第120話 それぞれの頂の悩み

2019年10月 Vandits garage <常藤 正昭>

 ネットトークアプリを使っての打ち合わせが増えた昨今。特に高知県に来てからは相手の会社へ出向く事が少なくなり、それ以上に外部企業と打ち合わせがしやすくなる利点もあって、今は他社や取引先とのほとんどの会議・打ち合わせがPCで行われています。

 営業に関しては今も直接顔を合わせての交渉が残っていたりもしますが、打ち合わせ程度ならばPC会議の方が気も遣わず、相手先への交通費や場合によっては宿泊費を削減できますので非常に助かります。


 「と言うのが来期以降の流れになろうかと考えております。」


 今日は笹見建設の正樹社長と徳蔵会長、こちらは私と雪村くんが会議に参加しています。


 「いよいよ四国リーグが見えてきましたか。その後はマスコミの方はいかがですか?」

 「笹見建設さんの記者会見のおかげもありまして、今は表立って動いているような所は見受けられません。本当にありがとうございます。」

 「いえ、あれは当然の事です。元はこちらが始めた事だった訳ですから。」


 笹見建設さんはファミリアの記者会見の一週間後に同じく記者会見を開きました。ファミリアに対して賄賂を支払って仕事受注を依頼した件の社内罰が発表されました。賄賂を贈った社員は懲戒免職。役員は半年間減給、担当部署管理職は2カ月の減給処分となり、この手の社内対応としては厳しい内容となっていました。

 そして会見内で正樹社長が「ファミリアの不正を行った役員を増長させた要因はうちからの賄賂も関係している。非常に申し訳なく感じており、今後このような事の無いように厳しく対応していく。」と発表したおかげで少しファミリアに対する風当たりは小さくなったと聞いています。


 「あれだけの事があってもスポンサーの問い合わせは減っとらんと聞いておるが?」

 「はい。今のところはスポンサーを解消された3社とはお付き合いが無くなりましたが、来期以降で8社、条件次第で今季内に契約が5社。今、条件面の折り合いと金額によって対応が変わりますので、そこの調整をしております。」


 企業スポンサー(譜代衆)に関しては金額によってその扱い方は大きく変わります。企業名を試合用ユニフォームに印刷するのか、練習ウェアなのか、試合会場でのパネルはどうするか、あとはスポンサー様によっては配信時にのみ企業名を出して欲しいと言う企業もいらっしゃいます。それぞれにご支援いただける金額によって出来る出来ないがありますから、そこは交渉と金額次第と言う事になります。


 「うちは試合ユニフォームの背中部分への企業ロゴのみで構わない。じゃが、支援額のトップは譲る気はない。金額を教えられん事もあるじゃろうが、そこは何とか融通を付けて貰いたい。笹見が金額・行動・会社間の意識共有、全ての面でデポルト・ファミリアを支える。その姿勢は崩したくない。常藤、難しいとは思うが頼む。」

 「ありがとうございます。出来る限りの事はさせていただきます。と言いましても現段階では笹見建設様と支援額の次点の企業様とでは倍近い金額の開きがありますので、しばらくは問題無いかと思います。またそう言った動きがあるようでしたら、随時ご報告させていただきます。」


 本当に有難いとしか言えません。今回の事で笹見建設はVandits安芸の支援をストップするどころか今まで以上に手厚くする。その姿勢をあの報道以降、私達にもはっきり見せていただけるようになりました。


 「和馬君は変わりなく、ですか?」

 「はい。今は農園部で頑張っております。本人も笹見建設様への感謝を口にしておりました。また機会を改めて本人よりご連絡は差し上げるかと思いますが。」

 「全く!あの男は。変な所で頑固じゃのぉ。PC会議くらい参加しても良いものを。それも無理だと突っぱねた。ホントに坊は変わらんわ。」


 徳蔵会長はそう言いながらも嬉しそうなお顔をされています。しっかりと踏ん切りを付けている和馬さんに安心しているのかも知れません。

 ここで、徳蔵会長が「話す事がある。」と真剣な表情になり、正樹社長もそれに伴い表情が固くなります。何でしょう。


 「儂は来期を目途に会長職を辞する。」


 まさか。創業者であり今だ笹見建設内だけでなく建設業界でカリスマ的な存在感を示している徳蔵会長の辞任。これは社内は相当に揺れそうです。


 「年齢も年齢じゃしな。今回の事もあって一族経営の危うさも感じた。笹見に関しては今後は名誉職を作らん事にした。当然、親族での要職継続も基本は無い。」


 正樹社長と愛さんの間には三人の娘さんがいらっしゃったはずです。三女の月乃さんはまだ大学生だったはずですが、長女の華さんと次女の風花さんはグループ会社で働かれていたと記憶しています。


