第122話 目指す四国の頂
2019年11月末 Vandits field <有澤 由紀>
「さぁ、前半が終了し1対0。なかなか攻撃の糸口を掴めなかったVandits安芸ですが、前半終了間際に伊藤選手の単独突破からの飯島選手へのラストパスで見事に硬い守りを打ち破り先制点を奪いました。ここまで観て、阿部さんいかがでしたか?」
「K大学との試合は以前にもありましたが、その時は相手もベストメンバーではありませんでしたから。そう言った中で前半でこの結果は素晴らしいと思います。K大サッカー部とは来年の天皇杯予選でもあたる可能性が大いにありますから、そう言った意味では前哨戦となる今日の試合はお互いに是が非でも勝利しておきたいと思っているはずです。」
ここで私はグラウンドにアップをしに来た選手達の中に気になる姿を見かけました。
「あっと、ここで阿部さん。ピッチに中堀選手の姿が見えますね!長いリハビリは順調だと聞いていましたが、本日リザーブに名前が入っていましたのでもしかしたらとは思っていましたが、これは後半からの出場もあるんでしょうか。」
「見た感じは怪我をしていた箇所を気にしている素振りもありませんし、これはちょっと楽しみになってきましたね!」
実は私達は後半からの出場の可能性が高い事は事前に聞いています。しかし、これも配信を盛り上げる手段。しっかりと皆さんの期待感を高めていきます。
「おっ、コメントでも『やっと我らが得点王が戻ってきた!頼れるFW陣のリーダー復帰は嬉しい。』とのお声をいただいています。まさに、その通り!ここまでヴァンディッツFW陣はリーグ戦非常に好調で、飯島選手の7得点に始まり、幡選手5得点、沖選手・古賀選手が3得点、鈴木選手2得点とチーム総得点の34点中20点をFW陣で上げているんですね。」
「そうですね。ここに開幕戦での中堀選手の1得点がありますから、21得点がFW陣が上げた点数になります。もちろんMFの伊藤選手の3得点やアラン選手の2得点など素晴らしい活躍は多いんですが、FW登録選手全員が得点で来ていると言うのが今のチームの好調さを物語っていますね。」
それでなくても練習試合もかなりの数が組まれてきていた中で、FW陣は今年度チーム総得点のおよそ6割を叩き出しています。これは攻撃的な中盤の多いヴァンディッツメンバーの中でしっかりとFWとしての役目を果たせている結果と言えると思います。
アップの時間が終わり、選手達が控室に戻ると私達の配信席に後半出場の交代選手のメモが届きます。選手が入場してきたのを合図に会場にも聞こえるようにマイクを切り替えて阿部さんがお知らせします。
『Vandits安芸、選手の交代をお知らせします。FW19番、鈴木選手に変わりまして....FW16番、中堀貴之選手が入ります。』
サポーターの皆さんのテンションが一気に上がったのが歓声と拍手で分かります!向月の皆さんもすぐに中堀選手のコールを始めました。中堀選手はそのコールに右手を上げて応えながらも周りの選手と何度も言葉を交わしています。
やっと辿り着いた復帰の舞台、無事に試合を終えて貰いたいとその事が先に頭をよぎります。
・・・・・・・・・・
同日 <板垣 信也>
後半から投入した中堀君。動きは全く問題ありません。それどころか少し余裕を感じられるほど落ち着いて試合に入れたようです。ベンチに陣取る我々コーチ・トレーナーも中堀君の怪我の具合に関しては、リハビリ開始段階から相当に慎重な判断を重ねてきました。
今年採用されたチーフトレーナーの高橋君からも毎回のトレーニングの度に報告を貰い、判断材料にしてきました。当初の予定からしても二ヶ月近くしっかりとリハビリとトレーニングに時間を費やしました。と言うのも、中堀君自身からもチームが好調な事もあり、体幹トレーニングと柔軟性向上のトレーニングに時間を使いたいと申し出があった事もありました。
彼自身の中で今回の長期離脱は恐らく大きな転機となったはずです。チームからも会社からも一定期間離れた事で自分の事を見直す機会になれたように感じます。それは練習でのメンバーへの声掛け一つやコーチ陣とのコミュニケーションを見ていても以前より俯瞰的な見方や話し方が出来ているように思います。
