[KAC20245]輝く羽根の行方はさっぱりわからない〜異世界オークションの貴賓席〜

のりのりの

第1話 塀の外

「よいしょっと」


 黄昏時。

 

 高い……高い塀の上から、ひらりと碧い大輪の華が音もなく舞い降りる。


「ふふふん。大成功!」


 見事な着地を決めると、碧いドレスを着た女性……まだ端々に幼さを残す少女はすくっと立ち上がる。


 暗くなり始めた闇色の中、綺麗に結い上げられた黄金色の金髪がキラキラと輝きを放った。


「なにが大成功なのかな?」

「ひゃうっっっっ!」


 突然、木陰から声がかかり、碧いドレスの少女は文字通り、ぴょんと飛び上がって驚く。


「お、おっ、お兄さま! なぜここにいらっしゃるのですか!」

「それは、こっちのセリフだ。わたしのイトコ殿は、なぜ、ここにいらっしゃるのかな?」


 暗くなった木々の間から、長身の若者が音もなく姿を現す。

 しなやかでなめらかな動きにあわせ、黄金に輝く金髪がふわりと揺れた。

 

「ねえ? 質問に答えてくれないかな? なにが大成功なのかな?」


 闇が影となって若者の表情はよくわからないが、淡々とした口調が心情を雄弁に語っている。


「いえ……その……。上手に、着地できた……かしら?」

「前々から言っているだろう? 地上に降りたければ、階段をつかいなさい。窓から直接飛び降りるのは、行儀がよろしくない」

「ごめんなさい。でも、お兄さま。階段を使うと、みなに見つかってしまいますわ。わたくしは、こっそりナイショで『秘密のおでかけ』がしたいのです!」


 少女の悪びれた様子が全くない堂々とした宣言に、後見人の若者は長い、長い溜息をこぼす。

 どうして、こんな子に育ってしまったのだ……と嘆いても今更である。


「部屋に戻りなさい」

「いやですわ。せっかく、がんばっておめかしして、お外にでることもできたのに……。もうお部屋に戻るなんて、あんまりではありませんか? 今日は、ザルダーズの月に一度のオークションの日ですよ」

「オークションなど……なんて破廉恥な。あそこは、金の亡者が徘徊する非常に危険で野蛮な場所だぞ。世間を知らぬ未成年が……イトコ殿のような高貴な身分のかたが出入りする場所ではない」

「そうでしょうか? 仮面でお姿はよくわかりませんでしたが、前々回では、かなり高貴な御方も参加されていましてよ?」

「見間違いだろう」


 即座に否定した若者に、少女は拳を握りしめて猛然と反論する。


「いえ。間違いありません! わたくし、その殿方と競り合いましたもの。その殿方も、お兄さまと同じ黄金の……」

「う……っ。もういい。わかった。わかった。それ以上は話さなくていいから」


 慌てて少女の言葉を遮ると、若者は一歩、二歩と、少女に近寄っていく。

 少女は力強い瞳で睨み返しながらも、一歩、二歩と後退していく。


「わ、わたくし、なにがなんでも、オークションに参加しますわよ。今日は、わたくしの品物を出品しておりますの!」

「な、なにいっつ?」


 若者の声が驚きに裏返り、歩みが止まる。

 なんてことをしてくれたんだ……と言いながら、額に手をやる。


「出品した品物がいくらで落札されるのか、見届ける義務がわたくしにはあります!」

「そ、そんな義務はどこにもない。あったとしても、そういうのは、エージェントの仕事だ」

「いえ。お兄さま! これはプライベートなことですの。わたくしの私的所有物を出品しましたので、公費を使用するわけにはまいりません」


 キリリとした表情で、少女は力強く宣言する。


「それに……」

「それに?」

「意地悪をするお兄さまは、だいきらいです!」

「…………」


 目に見えない鋭い矢が放たれ、若者の心臓をぶすりと射抜く。


「う、ううううっ……」


 胸に鋭い痛みが走り、目の前が真っ暗になる。

 立っているのがとても辛い。

 金髪の若者は、崩れ落ちてしまいそうになるのを懸命に堪える。


 あまりの激痛と衝撃に、比喩ではなく、本当に心臓を射抜かれたのではないかと、若者は錯覚する。


 この言葉は最大のダメージを若者に与え、少女に絶対的な勝利をもたらした。


 いや、最初から若者は、少女にだけは勝てない。

 全敗だ。

 そういう決まりだ。

 不変の法則に逆らうなど、愚の骨頂である。


 若者はフルフルと首を左右に振ると、少女との距離を一気に詰め、後ろ手に隠していた毛皮の外套をふわりと広げる。


「お、お兄さま?」


 純白の見事な毛皮が闇の中に広がり、少女の華奢な身体を護るように包み込む。


 見事な一角雪豹の毛皮に少女はとまどった声をだす。


 大好きなお兄さまの香り包まれ、やわらかな毛皮のふわりとした感触に、少女の緊張した表情がふと緩む。


「外套も羽織らずに、そのような格好で出歩くものではない」

「はい……次の外出のときは、ちゃんと外套も用意しておきます」


 己の信念を曲げようとしない少女の返事に、若者は苦笑を浮かべる。

 周囲が闇に染まっていく中、強い光を宿した双眸が、若者の心を貫き、絡めとり、離そうとしない。

 その凛とした強さに若者は惹かれ、心を奪われてしまったのだ。


「いいか? エスコートなしの外出は禁止だぞ」


 若者は優雅な仕草で右手を差し出す。

 ゆっくりとした動作で、少女は若者の手のひらの上に自分の手を重ねる。


「では、お兄さまのエスコートがあれば、外出してよろしいのですか?」


 甘え声でねだられては、もう頷くしかない。

 少女は嬉しそうに笑った。


「お兄さま、参りましょう! もうすぐでオークションがはじまりますわ!」

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