正午 その目的を

 午前11時。

 慶彦は1人で悩んでいた。

 慶彦の悩み。それは単純明快で、家に棚が欲しいのである。

 好きな本とプラモで埋め尽くされ、もう物を置くスペースがない本棚。それにその本棚はずっと前から使っている物なので、そろそろ壊れそうなのである。実際、棚の左下の段は壊れて無くなっていた。

 それに今はちょうど春休み。様々な場所で新たなるスタートをきる準備がされているため、慶彦もその波に乗ってこの本棚を新しくしようと思ったのだ。

 だが、如何せん外に出るのが面倒くさい。風も強く、未だに少々冷えるのである。わざわざ寒い思いをしてまで行きたいとは思わなかった。

 けれど、この機会を逃せば本棚を買いになんて当分行かなくなるかもしれない。

 そうすればまた、今と同じような状況になった時に悩んで時間を使うのだ。

 数秒悩み、慶彦は決意する。

「行くか」



「寒いのに出掛けるなんて珍しいね」

 慶彦が出掛けると言ったらついてきた深淵。相変わらず呑気な奴である。

 歩道を歩きながら、2人は雑談をする。

「珍しいもなにも、お前まだ家に来て一週間だろ」

「あれ、まだそんなに日付経ってないんだ」

 結構経ってるわ、と言いたくなったが、慶彦は言うのをやめておいた。

「そういえば、今日は何しに行くの?」

 外に出て40分、今更になって深淵は目的地を聞く。

「家具が売ってる店に行く」

 慶彦は簡単に答え、前に見える建物を指差す。

「あそこ」

「うおーう」

 慶彦の指差した建物。それは非常に大きなショッピングモールであった。

 他の近くにある店を見ても、あの店の大きさには敵わない。駐車場も専用で別の建物があり、ショッピングモール内はなんと4階まである。

 それほどまでの大きな建物を前に、深淵は言葉を失う。

 これまた初めて見たといった感じの様子だった。

 この一週間で深淵が何度も見せてきた驚愕の表情。今日の表情は今までの幾分も驚いた様子だった。

「この中に目的の店があるから。早く行くぞ」

 そう言って慶彦は先を歩き、深淵を急かす。

 深淵はその場でその建物を呆然と眺める。迫力が違いすぎたのだ。

「……あっ、慶彦おいてかないで!」

 ハッとなり、深淵は慶彦を追いかける。深淵から見た慶彦の後ろ姿は結構小さくなっており、人の通りも多いため油断すれば見失いそうになるほどであった。

 とととっと軽やかに人と人との間を抜け、深淵は慶彦の隣へと戻る。

「行くの早いよ。もっと眺めないの?」

 眺めないと言おうとした時、慶彦の前に2人組がいた。中学生ほどの少女。その2人があのショッピングモールの建物を眺め入るように見上げていた。

 身近な物ほど価値が分からない。そんなことを言っている人がいた気がする、と慶彦は思い出す。そして結局

「………帰りに眺めてく」

「ほう、眺めるのは帰り派。なるほどなるほど」

 眺めることにした。帰りに。

「いらん知識を増やすな。ほら行くぞ」

 時間帯的にはもうすぐお昼。向かう先はショッピングモール内の家具店。だんだんと出掛ける人が増えるこの時間帯に、2人は店内へと足を踏み入れる。

 これまた大きな自動ドアが慶彦を察知し、そのガラス扉を大きく開く。

「うお〜う」

 1つ1つ驚きの声を漏らす深淵。その顔がアホっぽく見えたが、慶彦は何も言わなかった。いや、言うようなことでもなかった。

