第6話 試される部屋

「お兄さま素敵ですわ。とても素敵な仮面ですわよ?」

「ありがとう。わたしのイトコ殿の仮面もとても素晴らしいよ。清楚で、気品があって……よく似合っているよ。まるで、イトコ殿のためにデザインされたみたいだ」


 まるで、ではなく、ズバリその通りなのだが、それは秘密事項である。

 でないと、『黄金に輝く麗しの女神』様と(元)『黄金に輝く美青年』様が身に着けた仮面として販売できないからだ。


 ふたりが仮面を着け終わって褒めあいを終えたのを確信してから、オーナーと補佐スタッフは顔を元の位置に戻す。


「オーナー、いただいた記念品を着けてみましたが……どうです? 変ではありませんか?」


 小鳥のさえずりのような美しい声につられて、オーナーの視線がふたりをとらえる。


 オーナーは息をするのも忘れ、一瞬、仮面を着けたふたりを見つめなおす。


「とても……とても、お美しいです」


 それ以上の言葉が見つからない。

 ふたりをイメージして作らせた仮面は、当然のことなのだが、本当によく似合っていた。


 補佐スタッフが、仮面を載せたトレイと共に、静かにギャラリー仕様の待合室から退出する。


 それと入れ違うように、リンリンというベルが揺れるかすかな音が聞こえた。


「お待たせいたしました。貴賓席の準備が整ったとのことです」

「わかった」


 若者はすっと立ち上がると、少女に向かって手を差し伸べる。


「こちらでございます」


 オーナーの案内に従って部屋を出ようとしたふたりだが、ふと、なにかを思い出したかのように歩みがとまる。


「イトコ殿?」


 『黄金に輝く麗しの女神』様は振り返り、ギャラリーを兼用している待合室を眺める。


「オーナー……。あちらの柱から右側に数えて3番目、5番目、8番目、11番目の空の絵は、連作となっておりますの」

「は……い?」


 同一の画家による空を描いた風景画ではあったが、鑑定結果ではそのような報告はなかった。


「並べる順番は、5番目、3番目、11番目、8番目ですわ。そして、8番目の絵は、水面に映る空の絵ですので、上下が逆ですわ」

「さ……さようでございますか。ご指摘、ありがとうございます」


 オーナーは静かに一礼する。

 複数の専門家に鑑定させたのに……と、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、少女の言葉をオーナーは疑ってしまった。


(ひいっつ!)


 穏やかだった若者の表情が険しいものになり、ドロリとした殺気がオーナーの心臓をギリギリと締め上げる。


「オーナー……。イトコ殿の言う正しい順番で、正しく絵を飾ってみなさい。面白い絵を見ることができるだろう」


 若者がクスリと嗤う。だが、目はこれっぽっちも笑ってはいない。

 とても真剣な……恐ろしいくらいに真剣な――どうやってコイツを殺してやろうか――と画策している為政者の目をしていた。


「あ、ありがとうございます……」


 心の中では思いっきり「申し訳ございませんでした!」と平謝りしながら、オーナーはふたりを部屋の外へと案内する。


「あ、オーナー……」


(まだ、なにか!)


 部屋をでた直後、(元)『黄金に輝く美青年』様が、オーナーの耳元で囁く。ぞっとするくらいに冷たい声だった。


「2番目と10番目の絵は、とても素晴らしかったよ」

「あ、ありがとうございます」


 オーナーの額から一滴の汗が流れ落ちる。


「……ああ。とても素晴らしいデキの贋作だったよ」

「……………………」


 オーナーは「くわっ」と目を見開く。

 心臓が……心臓が口から飛び出そうになるほど、オーナーは驚いていた。


 若者の怒気はすさまじく、さすがのオーナーも返す言葉が見つからない。


(あ、あの作品が贋作!)


 賓客を迎えるための部屋に贋作を展示するなど、あってはならないことだ。


 真贋については、細心の注意を払っている。

 ザルダーズの優秀なスタッフが調査に調査を重ね、ランダムに選んだ複数の鑑定士に鑑定を依頼している。

 複数人の『眼』をもってしても、見抜けなかったことに、ザルダーズオーナーは激しいショックを受けていた。


「賓客の『眼』を試すような真似はほどほどにするのだな。贋作はもう一点紛れ込んでいるが、指摘するのも馬鹿馬鹿しい」

「もっ、申し訳ございませんでした」


 オーナーは腰を90度に折り曲げて、最敬礼で謝罪する。


 賓客を試すなど、とんでもない!

 そのようなつもりなど全くございませんでした!


 オーナーは頭を下げながら、震える足を叱咤する。


 ギャラリーは賓客の嗜好を探るためのものであって、美術品、審美眼をテストする場ではない。


 この場合、「申し訳ございません」というより「贋作を発見していただき、ありがとうございます」と言うべきだったのかもしれない。


「お兄さま、どうなさったの? すごく怖い顔をなさっているわ」


 小柄な少女が長身の『お兄さま』を見上げる。

 若者の瞳から殺気が一瞬で消え失せる。


「いや? なんでもないよ。ギャラリーの展示物の素晴らしさをオーナーに伝えただけだ」

「え? そうですの? でも、2番目と10番目とじゅ……」


 若者の人差し指が少女の唇にちょんとふれる。


「…………」


 少女の顔がみるまに赤くなる。耳まで赤に染まっていた。


「絵に罪はないよ。これ以上の言葉は不要だね」

「……そう、ですわね」


 若者の言葉に少女は小さく頷く。


「それよりも……わたしたちがいつまでもここにいたら、オークションがはじまらない。オーナー、案内を頼むよ」


 (元)『黄金に輝く美青年』様の柔らかな口調に、ザルダーズオーナーは深く腰を折り、ホールの先にある大階段へとふたりを案内するのであった。

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