第5話 ティル・ナ・ノーグ【4】


「あー、放置しちゃったね、ヴィンさん。もう、こうなったらてもらった方が助かるよ〜」


里和ちゃんと思しきエルフは多少辟易へきえきしたようにそう嘆訴たんそすると、蝶番ちょうつがいきしむような音と共に誰かが室内に入ってくる靴音が響いてくる。


「さっきまで眼の前で話してたかと思えば、いきなり予告なくいなくなるのは大概たいがいにして欲しいんだけどな。今回は君の様子ですぐ居場所の見当がついたから良かったものの……」


その足音が私のかたわらで止まると、今度は頭上から息を飲む気配がしてきた。


「それにしても……メグの、意識が本当に戻るとは───リワの御業みわざには何度も驚かされる」


……メグ?


その典雅てんがな音楽に似たテノールの声に聞き惚れながら、内心誰の事かと首を傾げる。


「イヤ、ソレはマーガレットじゃ───彼女のこころは残念ながら、もう……それに香月とメグさんとじゃ月とスッポンで」


え゛、それって私のこと

何で知らない美少女あいてと比べられて、まだ信じきれてないこのエルフの里和ちゃんにdisディスられにゃならんの……。


その上中身まで美しかったんスね、そのメグさんは───スミマセンね、下賤げせんココロが入ってしまったみたいで───っつか、私だって好きでマーガレットさんだかの中にいる訳じゃあ───


そう思いながら彼女の隣にたたずむ美声の主の方に視線を移すと、次は私が目を見開いたまま硬直して息を飲む番だった。


うっわ……何、この美形の出血大サービスは!?


豪奢ごうしゃな金髪ロングのさらさらヘアに、優しげな弧を描く細めの金眉、サファイアをはめ込んだような綺麗な二重ふたえの青い瞳がその白い細面ほそおもてで輝きを放っていた。


そのなよやかさすら感じる細身にはどこぞの貴族よろしく、私から見ても仕立ての良さそうな純白のキャバリアブラウスにウェストコート、細身のボトムに黒革のニーレングスブーツ、金糸で装飾を施された白のジュストコールを身にまとっている。


身長は里和ちゃんと思しきエルフより頭一つ大きい───いや、彼女が小さいのか?


「……うん、判ってはいるんだけど、妹は400年以上眠り続けてたんだ。諦めかけてた時にこんな事が起きてしまうと、ね……ホント君は偉大な女魔法使いドルイダスだよ」

「でも、あたし神様じゃないから……ホントなら本人を呼び戻せれば良かったんだけど、彼女はもう喜びの原マグ・メルに溶けてしまってたから───あたしが出来たのは、自分がいた世界から友人を彼女の中に呼び寄せたぐらいで」


ぐらいでって、そのぐらいで私は貴方に殺された挙句あげくにこの有様なんでしょうか……?

つか、400年って!?


その理不尽な言葉の応酬おうしゅうに流石の私も愕然がくぜんとし、あっけらかんと非道な事を言う相手の顔をまじまじと見た。

このおかしな状況にようやく、沸々ふつふつとした怒りの感情がこみ上げ始めていた。


「……いい加減私にも説明してくんない? つか、それってかなりひどい言いぐさだよね」

「だって香月、あたしとの約束、破ったよね?」

「約束?」

「うわ、やっぱり忘れてる……! どっちが酷いんだか」

「だからってやっていい事と悪い事が……!」

「これはやっていい事なの!」


───それ、何基準?


想像以上の美女エルフの剣幕けんまくに、思わず私は呆気にとられたまま口をつぐんでしまっていた。


それゆるされる世界なのか、ココって……。


一気に背筋が凍る。


次は怪物の生贄いけにえにされる、とかないよ、ね……?

いやいや、自分で阿呆アホなフラグ立ててどうする!


「それってつまり、人殺しすら無問題モウマンタイおっかない世界で、私に復讐するために……?」

「……君ねぇ。さっきからあたしを殺人鬼みたいに───」

「私を刺殺した」

「だから、してないって! 君、こうして生きてるよね?」

「私の体じゃないし……」

「完璧を求めるんじゃない!」

「イヤ何、その理論の破綻はたんは!?」

「あたしは全然論理的ですが、何か?」


それまで興味深そうに事の成り行きを黙って見守っていた婉美えんびなエルフが盛大に吹き出した。

その外見に似つかわしくない豪快な笑いっぷりに勢いをがれ、私は二の句がげずにいた。

里和ちゃんと思しきエルフは憮然ぶぜんとしている。


「ふふっ……何だか苦労してるみたいだね。リワはある程度側の記憶が戻ってたから、割とあっさり現状を受け入れてくれてたけど───」

「だって、あたしみたいなのはホントだったら、側に来たらい前の記憶が消えてしまうんでしょ? あたしだってに戻って来た時は、それなりに混乱はしてたんだけど」

「まあ、僕らみたいなのは珍しいレアケースだからね。その割には戻ってきてすぐ、楽しそうに魔法ちまくってたみたいだけど?」


こらこら、私を無視してあっちこっちそっちこっちの話をしてるんじゃない!


「じゃ、皆心配してるんで、そろそろこちらに呼んでもいいかい?」


え、皆!?

これ以上誰が来るんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る