 店内にはたくさんの店が並んでいた。洋服屋、雑貨屋、靴屋。多種多様な店が、このショッピングモールには集結していた。

 その中にある家具を取り扱う店。それはこのショッピングモール内の3階にある。

 慶彦は3階に行くためのエスカレーターを探す。最近はあまりこのショッピングモールに来ていなかったため、どこに何があるのか、少々うろ覚えだった。

「確かこの先に……」

 昔の記憶を頼りにエスカレーターを探す。2階へと続くエスカレーター。天井に繋がるようにして設置されているため、探す時はすぐ見つかるはずである。

 だが、見つからない。もう少し先に行った所だろうと推測し、慶彦は歩き出そうとする。

 歩き出せなかったのは、深淵が慶彦を止めたからである。

「慶彦、あそこ見に行ってみよう!」

「いや棚を……」

「いいから!」

 半ば強引に深淵は慶彦の手を取り、行きたい店へと慶彦を連れて行く。

 慶彦は拒否しようとしたが、やめておいた。深淵の楽しそうな顔を見たら、なんだか棚を見るのは後回しでもいい気がしたのだ。

「早く! 早くぅ!」

 うっきうきな深淵。相変わらずハイテンションだな、と慶彦は思った。この一週間でこう思ったのは、これで約30回目である。

 走るようにして向かった先、そこは洋服屋だった。

 洋服を見て、慶彦は1つ思う。こいつ着てる服ずっと一緒だな、と。

 唐突な出会いからはや一週間。あの時から今日に至るまで深淵は変わらず黒いあの服を着たままだ。

 洗濯カゴの中にも慶彦の着る服しか入っていなかった。干す時も慶彦の着る服のみ。

 慶彦はまさかと思う。本来ならば考えてはいけないこと。ましてや、相手が女子……なのかどうかは定かではないが、とにかく女子に対しては決して考えてはいけないこと、言ってはいけないこと。

 けれど反射的に慶彦は言ってしまった。

「お前、服洗ってない……?」

「………」

 まるで、時が止まったかのような感覚。慶彦の言葉を聞いた瞬間、深淵はまるで石になったかのように固まる。見事、予感的中である。

 深淵はぎこちなく慶彦の方を振り向く。冷や汗をかいていた。

「いい匂いはするはずだよ……」

「お前まさか本当に……!」

 慶彦が衝撃の事実になんとなくで気付く。だが、本人ができるそれを肯定しなければ本当にそうだとは限らない。慶彦が本当なのかと聞こうとした瞬間

「おっ、慶彦じゃねーか。久々だな〜」

 慶彦を呼ぶ声が聞こえる。慶彦にとって聞きなじみのある声だ。

 慶彦は声が聞こえた方に振り向く。そこには慶彦に向かって手を振りながら歩いてくる1人の青年の姿があった。特に変わった服装や特徴がない、まさにそこら辺にいそうを体現した男、小川直也。慶彦の友人である。

「おう、久々」

 慶彦は手を上げ、こちらも反応する。深淵はなんだがほっとした様子だ。

「どうだ? 最近の調子は」

「ぼちぼちだな」

「そうか、俺と一緒だな!」

 何気ない会話。慶彦はこんな何気ない日常会話がなぜだか懐かしく思った。これも深淵がそばにいるからだろうか。

「そういや…………そいつ誰?」

 慶彦の隣にいる少女、深淵を指差す直也。

「あ〜、こいつはだな……」

 慶彦はどう説明すればいいのか脳内会議をする。普通に事の成り行きを話すか、多少の嘘混じりな成り行きを話すか。どっちを話すにしても、ややこしいことになることは確定だった。

