友だちのフリ大作戦!

花 千世子

友だちのフリ大作戦!

 人生で一度くらいはカッコ良く人助けをしてみたい。

 例えば、大荷物を持ったおばあちゃんの代わりに荷物を持って、家まで送り届けるとか。

 ボールが木に引っかかって取れなくて泣いている子どもの代わりに、ボールを取って渡してあげるとか。

 それから……。


 ナンパに困っている女の子を、颯爽と助ける、とか。


「ねぇねぇ。俺らと遊ぼうよ」

「うぉー。めっちゃかわいい」


 そう言ってガラの悪い男たちに囲まれているのは、14,5歳ぐらいの少女だった。

 少女は、妖精か天使かと思うほどに、きれいな子。

 三人の男に囲まれ、怯えた目をしている。


 ナンパ男に絡まれる女の子を、華麗に助ける。

 

 そんな妄想を僕は何度かしたことがある。  

 15年の人生において、そんな妄想をしたのは一度や二度ではない。


 けっして下心があるわけではなく、「困っている人をカッコ良く助ける」というのが目的だ。

 助けたあとは、颯爽と立ち去るのが紳士。


 しかし、そうはいっても、ガラの悪い男たち――しかも三人も相手にできるほどの腕力はない。

 できることなら、話し合いで解決したいものだが。

 それができるとは限らない。


 そもそも、話し合いも、ケンカも、今のぼくにできるかどうかも不明。

 つまり、あの女の子を助けられるかどうかもわからないのだ。

 だけど、こんな状況に遭遇して、見過ごすわけにもいかない。


 この道は、人通りが異様に少なく、今のところ通行者は0。

 ぼく以外に、あの子を助けられる人はいないのだ。


 そこで僕はひらめく。

 ここは友だちのフリが一番いい。

 女の子に、「待った? じゃあ行こう」と言って手を引いて安全圏まで逃げてしまうのだ。

 アニメや漫画で見たことがある。

 そうだ、その手で行こう。

 だけど……。

 ぼくはじっと自分の手を見た。


「あー、もうかわいい。連れて行っちゃおうぜ」

「そうだな。どうせ誰もわかんねよ」


 男たちの言葉に、ぼくはハッと我に返る。

 今度こそ、女の子が本当に危険だ。

 もはやナンパではない。

 拉致の可能性が出てきている。


 ぼくは無我夢中で走り出し、女の子の手を取った。

 その左手は、ドキッとするほどひんやりとしていた。

 それと同時に、嫌な予感が頭をよぎる。


「お、遅くなってごめんね」


 ぼくはぎこちなくいうと、女の子を連れてすぐそばの商店街まで逃げた。

 ここなら人が多い。

 ナンパもとい拉致未遂者たちも、犯行がやりにくいだろう。


 それにしても。

 ぼくが自分の右手を見ると。

「にゃー」と足元で声が聞こえた。

 子猫だった。

 いつのまについてきたんだろう。


「待ち合わせ、してたっけ?」


 まだ幼い声が響いた。

 女の子の声だった。


「え、あ、その、ちがうんだ……」


 ぼくは女の子に理由を説明する。


「ナンパされているだけじゃなくて、連れて行かれそうになってたから」

「だれが?」

「君が」

「わたしが?」


 女の子は大きな瞳をさらに見開いた。

 それから数秒してから、笑い出す。

 ぼくが何がなんだかわからないでいると、女の子はいう。


「ちがうよ、ナンパされてたんじゃない」

「でも、絡まれてただろ」

「それはこの子」

 

 女の子はそこまで言うと、下を指さす。

 子猫だった。

 まさか……。

 

「えっ、あの男たち、猫に話しかけてたの?」

「そう。この子、親猫からはぐれちゃったみたいで……」

「そっか。じゃあ、君がナンパされたわけじゃないんだ」


 ぼくがホッと安心すると、大きな猫が姿を現し、子猫がそちらにうれしそうに駆けていくのが見えた。

 親子の猫は、路地裏へと消えた。


「わたしの姿が、あの人たちに見えるわけないじゃない」


 女の子はぼくを見て、ハッキリとそういった。

 つないだままの手に、ぐっと力をこめて続ける。


「一カ月前に死んだ幽霊のわたしが、普通の人間に見えるわけないの」


 ああ、やっぱりそうか。

 彼女のこの冷たい手。

 全体的に薄いぼやけた姿。

 やっぱり死んでいるのか。


「わたしは、ひとりで天国に行くのが寂しくて、ここに彷徨っていたの」


 女の子は、ぼくの手を離してくれない。

 ぼくが、つないで手をなんとか解こうとするが、やけに力が強い。


「はなさないで」


 女の子がぼくに向かってそういった。

 ぼくは、ゆっくりと聞き返す。

 

「ぼくでいいの?」


 うなずく女の子に、ぼくは続ける。


「ぼくは、昨日死んだばかりだよ」


 女の子は穏やかな表情で答える。


「そう。新人さんね」

「君のことなんて、何も知らないのに」

「助けてくれたでしょ。それでじゅうぶんよ」

「いや、あれは君を助けたんじゃなくて……」


 そんな話をしているうちに、空から一筋の光が差し込んだ。

 柔らかい光が、ぼくらを包む。

 女の子はうれしそうにいった。


「天国で、ゆっくりお互いのことを話そう」

「そうだね。時間はいくらでもあるからね」


 ぼくらはしっかりと手をつなぎ、それから笑いあった。

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