 「そうですか。大きな決断ですね。ご退任後も変わらずお付き合いいただけると私個人としても弊社といたしましても心強く思います。」

 「ふふふ。そこでじゃ。少し考えておることがある。常藤たちも忙しい事は十分承知しておるが、今期中のどこかのタイミングで構わんのでな、坊と真子、常藤と、良ければ雪村嬢と御岳君を呼んでおいてくれんか?日程はそちらに合わせる。儂は暇での。その代わり、直接会いたい。こちらが出向くのでな。お願いする立場で申し訳ないが、調整を頼めるか。」

 「....はい。畏まりました。今週中にご連絡を差し上げます。」

 「すまんの。宜しく頼む。」


 一体.......和馬さんと真子さんは分かります。そこに私と雪村くんと言うのも過去の事からある事でしょう。しかし、御岳コーチが同席する意味とは。Vandits安芸の事ならば板垣監督で良いはずです。なぜ御岳コーチなのでしょう。


 とりあえずはまず全員のスケジュールを調整しなくてはなりません。いやはや、真子さん。和馬さんの前に徳蔵会長に振り回される事になりそうです。


 ・・・・・・・・・・

2019年10月 上本食品 社長室 <上本 悟郎>

 部屋がノックされる。返事をして入って来たのは販売促進部と広報部を兼務している部長の上垣だった。


 「どうした?」

 「社長、デポルト・ファミリアとの相互スポンサー契約。本当にこのままで宜しいのですか?」


 その話か。社内で少し話題になったのは耳にしている。このままデポルト・ファミリアとの関係を続けて良いのかと口にしている者も少なからずいたらしいが、その後のファミリアの対応や笹見建設の記者会見を見てテレビでの報道が治まって来ると、そう言った声も聞かれなくなったと秘書から報告は受けていたが。まさかこの男から聞かされるとはな。


 「何か懸念があるのかね?」

 「あのような報道があった会社との付き合いを持ったまま、新チーム・新リーグの開幕を迎えるのは危ういのでは無いかと。」

 「デポルト・ファミリアの役員では無く、本社のファミリアの役員が起こした不祥事だと認識しているが。デポルト・ファミリアがそれによって何か罰せられるような事があったのかね?」

 「しかし、社長は同じ人物です。」

 「その社長も元になったではないか?不祥事のあった会社からは経営どころか身すら引いた。これ以上何を求めるんだ。」

 「しかし、納得されていない人はいるとの事です。」

 「納得していないのは仕事上の付き合いも無いテレビの視聴者と無遠慮なネットユーザーと、そして君ではないのかね?」

 「いえ、私は....」

 「では、言っておこう。昨年末の相互スポンサー契約を結ぶ前からデポルト・ファミリアの運営スタッフやVandits安芸の関係者からは、スポーツチーム運営の知識が皆無なうちのスタッフに対して様々な面でサポートや助言をしてもらっていた。それは今も継続中だ。そしてこの契約のおかげでデポルトの知り合いならとスポンサー依頼の営業の席を設けていただいた企業はいくつもあり、結果8社がデポルト・ファミリアからの関連で知り合えたスポンサーだ。これだけの恩恵を受けていて、あのように何とか胴体着陸を見せた企業に対して、我が社は恩を仇で返すつもりか。」

 「私は我が社の事を心配して..」


 いちいち五月蠅い男だ。一から十まで説明してやらねば気付けぬようでは、やはりチーム運営のメンバー候補から外して正解だったか。父が社長だった頃から働く男だが、定年が見えて来てこれ以上の自分の昇進が期待出来そうにないとなって焦って行動を起こしたか。


 「君はVandits安芸の練習試合で冴木君がサポーターに直接説明したあの配信を見ていないのかね?あれだけサポーターからの理解と後押しを取り戻せたチームを、危うそうだから契約を破棄する?そんな不誠実な新チームを果たしてファンから応援して貰えるのかね?」

