第2話 ティル・ナ・ノーグ【1】


頭が、ガンガンする。


深い眠りから覚めたような気がしていた。

そして、誰かに呼ばれたような……。


目蓋まぶたがやけに重い。

それどころか体も重い。

体中に鉛でも流し込まれているかのように動かない。


呼ばれた?

誰に?

ここは……何処どこだ?

確か手術して───病院、だったっけ?


軽く混乱しているのが判った。


いや、違う。

もうとっくに退院してて、病理組織検査で結果待ち……経過が悪くなければ半年後に再建手術だ。

だったら、ここは───?


どこか懐かしいようなにおいがする。


建て替える前の伯母おばの家のような、古びた木造家屋な感じ。


まきストーブのすすけた匂いや、ハンターだった伯父が獲ってきたエゾシカやヒグマの獣臭けものしゅうなんかもその陰に染みついてしまっていたが、決してそれが嫌いではなかった。


───いやしかし、やはり違う。


そこに妙なカビ臭さが混じった匂い。

いだことのないような、不思議な───乾燥したハーブやスパイスにも似た香りもする。


うーん……?


何だかほんわか温かい。

陽だまりの干し草に包まれてるような匂い。


そこでようやく、体の感覚が戻ってきた感じがしていた。

胸のしんの辺りからぽかぽかしてくるのが判る。

硬直していた四肢ししとどこおっていた血液がめぐり始めている。


まだまだ重い感じはするが、やけに光が透けて見えるようになった目蓋をゆっくりと開けてみる。


……え〜? 何処なんですか、ここは!?


そこには見知らぬ空間があった。

そう、まるっきり私にとってはファンタジーと呼べるほど、メルヘンチックな室内がそこにはあった。


ま、本当マジですか、これは?


ハリウッド映画のワンシーンのような、欧風の───いや、古代のケルト民族の石造りの家に似ている気がした。


少々荒削あらけずりながらきちんと組まれた暖炉には、熾火おきびになりかけたまきべられており、その上に大釜コルドロンが掛けられ湯気を上げている。


部屋の中央付近にはいびつだが古びたテーブルと思しき木製の台。

その周囲に丸太で作られた、適当に切ったかのように大きさも高さもまちまちな、スツールらしきモノが数個置いてある。

そしてそのどちらにも、何故なぜか青々とした葉が小さな枝についていた。

普通、切られた木に青葉など生えないはずなのだが……。


内心首を傾げながらゆっくりと視線を巡らすと、やはり似たようなテイストのシェルフやチェストなどの家具が並んでいる。

そして見た事もないような木やつる、葉や草などで作られた生活雑貨と思われる調度品が、それら家具の上に乗せられていた。

中には何に使うのか全く見当もつかない物も多数あった。


いやいやいや、オイオイオイ……。


私はいきをついて視線を天井に移した。

暖炉のすすで黒くいぶされたそこは、丸太やわらなどで組まれた屋根材が露出していた。

当然のように、そこにも青い葉がちらほら生えているのが見える。


とってもメルヒェン───


思わずそう言いたくもなる。


改めて室内を照らす明かりの方に目線を移動させると、そこには石壁に開けられた余り大きくない窓が二つほどあり、やはり木製の観音かんのん開きの扉がしつらえられていた。


柔らかな光が射し込むその窓の扉は外に向かって開け放たれており、無論むろん窓ガラスなどめてあろうはずもない。

時折ときおり入ってくる草いきれの混じった微風は、同じように反対側に開いている窓から抜けていっていた。


うん、やっぱそうだよね。


一人でそう得心とくしんすると、今度は自分の状態を確かめる。


白い綿で出来ているであろう清潔そうな寝具に自分は寝かされていた。

敷布の下はふかふかのベッドっぽく見えるが、さっきからしていた匂いで間違えなく家畜用の干し草がかれているだろう事は察しがついている。


うん、ハ○ジだ、ハ○ジの世界。

一度寝てみたかったんだよね。


人心地ついてくると呑気のんきな感想も出る。

今度は体を動かしてみた。


右腕……動く。

左腕、動く。

グーパーグーパー……異常無し。

───って、おや?


そこで眼の前の自分の両手に違和感を覚える。


何だかやけに白い気がする……。

元々白い方だと言う自覚はあったが、それは飽くまでアジア系人種の中では、であって、こんなに肌目きめ細かく透けるような白さでは───


自分の目の前にあるシミひとつない細い繊手せんしゅに愕然とする。


こっ……コレは!?


「私の手じゃない!」


思わずそう叫ぶと、後ろの方で何かが開く物音と共に聞き覚えのあるちょっと甲高かんだかい声が飛んでくる。


「あー、やっと起きたか」

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