「こいつはだな……」

「契約者だよ」

「………は?」

 慶彦と直也が同時に声を出す。ほぼ、いや、完璧に声がハモっていた。

「私と慶彦は契約者。そう、契約をした2人だよ!」

「何の契約なんだ?」

 直也が深淵に聞く。意外と興味があるようだ。

「えっ〜と、ほら、あれ」

 深淵は最適な言葉が思いつかず、曖昧に返す。

「あれって何だよ?」

 直也は聞く。

「〜〜! あっ!」

 ポンッと手を叩く深淵。なにやら思い付いた様子である。自信に満ちた顔で直也を指差し、深淵は告げる。

「闇の契約。言うならば、ダークコントラクト」

「なんだ、ただの中二病か」

「違うよ!」

 深淵が速攻で否定する。慶彦は、あいつ中二病は知ってるんだ、と深淵に対する理解を深める。

 その間にわやわやと否定する深淵。よほど中二病と言われたのが嫌なご様子だ。

「はいはい、中二病の嬢ちゃん。もう分かったよ」

「何が分かったの?」

「嬢ちゃんが中二病だってこと」

「違うって!」

「うひゃー」

 ヤバいと悟り直也は逃げる。深淵は顔を赤くして直也を追いかける。ぐるぐると追われ追いかけをして直也が慶彦に声をかける。

「お前も大変だな! じゃあ俺はこれで」

 深淵に逃げるようにして直也は去っていく。何しに来たんだと慶彦は思いつつ、深淵に視線を向ける。

 可愛らしく舌を出し、べーをしていた。

 こいつは何歳なんだよ、と慶彦は疑問に思い、服屋に行こうと深淵を誘う。

 何故深淵から半ば強引に誘われた服屋に自分から誘ってるんだと思ったが、言わなかった。

 ととと、と小走りで慶彦の隣に来る深淵。ちらと慶彦の方を向き、ぷいっとそっぽを向く。

 乙女心、いや深淵心は難しいようだ。

 ご機嫌斜めな深淵。

 慶彦は余計なことをしてくれたなと直也を恨み、服屋に入店する。

 服屋、当たり前ながらたくさんの服が置いてあった。ハンガーに掛けられたたくさんの服。ちょうど時期が時期なため、長袖シャツと半袖シャツが半々の割合で置いてあった。春なのに暑すぎるせいである。

 慶彦にとっては超がつくほど久々の服屋への来店。久々すぎて新鮮な気分である。

「おー、服がたくさんだね」

 ハンガーに掛かった服を手に取り、一つ一つ見ていく深淵。もう機嫌がなおった様子である。

 ころころと怒ったり、笑ったり大変な奴だ。なんて思いながら慶彦は財布コーナーを覗きに行く。そこには多種多様な財布が置いてあった。

 革製の財布。布製の財布。更にはバリバリするタイプの財布。

「懐かしいな」

 そう無意識の内に呟きながらバリバリするタイプの財布を手に取る。

 小学生の頃、旅行に行くから財布が欲しいと言って親に買ってもらった財布。それがこのバリバリするタイプの財布。持っている物と色が違うが、形や触り心地はほぼ完璧に同じだった。

