午前9時 この朝は
午前9時
慶彦は、あいも変わらずプラモデルを組んでいた。
朝早くから起きてご飯を食べた後に、迷いもせずプラモを組み始めた様子は、流石はモデラーだと深淵に思わせた。
そんな深淵はといえば、慶彦の食事シーンを観察し、散歩に出掛けた。TVで見た『早起きは三文の徳』を実践しに行くらしい。
今日も今日とて、平和な慶彦宅だ。ただ、もし一つだけ、不満を上げるとすれば……。
「なんでお前が俺の家にいるんだ」
深淵の相方ポジション、暗黒が家に居座るようになったことだ。慶彦としては、初対面で窓ガラスを割られた事を未だに根に持っている為、素直に居候させてやるよ、とは言いたくない相手だ。
「別に、深い意味はない」
「浅い意味は?」
「マスターと一緒がいい」
「マスターが好きなんだな」
暗黒は一気に顔を赤くする。頭から湯気が出る(実際は出ていない)ほど真っ赤にして、慶彦に抗議の声を上げる。
「それは違う!」
「んじゃ、嫌いなのか?」
「それも違う!」
「じゃあ、好きなんだな」
「………そういうの、良くない」
そう言い残して、暗黒はリビングに行ってしまう。乙女心というものは、いついかなる時も難しいものなのだ。
………そういえば。
と、慶彦はある事を思い出す。
好きになるな。暗黒があの時言っていたこの言葉の意味。まさか、自分が深淵の事を愛しているから、お前は好きになるな、みたいな意味で言ってたのか? もしそうだったら、流石に許さんぞ、あのガキ。
深淵があんな状態になってまで、自分の欲を遠回しに叶えようとする暗黒。いや、流石にないか。………ないよな?
未だに慶彦は暗黒の考えている事を予測出来ない。元々、交流自体が少ないという理由もあるのだが、本当に何をどう思っているかさっぱり分からないのだ。深淵が何を考えているのかは、あんなに分かりやすいのに。
「よし、これで本体は完成と」
1週間ちまちまと作っていたプラモがようやく完成する。
赤を基調とした異形のデザインをしたマシン。
普通にカッコいい。
完成したし、どう飾るか決めよ。
慶彦はプラモを飾る派の人間なのだ。
「やべ、その前にと」
本体は完成させたが、まだ付属品を完成させていない。剣に銃に斬撃エフェクトパーツなど、まだまだ100%完成ではないのだ。
説明書をめくり、武器製作を開始する。
パチパチとニッパーでパーツを切り離し、切り離したパーツ同士を合わせていく。
この徐々に完成へと近づいていくのもまた、プラモの楽しいところだ。
パチッと最後のパーツをはめ、武器一つ目完成。大剣だ。名前に大と書いてあるだけあって、流石にサイズは大きめだ。
「………」
慶彦は本能的に大剣を振ってみる。
意外といいなこれ。
ブンブンと振って、自室のドアに向かっても振る。
「げっ!」
そこにはリビングに行ったはずの暗黒がいた。こいつしょーもな、的な目で慶彦を見る暗黒。慶彦は刹那、今までにない程冷静になった。
意図せず暗黒に向いた大剣を机の上に置き、慶彦は何事もなかったかのように次の武器を作り始める。
「…………これ、見たことある」
暗黒はそう言って机の上に置いてあるプラモを手に取る。こうやって見ると、暗黒の手は随分と小さいんだな、と慶彦は感じた。
「ディシデリオ。別名、私の願い事」
「なんで作中設定知ってんだ?」
武器を組みながら、慶彦は聞く。
「このマシンの説明書、昔拾ったことある。ほら」
暗黒は横に手を伸ばす。するとどこからともなくブラックホール的なものが現れ、暗黒がその中に手を入れる。
う〜ん、と暗黒は手探りで何かを探すような素振りを見せ、ある物を取り出す。
ボロボロになった紙の束。表紙には赤いマシンのイラストが描かれ、『ディシデリオ』とカクカクの昔らしい字体で名前が書かれていた。
「古っ! しかもそれ旧キットの説明書じゃねーかよ、よく今まで持ってたな」
「うん」
暗黒は机の上に説明書を置き、プラモをいじる。完全に初めてプラモ、可動式のフィギュアを動かす人の動かし方だ。絶妙に慣れていない。
