぎるガベルの冷たい態度に、サウンドブロックの木目の色が変化する。

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