第121話 見えてくる未来

2019年11月 Vandits field <及川 司>

 原田コーチからの報告に控室に集まっていたヴァンディッツメンバーの皆がどよめいた。その報告は四国リーグを戦う高知ユナイテッドSCが全勝で四国リーグ1位を獲得し、地域チャンピオンズリーグ(地域CL)に挑戦する事になったと言う事だった。


 高知ユナイテッドSCは四国リーグに所属する高知の2チームが合流し生まれたチームで、その後は初年度こそ今治に四国リーグ優勝を奪われるが、その後は2年連続で優勝していた。今年も当然優勝候補だったが、まさか全勝で地域CLに勝ち上がるとは。三度目のJFL挑戦。やっと追いついたと思っていた背中は相当に大きい事に皆も気付いていた。


 「こちらとしてはチャレンジャーだ。まだまだ追いつけるなんて事は思っていない。恐らく今年、高知ユナイテッドはJFLに上がるだろう。そうなった時に、うちが確実に四国リーグの高知代表だと言える実力を見せなければいけない。慢心も油断も無く、気負い過ぎる事もいらない。今のままで十分だ。しっかりと結果を出していこう。まずは来月のチャレンジチーム決定戦をしっかり勝ち切る。皆も今一度、目標を見失わないようにしてくれ。」

 「「「「「応ッッッッ!!」」」」」


 もし高知ユナイテッドがJFLに昇格すれば四国リーグで戦う事は出来なくなるが、ヴァンディッツが四国リーグに昇格出来れば、相手の昇格未昇格如何に関わらず、来年3月から行われる高知県サッカー選手権大会のどこかで高知ユナイテッドと当たる可能性はある。

 高知県サッカー選手権大会とは、全日本サッカー選手権大会の高知県代表決定戦の別名であり、いわゆる天皇杯の高知県代表を決める大会になる。この先、Vandits安芸も高知ユナイテッドも四国リーグ以上のカテゴリーで年間を戦う場合は、ほぼ間違いなくこの天皇杯高知予選で毎年同じトーナメントに入る事になる。


 そう言った意味では年間を通してでは無いが、やっと勝負出来る場所にまでは到達したと言える。来年に向けてはまだまだ気が抜けないシーズンは続く。


 ・・・・・・・・・・

2019年11月 Vandits field 体育館 <中堀 貴之>

 サブグラウンドでのボールを使ったトレーニングを終えて、体育館に移り体幹トレーニングとストレッチに移る。同じく体育館には先にピッチトレーニングを終えていた岡田が来ていた。


 「お疲れ様です。」

 「お疲れ。」


 お互いにやらなければいけない事は分かっている。ゆっくりと自分のペースを乱す事無く今日までお互いに治療とリハビリを続けてきた。


 「中堀さん。来週の練習試合で復帰って聞きました。良かったですね。」

 「あぁ、ありがとう。まぁ、後半だけ様子を見ようって感じだ。でも嬉しいよ。岡田はどんな話になってる?」

 「今の具合からすると中堀さんと同じ時期に復帰を予定してたんですけど、四国リーグの決定戦とか負荷が多くなってしまう試合が続くので、ここでの復帰はまだ厳しいんじゃないかって。トレーナーや先生はオフシーズンの練習試合からが良いんじゃないかって事らしいです。」

 「そっか....まぁ、一年以上のリハビリした怪我だからな。チームとしても再発だけは避けたいんだろう。」

 「はい。それが分かってるだけに僕としても出たい気持ちと大事にしたい気持ちでモヤモヤしてます。」

 「人の事は言えないけど、焦るなって言われると余計に焦っちゃうよなぁ。」

 「ですよねぇ。」


 二人で苦笑いしながらトレーニング後のストレッチを続ける。体育館の用具庫から塩ビパイプにフェルト生地を巻いた物も取り出してくる。それを臀部や腿裏などに当てて体をゴロゴロ動かしてそのパイプで筋肉を刺激する。


 これは岡田から教えて貰ったストレッチ方法で、筋力トレーニングや体幹トレーニング等で固くなった筋肉をこの塩化ビニールパイプで刺激して柔らかくしていくイメージだ。最初はどうだろうと思っていたが、これが意外に効果があるように感じる。