なんか初々しいな。等と思いながら、慶彦は暗黒を見つめる。
「………お前、そのマシン好きなのか?」
慶彦はつい気になって聞いてみる。あんなに古い説明書を今でも取っておいていたほどなのだ。きっと何かしらの理由があるに違いない。
「うん」
と、暗黒は一言、簡単に慶彦から質問に返答する。
「どんなとこが好きなんだ?」
折角だと思い、慶彦はもう少し掘り下げてみる。
「パイロットの願いに応える為に作られた、たった一つしかない、専用機」
願い、か。
作中では自分の願いを叶える為に、色々な人からの協力を受け、完成したこのマシン。けれど、その願いは『自分の為でもあり、誰かの為でもある』だったのに、作中後半では徐々に『自分の為』の願いへと変わっていってしまう。そこを主人公に気付かされ、ディシデリオなパイロットは本当の願いを思い出す。
確か、そんな感じだったはずだ。
このマシンの存在意義でもある、『願い事』。暗黒にもきっと叶えたい夢が、願いがあるのだ。いつも通りすまし顔で何も考えていないように思わせて、この少女にはきっと、どうしても叶えたい、『願い事』があるのだ。
だから、ディシデリオのパイロットに共感して、マシンの事が好きになった。
「……お前の願い事も、叶うといいな」
「きっと叶う。慶彦が、きっと叶えてくれる」
予想外の言葉。慶彦はあまりにも唐突に自分の名前か出され、若干焦る。が、もちろん顔には出さないし態度にも出さない。
「なんで俺なんだ」
「慶彦は、信頼出来る人間」
「………まぁ、そういう事にしておくか」
やはり何を考えているのかさっぱり分からない。信頼出来る、なんて言葉自体、暗黒の口から出てくるとは慶彦は全く思っていなかった。さらに、慶彦が信頼出来るというのだ。ますます訳が分からない。
『マスターを好きには、絶対にならないで』
まさか、そういうことなのだろうか。いや、分からない、ただの憶測だ。所詮これは、ただの可能性の一つにすぎない。
けれど、慶彦は思った。きっとこの言葉と、暗黒の願い事は、何かしらの関係性があるのではないか、と。
「………お前の好きなマシンが出てくるアニメのDVD持ってるけど、見るか?」
「あにめ?」
「TVみたいなもんだよ」
「……見たい」
「それじゃあ、見るか」
慶彦は本棚からDVDを取る。全12巻ある内の1巻目。それを手に取り、リビングへと向かう。
その後を暗黒が追う。手にはしっかりと、ディシデリオが収まっていた。
暗黒の言った言葉の真意。それはさっぱり分からない。けれど、今はそれでいいと思った。暗黒が慶彦の事を信頼していたとしても、慶彦はまだ完全に暗黒を認めた訳では無いし、信頼もしていない。未だに段ボールで補強している窓ガラスが、慶彦の心境を物語っている。
だから、まだ聞かない。本当に信頼出来るようになったその時まで、この疑問は取っておこうと、慶彦は思った。
「ただいまーっ!」
やたらハイテンションな深淵の声が、部屋中に木霊する。どうやら散歩は終わったようだ。
「見て慶彦! こんなの拾ってきた」
雑に靴を脱いでリビングにいる慶彦の元へ直行する深淵。そして、深淵は何かを慶彦に見せつける。
「…誰の名札だよ! てか元の場所に戻してこい!」
「え〜、でもせっか……」
「ないと困る奴がいるんだよ。早く戻してこい」
「……はーい」
深淵は渋々頷き、どこかの誰かさんの名札を元の場所に戻しに、再び来た道を戻りに行く。
「明日は学校かぁ〜」
この間は学校で色々と大切な事を蹴飛ばしている。そのツケが明日回ってくるのだ。憂鬱でたまらなかった。
「思い出したくなかった」
「いいから、早く」
早くアニメが見たいのか、暗黒がそんなこと白なとばかりに催促をしてくる。鬼畜なガキだ。
リモコンでTVを操作し、アニメが始まる。
暗黒はワクワクと胸を躍らせながら。
慶彦は、明日の言い訳を考えながら………。
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