 「いえ、私はその配信は見ておりませんので。」

 「契約相手の広報素材を確認もせず、契約内容にケチを付けるとは。君は会長にでもなったつもりか?アンゲルンの運営スタッフの皆は当然見ていて、それを踏まえた上で契約は継続して欲しいとこちらにわざわざ嘆願にきていたのだがな。君の言う継続に納得していないと言う者がもし社内にいるなら連れて来てくれ。そして私を納得させるだけのモノを見せてくれ。」

 「いや、しかし....」

 「これ以上、この件に拘るなら会長と共に話を聞く事になるが構わんか?」


 私がそう言うと上垣は眉間に皺をよせ悔しそうに一礼し、退室した。結局の所、会長である父が一番この契約に感謝しており、デポルト・ファミリアとの関係継続に乗り気なのだ。だからこそ、私の所にまでこう言った不満の声が聞こえる事はあっても、直接言いに来る者がいなかったのだ。父の機嫌を損ねてこの会社で順風満帆に出世など期待は出来ん。

 そう言った意味ではうちの会社は独裁企業なんだろう。しかし、その親子二代での独裁者によってこの会社はここまで大きくなった。文句があれば今のご時世、いくらでも転職先はあるだろう。 


 今、うちに吹いているこの風を止める訳にはいかん。何としてでも12月の開幕を無事に迎えなければならないのだ。


 ・・・・・・・・・・

2019年10月末 日高総合運動公園 <板垣 信也>

 相手MFが苦し紛れに出した前線へのパスを大西君が落ち着いて大きくクリアした瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り試合会場に詰め掛けてくれていた多くのサポーターから大歓声が起こりました。


 県1部リーグ第9節を3対0で無事に勝利して、Vandits安芸は優勝が確定しました。開幕当初の目標だった四国リーグチャレンジチーム決定戦の切符を手にしました。あと残り2節となったリーグ戦を無事に終えれば、12月の初旬に香川県で決定戦が二日間にわたり4チームのトーナメント方式で行われます。ここで優勝すれば四国リーグへ自動昇格となります。


 観客席の無いこのグラウンドに試合に支障が無いように十二分に距離を置いて応援を続けてくれた千人近いサポーターの皆様に整列して挨拶をします。サポーターの皆さんの手作り横断幕に『祝!1部リーグ優勝!四国リーグ行くぞ!』と書いてくれています。

 そう。もちろんこれで行けた訳ではありません。決定戦に勝たなければもう一度1部リーグを勝ち上がらなければならないのです。この一年の努力をもう一度、と言う事になってしまいます。一年を通しての強さとは別のトーナメント戦、1試合、短期決戦の強さを求められます。


 サマーブレイク後、言い方を変えれば会社の体制が変わった後、チームにも変化が訪れました。今まではゴール裏への挨拶の際は感謝の礼と拍手のみだったのですが、監督もしくはキャプテンの挨拶が毎試合ではありませんが入るようになりました。

 向月さん達の尽力などにもより、Vandits安芸のサポーターとの揉め事は現状で起こりえないだろうとの判断からです。しかし、それもカテゴリーが上がり連敗などがあれば起こらないとは限りませんので、状況を見ながらと言う事になりました。


 それとなく観客の皆さんを見渡しますが、やはり和馬さんは来られていないようですね。優勝の瞬間に立ち会っていただきたかったのですが叶わなかったようです。こう言った部分は非常に強情と言いますか頑なと言いますか、しっかりと線引きを中途半端にせずしっかりと守られています。


 メンバーの皆も寂しい部分はあるでしょうが、会社に戻れば会える訳ですから。まずは自分達がしっかりと結果を出すと言う事が、この先の自分達が望む未来に繋がっていると信じて邁進するしかありません。


 企業からプレゼンされた選手評価システム『Player Rating Assessment System』通称PRASプラスの導入も来シーズンから試験的に行われる事になりました。企業側からもこのシステムの評価が絶対評価にならないよう、現場とのコミュニケーションや選手を直接見て判断する評価もシステム内に盛り込めないか等の研究は今後も現場に関りながら続けていきたいと前向きな言葉も貰えています。


 恐らくこのシステムの導入はレギュラー当確線上にいる選手達の心を少なからず揺れ動かすものになるはずです。それすらも自分の糧に出来る強い精神力、これはシステムでは数値化出来ないものでしょうから。

 我々でしっかりと導いていかなくては。

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