 あの頃を懐かしみ、慶彦は財布を棚に戻す。

 次は帽子見よ、と慶彦は帽子コーナーに移動する。と、一歩踏み出した時、深淵が現れる。

「どう?」

 その深淵はある1枚の服を持っていた。白色に黒色の2色を基調とし、所々にフリルがつけられている服。そう、メイド服であった。

 それを自分の体に重ねるようにして慶彦に見せる。非常に似合っていた。

「すごい似合ってるよ。てか、そんな服どこにあったんだよ」

「あそこ」

 と、深淵が指を指す。その先にあったのはセール品や在庫処分の品々が置かれている値下げカゴだった。

「随分と珍しいものが珍しい場所にあったな」

 そもそもの問題として、メイド服なんてものが店頭に並ぶこと自体珍しい。さらにはそれがセールで安いと言うのだ。珍しいと言わずになんと言うのだろう。

「慶彦、これ買おう」

「……え」

 慶彦は思いがけない言葉に情けない声を出してしまう。まさか買うというとは思ってもいなかったのだ。

「ほら! 今なら安いよ!」

 そう言って深淵がメイド服に付いている値札をつまみ、見せてくる。

 そこには13000円と書いてあった。プラモで換算すれば大型のキットが1つ買える値段である。

「いや高い。どう考えても高い」

 安いという言葉をあっさり否定する。おそらくこれも価値観の違いだろう。

「え〜、頼むよ〜」

 深淵がおねだりする。

「無理だ。買えないし買わんぞ」

 本来の目的は本棚の拝見。いいものであれば購入である。数百円ならば出せたが、万という単位になると流石に出費が痛いのだ。

「そこをなんとか!」

 両手を合わせておねだりを再びする深淵。そんなに欲しいものか? と思いながら何かいい回避方法を探す。

 正直なところ、慶彦が一言買わないと言えば済む話なのだが、それはなぜだか罪悪感がして嫌だったのだ。

 う〜むと考え、慶彦は1つ名案を思いつく。

「だったら、俺が今から抽選をする」

 と、慶彦はポケットからスマホを取り出す。そして抽選アプリを開き、お互いが見える位置にスマホを動かす。

 慶彦のスマホ。そこにはルーレットが描かれていた。円形のルーレットが8つに区切られており、ピザのような形になっている。その一切れ一切れにはそれぞれ赤、黄、青、紫、白、黒、桃、水色と色が分けられていた。

 そのルーレットを指差し、慶彦が告げる。

「何色が当たるか予想して当たったら買ってやるよ」

「おー! 慶彦太っ腹〜!」

 まだ買えることが確定しているわけではないが、深淵は大喜びである。

 確率は8分の1。色を当てるだけ。簡単なルールだ。けれど難しい。スマホによる内部抽選のため不正が出来るわけではないためその点は安全である。けれどそれが逆に怖いのだ。全色一律に確率12.5%。当たるか当たらないは確実に己の運と勘である。

「さあ、何色にする」

 慶彦は回答を急かす。焦られてヒヤヒヤさせる作戦である。ちなみに、今回の場合はあまり意味がない。

「う〜〜ん」

 慶彦は緊張する。深淵の答える色とルーレットで当たった色が同じになった瞬間、終わりが確定するのである。負けられない戦いなのだ。

 しばしの沈黙。そして

「よし、黒だね」

「当たるといいな。それ」

 ポチッとボタンを押し、ルーレットが回り始める。

 ぐるぐると目まぐるしく回るルーレット。当たりを示す矢印を黒い枠が何度も通り過ぎる。黒が当選しないよう、慶彦は祈った。逆に深淵は黒が当選するよう祈った。

 だんだんと回転がゆっくりになっていく。いつ止まってもおかしくない状況。黒の枠はまだ矢印から半回転分ほど距離がある。

 勝ったな。と慶彦は確信した。

 4分の1程度回転する。もうほぼ止まっているようなものだ。この調子ならば紫か白の枠に止まる。ふうと安心の一息をついた瞬間、ルーレットが再び激しく回転をし始める。特殊演出の発生である。

「……!!」

 慶彦はその演出が発生したのを見て息が詰まりそうになる。デメリットしかない側すれば見事なまでの恐怖である。心臓に悪い。

 勢いよく回転するルーレット。慶彦は知っている。この演出が出た時には急にビタ止まりすることを。それ故に、何が起こるか1番分からないことを。

 ごくりと生唾を飲む。慶彦にとって今後の運命を決めるルーレット。先程の深淵よろしくな言い方をすればデスティニールーレットなのだ。

 当たってもらうわけにはいかな

 ガゴンッ!

「……ウ゛エッ!!」

 矢印は黒の枠に止まった。見間違いがないほど、しっかりと矢印が黒の枠を指し示す。13000円の出費、確定の瞬間である。

「〜〜〜、やったーっ!!」

 大喜びをする深淵。その正面には絶望する慶彦。今更になってこんなことやらなければ良かったと後悔する慶彦。まさか本当に当てるとは思っていなかったのだ。

「じゃあ、一緒にレジ行こっか」

 深淵が慶彦に迫る。慶彦からすれば、その笑顔がとんでもなく怖かった。



「ありがとうございましたー」

 レジで会計を済ませた慶彦。もらった領収書にはしっかりと13000円と記載されていた。

 唯一慶彦に救いがあるとするならば、値引き以前の価格が19000円だったことだろうか。2万円払っていたかもしれないと思うと身震いがする慶彦。彼は今日に限って運がなかった。

