午後9時 その技で

「右だ! 避けろ!」

「避けた! 出来たよ!」

 午後9時

 慶彦と深淵はTVゲームをして遊んでいた。

 2Dアクションの2人同時に操作して遊べる作品である。

 今はちょうどボス戦。大きな熊を模した怪物との戦闘中である。

 剣を持ち、銀色の甲冑を身に着けたキャラクターを操作しているのが慶彦。紫色のローブを着て杖を持ち、魔法を打っているキャラクターを操作しているのが深淵。

 ゲームを始めて最初の方は上手く操作が出来ず、制作陣の手掛けたトラップ全てに引っかかるという下手っぷりを見せていたが、それからゲームを始めて小一時間。いつの間にトラップにかからず、操作も上手く出来るようになっていた。

 それ故に、先程ボスの攻撃を避けることができたのだ。

「なんか怒ってる!」

 深淵が声を出す。

 そう、先程の攻撃を避け反撃とばかりに魔法を打ったところ、ボスが画面上で怒り出したのだ。

「もうすぐ倒せるはずだ! 行くぞ!」

 なんとなくで悟る慶彦。先程倒した(三十分前)のボスは怒る演出をして攻撃が過激になり、ダメージを与えていくと意外と早く倒せたのだ。

 もしその理論でいけば、このボスももうすぐお陀仏。そう予想をつけたのだ。

 怒り状態になり、画面上を縦横無尽に駆け回るボス。動きが速すきて中々攻撃が当てられない。

 魔法弾がかすり、剣が空を切るのみ。急に強くなったボスを相手に苦戦する2人。

 このままでは時間が過ぎていくだけである。どうすればと思ったその時、深淵がある提案をする。

「あの技を使ってみよう、慶彦」

 あの技。それはボスに辿り着くまでの道中でおじさんに伝授してもらった2人で使う協力技。

 それをまだ使っていなかったためここで使ってみようと言うのだ。

 ボスに対して有効でないかもしれない。けれど、使ってみるだけの価値はあるはずだと、慶彦は思った。

「よし、使おう。やり方は覚えてるな?」

「もっちろん」

 自信満々に返答する深淵。

 これなら行けるな、と慶彦は確信し、お互いのキャラクターを近づける。

 そして、おじさんから教わったコマンドをせーので同時に入力する。

 上入力+赤ボタン

 子供でも簡単に打てる入力の少ない安直なコマンド。それを打った途端、特殊な演出が入る。

 2人のキャラクターを中心にして画面上の世界から色が失われていったのだ。それはどんどんと大きくなり、やがて画面上の色全てが失われ、世界は灰色のような色彩を纏った世界へと変貌した。

 そして、互いのキャラクターの目が光る。2人はストーリーを気にせず今回はやっているが、ストーリー設定ではこの状態を、『覚醒状態』と呼ぶ。

 色が失われ、ボスは動きが格段に遅くなる。スローモーションのようにゆっくりと動くボス。

 慶彦と深淵はこれがチャンスだと理解するのにほとんど時間はかからなかった。

「援護頼んだぞ!」

「分かってる!」

 ボスがスローモーションでも2人の駆るキャラクターは動きが遅くならない。いや、むしろ俊敏になっていた。

 慶彦はボスへ直接斬りかかるためにボスめがけて一直線に駆ける。

 その後ろでは深淵が魔法を詠唱し、ボスに標準を合わせる。

 スローモーション状態でも彼らが接近しているのに気づいたのか、ボスはゆっくりとした動作で彼らの方に振り向く。

 だが、振り向いたときには時すでに遅し。慶彦の剣士がすぐそばまで接敵していた。

 そして華麗な動作でボスを斬りつけ、そのままボスのそばを通り抜ける。

「ファイアー!」

 そして次の瞬間、深淵の放った魔法がボスにクリーンヒットする。

「ギャオオーー!!」

 ボスの断末魔。

 ボンッ! とボスは弾け飛び、代わりに鍵が落ちてきた。

 ボスを倒して収集しなければいけない『ワールドキー』。そのうちの1つである。

 2人はキャラクターを動かし、その鍵を手にする。

 ピカッと鍵が光り、ステージクリアの文字が大きく浮かび上がる。

 それを見て慶彦と深淵は顔を見合わせる。そして無言のハイタッチ。その様はまるで何年も同じ道を共に歩んでいる相棒同士のようだった。

「流石だな」

「慶彦もね」

 少ない会話。けれど、これでも彼らは最大に楽しんでいた。

 そう、春休みの終わりを忘れるほどに。



 午後4時

「やべぇ! 課題がおわらねぇ!」

 慶彦はゲームをしてる最中、途端に春休みの終わりという現実に気付いた。

 今日、4月9日。新学期がスタートし、学校に登校する日である。

 その時刻までおよそ残り4時間。

 地味に多く出された課題をこなし、学校に行くための準備をすると考えれば間に合うか間に合わないか絶妙な時間である。

 慶彦はちくしょうと思いながら課題を進めていく。

 こういう時、いつも呑気にしている深淵が羨ましいと思った。

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