第4話 ティル・ナ・ノーグ【3】


「えっ、殺してないよー」


あっけらかんとした笑顔を白面に乗せ、少し厚ぼったく艶々つやつやした桜色のエルフの唇がそうのたまう。


私が相変わらず干し草の香りがするベッドに横たわったまま、胡乱うろんげな目でその美貌を見返していると、


「イヤ、マジ殺してなんかないってー。こっちに連れてくるのに魔法と杖で胸刺しただよ〜」


だけって……それは間違えなく刺殺なのでは?

つか、そのインチキ臭さ満載の魔法って何よ?


無表情のまま私は乾いた笑いをらす。


「何でそんな顔すんの!? コワイよ!」


そりゃ怖くもなりますよ。


「……じゃ、万歩譲って、それをどう信じろと?」

「だって、現に香月生きてんじゃん? まあ、外見かなり変わっちゃったみたいだけど……すっごく美人に見えるからアリだと思うよ?」

「……??」


外見が変わった?

里和ちゃんみたいにって事?

いや、美人に見えるって、何か引っ掛かる言い方だな!


「───鏡ある?」


私は自分の顔を触りながらそう彼女に要求した。

てのひらには以前の自分とは違う滑らかな皮膚感は伝わってくるが、ぶっちゃけ触ったぐらいじゃ何がどう変わってるのかなど判ろうはずもない。


「あるけど」


彼女はそう言いながら、チェストと思しき家具の方向に右手を伸ばした。

すると、ガッと音を立てて一番上の引き出しが開き、中から丸い何かが飛び出し浮かび上がる。


えっ!?


私はくりびつ仰天ぎょうてんしていた。


今度はその浮かんでいた物が、こちらへ向かって猛スピードで飛んでくる。


ぶつかる───!


咄嗟とっさに目をつぶり、両腕で自分の頭をおおうようにかばう。


ぱしっ!


近くで乾いた音がしたが、それは私にはぶつかっては来なかった。


「ぶつけるワケないでしょ? はい、これ」


両手をどけて恐る恐る声の主に目を向けると、ニヤリと笑いながら右手に持った丸い物体を私に差し向けた。


いや、どう考えてもおどかす気満々だっただろ!


そのドヤ顔に内心憤慨ふんがいしてはいたが、それ以上に目の前で起こった現象に呆気あっけに取られていた。


普通に考えたって、超能力だのトリックだのと騒いでもおかしくない状況だと思うのだが、この美女エルフの話を信ずるとすれば、魔法マジック、と言う事になる。

それもトリックが無い方の。


まだ念動力サイコキネシスとか言われた方が巣食すくわれる……もとい、救われる気がする。


そんなおかしな事を考えながら、目の前に差し出された植物のった彫刻がほどこされた円形の木製品を受け取る。


素敵なデザインだな、と思いながらひっくり返すと、頼んだ鏡の中から見たことのない人物と目がかち合う。


……これも魔法か?


白皙はくせきで淡いブルネットのショートヘア、少々太めの柳眉、切れ長の二重に深い碧色ブルーグリーン琥珀色アンバーのオッドアイ、淡くしゅを掃いたような薄めの唇。

お世辞抜きでも綺麗と呼べる部類の容貌ようぼうだ。


つか、誰?


「こっ、これが私!?」と、ギャグみたいに素直に喜べるほど私はノーテンキに出来ていないのが悲しい。


そして鏡の中の更なる違和感に気づく。

髪から覗く耳が、尖っている……。


嘘だろ───


私は思わず鏡を毛布の掛かった胸の上にポトリと落とし、空いた両手で自分の両耳に触る。


……間違えなく尖っている。


今度は掴んで引っ張ってみる。


取れない。


今度はもっと強く引っ張って───


「ちょ……! また何やってんの!?」


再び美女エルフの強い制止の声が入り、私の両手を掴んでそれ以上引っ張るのをやめさせる。


「いや、コスプレでもさせられてるのかと」

「君ねぇ〜」


私の至極しごく真面目な言葉の調子に、思わずガックリする里和ちゃんと思しきエルフ。


「じゃ、顔は特殊メイクで、その目も君が寝てる間にあたしがカラコン入れたとでも?」

「可能性は排除出来ない」

「バカっ! 誰がそんな金にもならない面倒臭いドッキリ仕掛けるか!!」


逆に金になるならやるのか。


私が目をすがめてそんな彼女を黙ったまま見ていると、今度は彼女が諦めたようにひとつ溜め息をついた。


「……悪かったよ、ごめんね。いや、ごめんなさい。いきなりこんなトコロに連れてきた挙句あげく、人間じゃなくなっていれば、普通に怒るよねぇ……」


……私、人間めたのか。


彼女の渾身こんしん謝罪カミングアウトに、私は口からエクトプラズムが出ていった気がしていた。


「そろそろ秘密の話は終わったかい?」


不意に里和ちゃんと思しきエルフが入ってきた方から、やたらと通るテノールの声が飛んで来た。

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