「ありがと、慶彦」

「大事にしてくれよ。まじで高かったんだからな」

「分かってるよ!」

 紙袋に入っているメイド服を片手にルンルンの深淵。流石にここで着替えて着るのは抵抗があるらしかった。

「次はどこ行くの?」

 振り返り、聞く深淵。

「本棚を見に行く」

 慶彦は即答する。そもそも、ここに来た理由はそれなのだ。服を買うために来たわけではない。

「よし! じゃあ出発!」

 深淵は前を指差し歩いていく。その姿はへっぽこリーダーそのものだった。

「そっちじゃなくてこっちだぞ」

 慶彦は深淵の間違いを正す。ついさっきエスカレーターの場所を思い出したのだ。

「ありゃ。そっちか」

 とととっ、と慶彦の方に戻り、共にエスカレーターへと向かう。

 天井に伸びる斜めのエスカレーター。慶彦はそれに乗りまずは2階へと向かう。何かイベントでもやっているのだろう。2階からはスピーカーから綺麗な歌声が響いていた。

 2階に辿り着き、3階へと繋がる次のエスカレーターに乗ろうとした時、慶彦はあることに気付く。

 そう、深淵が隣にいないのだ。

 考えられることは一つしかなかった。

 慶彦は上ってきたエスカレーターを見下ろす。そこには案の定、エスカレーターに乗れず戸惑っている深淵がいた。

 足を出しては引っ込めて、出してはまた引っ込めてを繰り返している。どうやらエスカレーターに乗るタイミングが分からないらしい。

 はぁと慶彦はため息をつき、深淵に向かって他の人に迷惑にならない程度に叫ぶ。

「今からそっち行ってやるから待ってろ!」

 そう言って反対側にある下りのエスカレーターに乗る。世話のかかる奴だ、と内心で愚痴を吐いた。

「慶彦、これどう………」

「何言いたいのかは大体分かる。乗れないんだろ?」

「……うっ」

 深淵は苦い顔をする。図星らしかった。

「やっぱりな。ほら、俺の手握れ」

「ん……、うん」

 差し出された慶彦の手を深淵が握る。それを確認してから、慶彦はエスカレーターに乗る。

「えっ…ちょっ……!」

 慌てる様子の深淵。突然のことで頭が回らなかった。

「あ、危ない! 危険だよ!!」

「落ち着けって、ほら乗れてるから」

 そう言われ、深淵は状況を確認する。確かに、深淵はしっかりとエスカレーターに乗り、2階へと向かっていた。

「……乗れてる」

 1階の景色が眼下にあり、とても綺麗に見えた。正面を見上げれば深淵よりも1段上にいる慶彦。深淵はなんだかその姿がカッコ良く見えた。

「よっと」

「おわっ!?」

 よそ見をしていたせいで上りきってからの対応が遅れ、転びそうになる。転ばずに済んだのは慶彦の手を握っていたからである。

「そうなると思った。もう1回乗るからそんときは気を付けろよ」

 すぐ右側に設置されているこれまた上りのエスカレーター。それに慶彦は乗る。手を引っ張られ、深淵も乗る。

 後ろからは歌声が聞こえた。スピーカーからの精密な音である。

 3階に辿り着き、エスカレーターをおりる。深淵は今回は上手くおりることが出来た。適応能力が高いようだ。

 エスカレーターをおりて目の前、そこには目的の家具屋があった。ここから見ても分かるほどたくさんの家具が並んでおり、店の奥には目的の本棚が並んでいた。

「おー」

 これまた感嘆の声を漏らす深淵。山を出てから驚いてばかりだ。

「今日は見るだけだからすぐ終わるぞ」

 慶彦はそう言いながら店に入っていく。

 気づけば、握っていた手が離れており深淵は少し寂しく感じた。

 慶彦はもうとっとと本棚を見て帰ろうと思い、真っ先に本棚を見に向かう。