ここで相手のファウルで相手陣地右サイドからのFKを獲得しました。エリア内にはうちのチームを誇るフィジカルメンバーが揃っています。身長でも相手チームよりも少しこちらが高いでしょうか。
ここまでリーグ戦を含めてCKやFKからの得点が多いヴァンディッツ。それは当然相手チームも情報としては持っているでしょう。そうでなくてもここまで絶好調の飯島君や高瀬君、そしてエリア内で存在感を放つ大西君が揃い、そこに2部リーグで得点王の中堀君が復帰して来た事でマークを絞り込む事は難しくはなっているはずです。
キッカーはアラン。うちのメインのキッカーは八木君か五月君が務める事が多いですが、右サイドだけで言うとアランがメンバーに入っていれば迷わずアランがキッカーになります。アランは練習終わりに様々なメンバーを捕まえては右サイドからのFKのタイミングや高さ、その選手の癖を見極めながら修正し繰り返し練習しています。その努力を全員が評価しているのです。
アランからのパスは吸い込まれるようにエリア外から飛び込んできた中堀君の頭にドンピシャのタイミングで合わせ、相手DFから頭一つ飛び出した中堀君が開幕戦に八木君のパスで獲得した先制点のリプレイをするかのような見事なゴールを奪いました。
他のメンバーの歓び様とは裏腹に中堀君は喜びつつも少しほっとしたような表情でベンチの高橋・樋口両トレーナーにグッと拳を突き出しました。
頼れるFWの帰還を皆で喜びました。
・・・・・・・・・・
2019年11月末 Vandits field <中堀 貴之>
復帰をした練習試合から二週間が経ち1部リーグを全勝での優勝が決まった翌日、メンバー・スタッフ全員が選手控室に呼ばれていた。話す内容は分かっているのだが、こう言った事はきちんと全員で。このチームの俺が好きな部分。喜怒哀楽、良いも悪いも皆で分け合い、共有する。
板垣監督が全員を前に発表する。
「皆さんお疲れ様です。知っている者もいるとは思いますが、来週の四国リーグチャレンジチーム決定戦に向けて、コンディション調整を続けていた中で、昨日まで行われていた地域CLの決勝リーグで高知ユナイテッドSCさんが二位を獲得し、JFLへの昇格を決めました。」
皆の表情は硬い。高知ユナイテッドさんがJFLに上がれた事は高知のサッカー界にとってはこれ以上に無いほど大きなニュースなのだが、うちとしては何とか高知ユナイテッドさんが四国リーグで停滞している間に追いつきたかったと言うのが本音だった。
「それに伴い、来期の四国リーグの枠が更に一つ空きますので、チャレンジチーム決定戦で準優勝のチームは本来なら入れ替え戦になるのですが、今回は入れ替え戦がありません。ですので、実質は決定戦トーナメントの一回戦を勝ち上がれば四国リーグへの昇格が決まります。」
何人かから拍手が起こる。これは正直に言って幸運が舞い込んできたと言える。せっかく決勝に上がれても優勝出来なければ、四国リーグ7位のチームとの入れ替え戦が待っている。そこを回避出来る事は決定戦に挑む4チームにとっては朗報だ。
本来は四国リーグは最下位のチームが県1部リーグへ自動降格になるので、一年に確実に四国リーグへ行けるチームは一枠しかない。あとは四国リーグ8チーム中7位の成績で終えたチームが四国リーグチャレンジチーム決定戦で準優勝したチームと入れ替え戦を行う。しかし、今回は地域チャンピオンズリーグでJFL昇格を決めたチームが四国リーグから出た事により、枠は二つ空いた事になる。なので、四国リーグ7位との入れ替え戦が無くなった。
「さて、一回戦の相手は愛媛の伊予砥部FCです。愛媛1部リーグの優勝チームはSK大学サッカー部なのですが、SK大が四国リーグへの昇格を希望しませんでしたので、二位の伊予砥部FCがチャレンジチーム決定戦へ参加する事になりました。」