 この後には安芸鍼灸接骨院の先生方にマッサージはしてもらうんだが、その先生方からも「最近ストレッチしっかり出来てるみたいだね。筋肉の張りマシになってきてるよ」と言って貰えている。


 「FWは如実にアピール激しいですからね。僕のDF陣も成田君や岸本君達、十代組がアピールしまくってますから。」

 「チームにとって岡田が戻って来てくれる事はすごく大きいだろうけど、同じポジションからすれば数少ないポジションの一つを確定されてしまうかもしれないからなぁ。特に同じ左SBが多い青木や岸本は気が気じゃないよなぁ。」

 「そうは言っても一年間もサッカーしなかったのは初めてなので、自分でも本来の動きが出来るかどうか不安なんですけどねぇ。」


 その気持ちは俺にも分かる。半年とは言え、ほぼサッカーをしなかった。しかも一ヶ月近くベッドの上に居て3ヶ月近くまともに歩けなかった。そんな生活をした事もなかったから、自分のプレイが皆の中に入る事で機能するかどうかは未知数だ。


 「まぁ、まずは俺が復帰してレギュラー組に危機感植え付けとくから。岡田もしっかり治して帰って来てくれよ。」

 「もちろんです。僕らで更にレギュラー争い面白くしましょう。」


 リハビリ期間中に気付いたが、こいつとは馬が合いそうだ。


 ・・・・・・・・・・

2019年11月 Vandits garage会議室 <古川 純>

 今日は『Vandits都市計画勉強会』の第3回の日です。こちらのチームメンバーの真子さん、高瀬、雨宮、そして僕。芸西村役場からは小松さんや高橋さんなど6名。

 そして今日から新たに笹見建設の都市開発部・設計企画部・都市ソリューション部からそれぞれ1名をお招きして、本当の意味での勉強会をさせていただく事になっています。


 「皆様、お忙しい中お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。本日の進行をさせていただきます、デポルト・ファミリア営業部所属の古川純と申します。都市計画事業においてまだまだ知識不足な我々に、今回は笹見建設様から講師と言う形でお越しいただきました。宜しくお願い致します。」


 会議室は拍手に包まれ、真子さんの柔らかな雰囲気もあり、笹見建設の皆さんも笑顔で雰囲気は良い。しかし、勉強会前に秋山部長から聞かされたのは、今日来ている笹見建設のお三方は真子さんが、ファミリア時代にバリバリ現場でやり合い続けた方達ばかりで、真子さんのたってのお願いで講師を引き受けていただけたらしい。


 『あの真子さんとやり合ってた人たちだからね?意味、分かるよね?』


 まるで脅しのようなあの言葉が頭の中を駆け巡ります。自分もこの会社にお世話になってから真子さんが設計部に来られて、真子さんの仕事に対する姿勢と情熱は本当に凄まじく、自分達も見習わなければと思いながら圧倒され続けています。


 笹見建設都市開発部の伊藤さんがこれまでの2回の勉強会での動画を事前に見ていただいた感想を最初に聞かせてくれます。


 「皆さんから以前の勉強会で提案されていた都市計画案や今の芸西村の村内の改善点やVandits field内の拡張案などを検討させていただきました。非常に面白い提案もあれば、なかなか実現は難しいですがチャレンジしてみたい提案など非常にこちらも興味の湧く物が多かったように感じました。」


 印象は良かったようです。それだけでも僕達も役場の皆さんもホッとしています。


 「そこでいくつかの問題点があがるのですが、やはり芸西村村内ではこれ以上の市街地の開発と言うモノは難しいように感じました。市街化調整ももちろんですが、それ以上に新たな建物、それも大型建造物を建てられるだけの平野部が無いと言うのが一番の理由です。」


 市街化調整とは都市計画の中である用語で、大きな一つの都市や街、村などをいくつかのエリアに分けた時に国や都道府県・市区町村がそのエリアごとに開発して良い度合いを決めていると言えば分かりやすいでしょうか。

 都市計画区域や準都市計画区域などの区域にその街や都市をエリア分けして、都市計画区域内には市街化区域と市街化調整区域に分かれていて、そのエリア毎に開発の制限などがあったりする。


 伊藤さんの話では芸西村ではやはり農村としての役割を守る都市計画が取られていて、畑を宅地変更してマンションを建てるなどは他の地域よりも認可が下りづらいとの事でした。そうなってくると平野部がほぼ田畑で開発されている芸西村にこれ以上の建物を建てようとすると新たに平野部を作る。そう、山林開発になる訳です。


 「はっきり言ってこれを一企業で負担するのは相当に厳しいと言えます。間違いなく芸西村の協力、それは開発予算も含めてですが。それを取り付けないとデポルトさんだけでの開発はかなりのギャンブルと言えます。」


 その言葉に僕達も役場の皆さんもがっくりと項垂れる。何となくは自分達でも調べていて難しいのかなとは思っていましたが、やはりこれ以上の開発は芸西村内では厳しいとの判断でした。


 「もちろん駅の拡張や新たな歩道橋の建設と言うような交通インフラの拡充は、鉄道企業等を巻き込んで手を付ける事は可能だと思いますが、畑を買い取って道を広げるとかそう言うのは厳しいかと。なので、スタジアムへのアクセスはかなり精査しないと渋滞の嵐になると思います。」

 「なるほど。と言う事はやはり当初の計画通り高知県の東部地区全体で考えていくのが現実的と言う事でしょうか?」

 「そうですね。しかし、そこに関してはVandits安芸にとってメリットのある都市開発に限定する必要があります。何もかにも手をつけていたら、Vandits安芸やデポルトさんに全くメリットの無い開発にまでデポルトさんが借り出されると言う事も地域の都市開発ではありがちです。そこはしっかりと線引きを。」


 伊藤さんの言葉に皆が深く頷きました。真子さんも何度も小さく頷いています。もしかしたらそう言った経験があるのかも知れません。


 「ただ、その中で面白いなと思った提案がありました。高瀬さんから提案された廃校になった小・中学校を賃貸で借りて、施設をリフォームして練習施設として再利用すると言う計画です。」


 伊藤さんがノートPCを操作すると会議室のモニターに提案内容が映し出されました。高知県東部にある廃校になったいくつかの小学校や中学校のリストとある程度の補修の為の予算が出ていました。


 「これは非常に面白いと思います。今、廃校された施設を使って様々な観光施設やアクティビティの施設が作られています。高知で有名なのは室戸市に昨年オープンしたむろと廃校水族館ですね。」


 皆からも「あぁ!」と言うようなリアクションが出ました。確かに室戸市の廃校になった小学校を利用して4億だが5億だかの資金を投入して作った施設で、オープン以来観光客も含めてお客さんで賑わっているとニュースで見た記憶があります。


 「あの場合は入場料を取り、黒字化させる必要がありますからかなり改修費用も必要だったでしょうし、今後も維持費含め非常に大変でしょうが、例えばその小学校をジュニアユースの練習場にするとか、もしくはそこで戦術や英語の勉強を学校とは別に行う施設にするとか。ただ小学校の場合はサッカーグラウンドの既定の広さを運動場で確保出来ない場合があるので、トレーニングや基礎練習などはその施設で行って、試合練習はVandits fieldで行うなど工夫する事も考えられますね。」


 伊藤さんの意見に真子さんがさらに付け加える。


 「近くの古民家や民宿を買い取ってその廃校でトレーニングするジュニアユースの選手の寮にするのも良いかもね。それなら大きく街の景観も壊す事は無いでしょうし、その街の小学校や中学校に転校する必要があるから当然親も一緒に移住してくる可能性がある。可能性はあるわね。私もこの高瀬君の案は面白いと思います。」


 設計企画部の服部さんもそれに乗ってくれました。


 「一度、ざっくりでも計画案を作ってみても面白いんじゃないかな?デポルトさんとこちらで次に参加できるまでに絵を作ってみても良いかもしれない。イメージもしやすくなると思うし。」


 その案には真子さんが賛成し、次回の勉強会までにイメージ画を何枚か作る事にきまりました。


 「じゃあ、うちも考えてきたいくつかの案があるから、それを提案させてもらいながらもう少し提案数を絞っていこうか。」


 ここからは笹見建設さんの案も取り入れながら、実現可能な計画案を建てていきます。少し楽しくなってきている自分がいました。

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