 その道中、ベッドやソファがあり座りたくなったが、今回は我慢した。

 本棚コーナーに着き、一通り本棚を見てみる。単純な作りの大きな本棚。前と後ろでスライドして本を取るタイプの本棚。

 慶彦はそれぞれの本棚を見て自室に合う本棚を探す。けれど、これだと言えるような本棚はなかった。

 来るだけ損になってしまったが、どのような種類の本棚があるのかは把握出来たため、まあいいかと慶彦は思った。

「帰るか………」

 深淵に話しかける慶彦。振り返ると、いるはずの深淵の姿が見つからない。

 またこれか、と慶彦は呆れた。ただ、こうなるとはなんとなく予想出来ていた。

 どうせここだろ、とベッドコーナーへと迷わず向かう。

 そこには予想通り、深淵がいた。ベッドに横になり、最高につくろいでいた。

「何やってんだお前」

「寝てる」

「…………」

 寝てるなら返事するなよ、と思う慶彦。どうせならこのままおいて帰ろうかなと思ったが、それはやめておいた。

「よいしょ」

 ボフッとベッドに腰掛ける。かなり豪快に座ったためベッドに内蔵されているバネが一気に沈んだ。

「触り心地がめっちゃいいな、これ」

 手で触り、触感でベッドを楽しむ慶彦。やっぱり本棚じゃなくてベッドを買おうかなと迷う慶彦。それくらい質が良かった。

「帰りたいんだが」

「……そのうち帰るよ。そのうち」

 そう言いながらあくびをする深淵。それを見て嫌な予感がした慶彦はバッと布団をはぐ。

「本当に寝るつもりだな、そうはいかんぞ」

「寝させて! 隣で寝ててもいいから!」

「迷惑なことすな!」

 こういう時は先に行動した者勝ちである。深淵の来ている服の襟を掴み、引きずり出す。

「うわー! 少しでいいからお願いー!」

「うるさい。お前何歳だよ」

「560歳」

 それを聞いて大きなため息をつく慶彦。外見も精神年齢もまだガキな深淵である。良くも悪くも信用出来なかった。

 それでも、1つだけ言えることがあった。

「まだまだお子ちゃまだな」

「それは違う!」



 その後、ショッピングモール内を色々と回り気づけば夕方になっていた。

 時刻 午後5時

 夕日が差し、空がオレンジ色に染まりだす頃。

 慶彦と深淵は2人、ちょうどその頃にショッピングモールを出ていた。

「今日は楽しかったね」

「………まぁ、そうだな」

「あ〜っ! 本当はそう思ってないでしょ?」

「そんなことはない」

「本当〜?」

 慶彦の顔を歩きながらのぞき込む深淵。慶彦の顔は見事なまでの真顔だった。

 深淵の顔をちらと見て、慶彦は呟く。

「でも、いい思い出にはなったかな」

 その言葉を聞いて深淵が嬉しそうに笑う。慶彦も、つられて少し笑った。

「けど、もう問題は起こさないで欲しいな」

「うげっ」

 先程までの笑っていた顔とは一変、深淵は苦い顔をする。

 いつもより更にハイテンションになっていた深淵はショッピングモールで色々とやらかしていたのだ。それはもう色々と。

「今度から気を付けてくれよ」

「……は〜い」

 反省しているのか、それともしていないのか。慶彦にはよく分からなかった。そもそも、深淵という存在自体、未だによく分かっていないのだ。

「でも!」

「……でも?」

 慶彦は聞き返す。

「いい思い出がたくさん出来たから、今日は許してね」

「…………はいよ」

 夕日に照らされるショッピングモールを背景にして、2人は家へと向かう。

 その時に見た深淵の笑顔は、とても可愛らしかった。

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