驚く事では無い。こう言った事は他の県でも良くある事だ。高知でもウェーブオーシャンが四国リーグへの参加は基本考えていない。そう言ったチームは意外に多い。と言うのも、やはり県リーグから地域リーグに変わるだけでチームの年間活動予算は大きく変わる。特に四国はたった8チームであるにも関わらず、対戦相手の本拠地によっては200km以上の移動が必要な場合もある。県リーグの時の様に選手同士が車に乗り合わせて移動、と言う事も難しくなってくる。代替の移動手段を構えると言うその予算だけでも県リーグクラスのチームでは難しくなってくる。自家用車などで乗り合いをして移動している分には何とかなるが、四国内を移動するとなるとバス移動や列車移動、または運転手を構える等の対策が必要になって来る。その対策の為にも少なくない費用が必要になると言う訳だ。
そう言った意味でも地域リーグやJFL昇格を視野に入れないチームはいる。
「まぁ、優勝すれば問答無用で昇格なんですからね!優勝しかないっスよ!」
ホントにいつもの事ながら八木の性格には助けられる。細かい事は気にせずに優勝を目標に置く事が大事。そう。ハードルが低くなってもそのハードルを気にしてはいけない。当初のゴールを見失わない事。それが最も重要だ。
「八木君の言う通りです。シーズン開幕前から言い続けてきた事です。決定戦を優勝して問答無用で四国リーグへ行きましょう!」
「「「「「応ッッッッ!!」」」」」
・・・・・・・・・・
2019年12月 車内 <塩川 千広>
Vandits garageから東へおよそ15km、奈半利町から山へ入り北川村方面へ。
山へ入ると言っても某ポツンと番組とは違い、道はしっかりと舗装されガードレールもあるし、狭い場所は時折あってもダンプカーともすれ違えるだけの道幅の余裕はある。
延々と続く国道493号沿いを30分ほど車で行くと北川村平鍋地区に入る。そこからさらに国道から外れて山道を上がっていく。
北川村は高知県の特産品でもある柚子の産地でもある。元々は村内に自生していた柚子の木を北川村出身で幕末の志士、中岡慎太郎が村民に栽培を奨励したのが始まりとは言われているそうだが、本格的な栽培を始めたのは昭和40年以降だそうだ。
北川村内の様々な集落のあちこちに柚子畑を目にして、どれだけ柚子が支えているかを感じさせられる。高知の柚子で有名なのは馬路村と言われがちだ。自分も高知の柚子と言えば馬路村の柚子飲料を思い浮かべた。
いつも
そんな山道の先に大きな倉庫が見えてくる。倉庫の周りには段々畑の様に柚子畑が広がり、木々には真っ黄色な柚子が実っている。倉庫の前には少し広めの広場があり、そこに数人の男性達が農作業の休憩をしていた。
自分が車を停めると、男性達の一人がこちらに向かって手を振る。車を降りて自分も手を振り返し、男性達の輪の中に加わる。
柚子を収穫し運ぶ為のコンテナボックスを裏返し、こちらに渡してくれる。これが椅子代わりだ。最初は良いのかなと思っていたが、いつの間にやら慣れてしまった。男性達は珈琲やお茶を飲みながら、お菓子をつまみ、雑談をしたり明日以降の収穫の手順を決めたりしている。
「塩川も好きなの食べろよ?」
「はい。いただきます。」
籠の中に数種類の小袋のお菓子が沢山入っている。その中の一つを取ると、男性は嬉しそうにこちらに微笑む。
冴木さんだ。9月以降、冴木さんはこの北川村で生活している。もう少し国道沿いに下りていった所に柚子畑を構えている方の所で、柚子の栽培を学びながらこの場所で自分達の柚子畑を育てている。
ここがデポルト・ファミリアの新しい農園になる柚子畑だ。冴木さんは農園部の中でも単独チームとして勤務していて、メインの農園部とはほぼ交流は無い。この農園の手伝いも自らが農業ボランティアや学生アルバイトを見つけて会社に許可を取り雇い入れた。
本格的に農園部の収入と出来る柚子玉や柚子酢を出荷出来るのは来年以降になるだろうが、それでもたった半年も無い期間で新しい農産物を見つけて、畑を買い取り指導してくれる方も見つけて実際に動き始める、その速さは本当に驚いた。
アルバイトの男性達が立ち上がって作業を始めようとする。一緒に歩き出そうとした冴木さんの背中を呼び止めて二人で話をする。
「どうした?」
「裁判の方ですが、変更がありましたのでご報告に上がりました。」
自分がそう告げると、冴木さんの笑顔がスッと消える。経営者・責任者としての顔だ。東城元役員の損害賠償裁判が大きく事が動いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます