第9話 アールヴヘイム【1】


妖精たちの不思議な理想郷・常若の国ティル・ナ・ノーグ───自然がとても美しく穏やかな妖精たちの永遠に平和な国───を、あっと言う間に後にし、里和ちゃんエルフの魔法で世界樹ユグドラシルの中を一瞬で抜け、気づけばもうエルフの故郷・アールヴヘイムに到着していた。


「あー、もうちょっと常若の国、見たかったなぁ」


常若の国ティル・ナ・ノーグを出発直前にそう独りちていると、


「まぁ、で最終的に辿たどり着く場所トコロだから、その時にまたゆっくり見るといいよ」

「………」


毎度意味ありげな言葉を投げつけてくる美女エルフに、私は横目でジロリとその花面かめんにらみつける。

すると、あ〜忙しい忙しいとか言いながら、そそくさと可愛らしい植物の意匠を施してある木製の扉から出で行ってしまった。


ちっ、また逃げた!


私が何か肝心な事をこうとするといつもこうだ。

絶対にからかってる!


そんな訳で常若の国ティル・ナ・ノーグに少ししか居られなかったのだが、自分が目覚めたとてもメルヘンチックな藁葺かやぶき屋根の木造家屋はどうやら里和ちゃんの家との事で───つか、常若の国に家があるとか、一体何やらかした……もとい、この世界ニウ・ヘイマールでどんな功績を上げたんだろう。


既に築200年経つらしいのだが、幾星霜いくせいそうの歴史があると言う常若の国ティル・ナ・ノーグではまだまだ新築の部類だそうだ。

腕利きのドワーフ達が以前里和ちゃんに助けてもらったお礼にと、たった一日で建ててくれたらしい。


そんな意外にこの世界ニウ・ヘイマールで活躍貢献していると思しき彼女が、なぜ私まで同じ世界へとアクロバティック召喚(?)したのやら。


そして、なぜ私だったのか?

やはり例の約束とやらのせい、なんだろうか?

それにしたってなぁ……。


常若の国ティル・ナ・ノーグでマーガレットさんの体に強引に入れられ、更に一週間ほど意識不明だった事を考えると、何だか割に合わない話と思わざるを得ない───それを聞いて私が青くなったのは言うまでもなく───流石の天才(自称)魔法使いドルイダスである美女エルフもその時はかなり焦っていたらしい。


本来は複数人の魔導師や魔法使い達が、交代しながら数日かけて詠唱するような難解な召喚の術式なのを、彼女独自オリジナルの方式を編み出したとかで。


マジおっかな……!


そう考えるとあの目つきの恐いカイル某とやらが激怒するのも判る───つか、彼はマーガレットさんの恋人かなんかだったんだろうか?

更にそう考えるとヴィンセントさんって、妹さんをおかしな魔法使いマッドサイエンティストにある意味殺されかけたのに、心が広すぎやしないか?


わざわざ常若の国ティル・ナ・ノーグに───実は常若の国ティル・ナ・ノーグに来るのも本来は大変な事らしい───意識不明で約400年間眠り続けるマーガレットさんを運び込み、太古の大魔法の術式ちからわざを鬼アレンジし、世界樹ユグドラシルを通してアストラル空間をこじ開け、私達がいた世界にアクセスしたとか何とか……正直ナンノコッチャである。


実際行き当りばったり過ぎるからなんだろ、全く……。


アールヴヘイムの澄んだ空気の満ちる森の中を歩きながら、この先に待ち受けているであろう面倒事に、私は内心深く溜め息をついていた。


気づくと、怒涛どとうのように里和ちゃんと思しきエルフを中心とした周囲の事象に流され、何がなんだかイマイチ理解できないままここまで来てしまっていたのだが。

と、言うか、それしか出来なかったと言うか。


あれから美女エルフの回復魔法で驚くほどすっきりさっぱりすっかり全快した私は、身仕度みじたくを整え、なぜかエルフの王宮に向っていた訳で。


そう、何を隠そう───って、見るからにそんな感じだったけど───ヴィンセント・グリフィス・オハラ氏は、アールヴヘイムの現エルフ王であるアーロン・ライオネル・オハラ陛下の甥御おいごさんなのであった。

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