第2話 賓客用の入り口

「お兄さま、ここは何処ですの?」

「ん? ザルダーズのオークションハウスの入り口前だが?」


 馬車を降りた少女はキョロキョロと周囲を見渡す。

 若者の返答に、少女はコテリと首を傾けた。そして、もう一度、今度は身体をくるりと回転させて、周囲の景色を観察する。




 今から小一時間ほど前、塀の外で脱走しようとしていた少女を捕獲すると、若者は手配していた馬車に乗り込んだ。


 オークションの参加証を所持しているふたりを乗せた馬車は、迷うことなく世界の境界を越えて、ザルダーズのオークションハウスに向かう。


 馬車を降りる直前に、若者と少女は鳥の顔を模した揃いの仮面をつけた。

 少女がこのデザインの仮面を被るのは三回目だ。

 随分とその仮面がお気に召したようである。


「まるで、本物の兄妹のようですわね」


 と、少女は若者の仮面姿を無邪気に喜んでくれた。

 若者も笑顔で応える。


 少女と同じデザインの仮面を「いつ」「どこで」手に入れていたのかを追求されなかったので、若者は内心、ほっと胸を撫で下ろす。


 もちろん、偶然でもたまたまでもない。

 大事で大切な少女が気に入った仮面を、自分も手に入れたいと思っただけである。

 少女と縁もゆかりもない者が、少女が身につけた同デザインの仮面を手に入れているというのに、後見人である自分が『それ』を所持していない……という状態が許せないだけだ。


 観賞用のつもりで購入したのだが……この仮面をつけて、ザルダーズのオークションハウスを訪問することになるとは思ってもいなかった。




「お兄さま、わたくしが知っているザルダーズの入り口とは少し、趣が違いますわ」


 自分の記憶とは違う景色に、少女は困惑している。

 困っている顔も可愛い。

 たしかに、鳥の仮面がよく似合っている。


「そうだろう。こちらは、賓客用の入り口だからな」

「……お兄さま、わたくしは賓客ではなく、一般の方々と同じようにふるまうリスクを味わいたいのですけど?」


(スリルではなく、リスクだと!)


「それは……危険すぎるのでやめなさい。変な虫がいっぱいついてしまう」

「むし? ですか?」

「そうだ。わたしの大事なイトコ殿に危害を加えようとする身の程知らずの害虫だ。鬱陶しくてたまらん」


(そのような虫、会場にいたかしら?)


 たしかに、ザルダーズのオークションハウスは古い建物なので、通常であれば、様々な虫が棲みついていてもおかしくはない。

 少女は見たことがないが、古くて掃除がいい加減な屋敷には、てらてらと滑った茶色い羽虫がいるらしい。


 だが、しっかりと掃除、管理が行き届いているので、害虫はもちろん、ネズミだっていないだろう。


 まあ、場所が場所だけに、古い調度品類に意思が宿りはじめているようで、オークションハウスはとても賑やかな場所だが、それらは……害虫ではない。


 少女は害虫について考え込むが、その沈黙を若者は別の意味として解釈したようである。


「賓客ルートを使うのがそんなに嫌なら、ここで帰ってもよいのだぞ?」


 懐から連絡用の魔導具をとりだし、若者は立ち去った御者を呼び戻そうとする。

 少女は慌てて首を振り、若者の右手に己の腕をからめた。


「いえ。帰りません! 仕方がありませんね。ここはわたくしが妥協いたしますわ! だから、帰ろうなんて言わないでください」


 仮面をつけていても、少女はとても美しくて愛らしい。

 宝石も霞むキラキラと輝く双眸でお願いされれば、その願いを叶えたくなるのが男というものだろう。



 若者は魔導具をしまうと、少女を連れて、重厚な外観の屋敷に続くアプローチ階段をゆっくりと登っていく。


 豪奢な装飾が施された扉の前に仮面のふたりがたどり着く。


 獅子の形の叩き金――ドアノッカー――と目が合うと、扉がゆっくりと内側に開いていった。



「まあっ! まあっ! まあっ!」


 玄関ホールに入ると、少女の可愛らしい口から小さな感嘆の声が漏れる。


 正面入口と比べて、賓客用の入り口はこじんまりとしている。

 高額商品が取引されるオークションハウスなので、それにふさわしい威厳と、質実堅牢な外観を備えているが、賓客用の入り口は外から見た印象では「従業員用の通用口よりは少しだけ豪華かも?」という程度だった。


 目立つことを嫌い、世間の目に隠れて行動したい尊い身分の人々がこの入り口を使用するので、地味に、かつ目立たないように造られているのだ。

 注意して観察すれば、パパラッチ避けの強力な護符が飾り柱に貼られている。

 少女と若者以外、姿が見えないのは、その護符効果だ。

 なので、賑やかな正面入口しかしらない少女には、この人の気配のない寂しい場所が不思議でたまらなかったのだろう。


 だが、ひとたび中に入ると、その内装の豪華さに、人々は目を奪われることになる。

 少女、そして、若者も驚きながら、ほのかに薄暗い玄関ホールの中央へと進んでいく。


 黄昏時を思わせるような暗めの照明は、賓客の姿を従業員の目からも隠すため。


 広くはないが、決して、狭いとは感じない広さのホール内の各所には見事な彫像や調度品が飾られている。


 ホール内を見渡した少女は、ゆらゆらと幻想的な光を放っているランプに目を止めた。

 女性が好みそうな曲線美を活かした、ロマンチックなランプだ。傘の部分には色ガラスが使われ、それがまた夢見るような色影を映しだしている。


(あれは……非売品だろうか?)


 美しい光に見とれている少女と、アンティークなランプを交互に見比べながら、若者は後でオーナーと交渉してみよう、と記憶にとどめておく。

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