第2話


 二つのコップにココアの粉を二匙ずつ。


 電気ケトルでお湯を沸かしコップに注ぐ。


 それをテーブルの両端に置いてそのうちの片方に腰掛けた。


「あの、ありがとうございます」


 雪乃は自分の前に置かれたココアに感謝の言葉をくれた。


「いいよ。行くとこないんでしょ」


 そう言いながらテーブルの上にあったリモコンを操作して暖房を動かし始める。


 私は割と寒がりなので追加でファンヒーターも点火した。


 雪乃の方を見ると熱いコップを両手で握って手を温めていた。

 

 その指先は赤く、服に積もっていた雪を加味するとかなり長い時間外にいたことが伺えた。


 私もコップを手に取ってココアを啜る。


 熱湯で作ったのでとても熱いが私は猫舌ではないので飲めないことはない。


「いただきます」


 雪乃もそう言ってココアに口をつけた。


「……おいしい」


 雪乃は驚いたように目を丸くしている。


 私は先に味見をしたがいつもと同じココアの味だった。


「そう大した味じゃないでしょ」


「あはは、すみません。初めて飲んだので」


「そう」


 ココアを飲んだことのない人に私は会ったことが無かったが、この雪の中行くところが無い少女だ。


 そういうこともあるのだろう。


「……」


 雪乃は随分と居心地が悪そうだ。


 初対面の人間の家でココアを飲む機会などそう無い。


 私が逆の立場でも同じように感じるだろう。


 私は沈黙を苦手とするタイプでは無いがこれでは彼女が可哀想だろうか。

 

「観たいテレビとかある?」


「あ、すみません。テレビもよくわからないです」


「そう」


 残念ながらテレビはダメそうだ。


 しかしどうやら気を使われている事は伝わったらしく雪乃は申し訳なさそうに笑った。


「あの、これ飲んだら出ていきますね。あまりいてもご迷惑をおかけするので」


「家は近いの?」


「……いえ、少し遠いです」


 雪乃は少し言うべきか迷ってそう言った。


 少し遠いと言ったが今の目の動きはどう見ても嘘そのものだ。


 しかし近いと言うわけではなくおそらくかなり遠方だろう。


「もう電車もバスもないよ」


「なんとか帰ります」


「この雪の中を、こんな時間に、女の子一人で?」


 そう問い詰めると雪乃はさらに目を泳がせる。


 これは明らかに家に帰ろうとはしていない。


「この家には私しか住んで居ないから今日は泊まって行くといいよ」


「……でも」


 私の提案に雪乃は難色を示している。

 

 しかし私としてはこんな雪の中に、家に帰れそうない少女を送り出したくはない。


 しばらくして凍死体が見つかったなどとニュースで流れたら一生物のトラウマだ。


「それが嫌なら家まで送るよ。車もあるからね」


「それは……ちょっと」


「なら泊まっていきなさい。適当な服を貸すから、お風呂にも入って」


「でも」


「嫌なら家まで送る。家か、ここか、二択だよ」


 あえて警察という三択目は出さない。


 おそらく警察が一番彼女が望まない結末を招くだろうから。


「……すみません、お世話になります」


 長い長い沈黙の末、雪乃はそう言って私に頭を下げた。

 






 


 

 

 

 

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