第8話 ティル・ナ・ノーグ【7】


そして私が止める間もなくそれは始まった。

脳内でかぁん、とリングゴングの音が鳴り響く。


「コラコラ、カイル君。私の友達をイジメるの、やめてくれる?」

「別にいじめてなんか───」

「へ〜。こんなか弱い女の子がおびえてるの、見えないの?」

「………」

「ある意味反対した君の気持ち無視して、あたしがやってしまった事が気に入らないのは分かってるつもりだけど、それをこのに当たるのは筋違いだと思わない?」


するとカイルと呼ばれた黒髪の青年はぐっと言葉を詰まらせた。

その隣りでその彼の肩に手を掛けていた緋色の髪の青年は、呆れた様子で首を軽く横に振りながら溜め息をらす。

魔導師見習いらしき女の子は二人の顔を見比べながらおろおろしている。


「それにこの、色々大変な目にってきたばかりで、起き上がれないほど体が弱ってるんだよね。見て分からないの?」


里和ちゃんと思しきは両手を腰に当て、カイル某に向かってふんっと鼻息も荒くそうのたまう。


い、いや、判んないんじゃないのか、な?

私が苦しんでんの見たの、里和ちゃんとヴィンセントさんだけだし。


「……悪かったよ」


それでも黒髪の青年はうつむいたまま、そう謝罪の言葉をしぼり出してくれていた。

それまで事の成り行きを黙って見守っていたヴィンセントさんが彼のかたわらに近づき、なぐさめるようにぽんと軽くその背を叩いた。


駄菓子菓子だがしかし───美女エルフたる彼女の勢いは止まらない。


「あたしにじゃなく、ちゃんと彼女に───香月に謝って!」

「り、里和、ちゃん? もういいから……気にしてないから」


と、言えば嘘になるが、これ以上気不味きまずい雰囲気になるのは御免被ごめんこうむりたい。


すると定石おきまりのように、黒髪の青年はきびすを返して足早にこの部屋から出て行ってしまった。

それと同時に、ドアの向こうから外気の爽やかな風が吹き込んでくる。

この場のよどんだ空気をかき消すように。


「あ〜あ……何であんな不器用ぶきっちょなんだよ、あいつは。メグちゃん、ああ見えて本気では言ってないから、気にすんな」


気の良さそうな緋色の髪の青年は、ニカッと笑いながらそんななぐさめを言ってくれた。


『新生メグ』って……これまた微妙なネーミングかも。


私はどんな表情かおをして良いか判らないまま、その言葉が本当であれば助かるのに、と心底思ってしまっていた。

何とか笑い顔を作ろうと頑張って口の両端を上げてみる。

きっと引きった作り笑顔にしかなっていないのだろう。


訳も判らず嫌われるのは本当にしんどい───


「真夜さん、申し訳ありません。普段はあんな子じゃないんですが……説明しきれなかった私も悪かったんです」


美青年エルフも深く溜め息をきながら、困った様子でそう謝ってくる。


「ハイハイ、いじけた悲劇のヒーローは放っといて、ミズガルズに戻る準備するよー」


そんなヴィンセントさんと私の間に手を叩きながら里和ちゃんが割り込んできた。

まるでこの場の陰鬱いんうつな雰囲気をかき消すように。


そして今度は私に向って両手を差し伸べてきたかと思うと、真面目な表情かおになって小声で何事かつぶやきだす。


にわかに彼女の両掌りょうてのひらがライトグリーンがかった淡い黄金こがね色に輝いたかと思うと、次の瞬間、その温かさすら感じる光がキラキラしながら私の体を包み込んだ。


わあ……綺麗!

何かぽかぽかして気持ちいいかも───


我知らずうっとりしながらその光に身を任せていると、体の芯《しん》から何かがじわじわとあふれ広がる感覚に支配されてゆく。

まるで温湯ぬるゆに浸かって揺蕩たゆたっているような心地良さ。


だがその夢心地はあっと言う間に美女エルフの声で終竟しゅうきょうを迎える。


「ハイ、おしまい! もう体痛くないハズだよ。じゃ、ミズガルズ戻ろうか」

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