第3話 ティル・ナ・ノーグ【2】


心の準備がないままに入ってきた相手に、思わずびくっとして反射的に身を起こそうとするが、途端とたんに全身に訳の判らない激痛が雷撃を受けたみたいに走った。


いっ……!?


悶絶したままその痛みにえていると、背後から呆れたような声が降ってくる。


「まだ無理しちゃ駄目だよー。香月かづき病み上がりだし、無理矢理こっちに引っ張ってきちゃったからさー。この君の体、まだに慣れてないんだよ」


うえっ!?


その言葉に絶句したまま、しかめた顔で声の主に視線を移した。


だから、アンタ誰よ……?


そこには見覚えのある精美せいびな姿があった。


クリアな耀きを放つ紫水晶アメシスト双眸そうぼうが私を見下ろしている。

今回はその銀糸の輝きを有したロングヘアを逆三編みにして左肩口から垂らし、淡いピンクの組みひもで軽く巻いたように結んであった。

その髪からのぞく耳先はやはり尖っている。


まごうこと無きエルフだ。

以前見た時と同じ浮世離うきよばなれした美女。


ただその小柄な体には、丈が長めの白のパフスリーブのブラウスにウエストマークされた太めの革のベルト、ボトムはデニム生地に似た細身のスラックスをいており、膝丈の革のレースアップらしきブーツが見える。


この娟雅けんがなエルフの彼女が誰なのか薄々気づいてはいたが、万が一って事もある訳で───


すると沈黙したままで仏頂面になっている私に気づいた相手が、思ったよりも困った様子で口を開いた。


「……もしかして、怒ってる?」

「……っつーか、今回は心読まないの? つか、貴方アナタ誰なんですか?」

「えっ……!? あ、ゴメン! そっか、判らないよね……里和りわだよ。咲良田さくらだ里和! 久しぶり!」


……やっぱり。


何故か声はあんま変わらないんだな、と思っていると、自称・咲良田里和と名乗ったエルフは、人のさそうな笑顔でにぱっと笑った。


私はどきりとした。

まさしくその笑顔は里和ちゃんの面影のある笑い方だったからだ。


ちなみにあたし、心は読めないよ? あれは時空の狭間はざま───アストラル空間だったから……ちょっと特殊な状況なんだ」


顔は全然違うんだけどなぁ……。


そう思って深く溜息をついていると、自称・里和ちゃんのエルフは独りちるように言葉を続けてからその私の反応にキョトン顔になった。

そんな表情も鬼可愛いのだから、エルフってホント得だなとつくづく思う。


「あんま驚かないんだね?」

「安心して、私はまだ夢だと思ってる」

「えー!? 夢じゃないよ〜!」


阿呆アホか、そんなんで誰が信じる?

こりゃまだ夢の続きを見てるんだ。

それじゃなきゃ、ただの白昼夢───早く目覚めろ、私!


定石じょうせきの目をつぶって頬をつねってみる。


……普通に痛い。


目を開けてみる。

もしかすると目が覚めてるかも知れない。


不思議そうにのぞく美人エルフが見える。


うぬぬぬぬぬ……。

まだ足りないか。


私がうなりながら矢庭やにわに右手を振り上げた時だった。


「ちょっと! 何やってんの!!」


慌てた様子で里和ちゃんと思しきエルフはその私の手首をつかんだ。


「いや、起きなきゃなんで」

「イヤ、そんな事しても意味無いから!」

「……じゃあ、どうやって起きればいいの?」

「どうって、香月……やっぱあたしがした事怒ってるんでしょ?」

「……じゃ、億歩譲って、私に何してくれちゃった訳?」

「香月がいぢわるだぁ〜」


誰が意地悪だ。

意味判らん。


わざとらしく泣き真似をしてチラリと横目で私を見る相手に、思い切りウンザリした表情であからさまに嘆息たんそくする。


里和ちゃんってこんなヒトだったっけ?

むしろ真逆だったはず……。


こうなると益々ますます違う気がしてくる。

混乱したまま脳みそが溶けて耳から流れ出てくる心境だ。

泣きたいのはこっちだよ。


「……じゃ、単刀直入に───まだ信じてる訳じゃないけど、何で私を刺殺したの?」

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