第119話 女達の戦い
2019年9月 Vandits fieldサブグラウンド <山口 葵>
今日はサブグラウンドを使ってジュニアユース・安芸高校・女子部合同の練習が行われています。3チーム合同となると人数も多く、40人近いメンバーがしかも世代も幅が広くなります。小学校高学年から成人メンバーまで。当たり前の事ですが、同じメニューと言う訳にもいきません。
基本的には女子部の高校生以上のメンバーが安芸高校組に入り、女子部中学メンバーがジュニアユース組に入る形で二組のトレーニングに分かれます。
安芸高校組のトレーニングを原田コーチと中堀さん。ジュニアユース組を御岳コーチと望月さん・尾道さんが見てくれています。今日のトレーニングから女子部には優も参加する事になり、早速挨拶をしています。
「なでしこリーグ三重上野FCから移籍してきました、井上優です。ポジションはGKです。女子部をなでしこリーグへ昇格させられるように全力で頑張ります。宜しくお願いします。」
元気いっぱい笑顔いっぱい。特に小学校の子供達からの拍手が大きい。挨拶の内容もあまり色々と話しても子供達には難しいので簡単に分かりやすく。そう言う気遣いが出来る優は本当に後輩からも先輩からも好かれるプレイヤーです。
安芸高校のメンバーに混ざり、試合形式の練習を行います。安芸高校はレギュラー組で、私達は控え組に加わります。
「良いよぉ!下手にディレイ狙わなくても良いから。思い切って勝負かけても良いからね!」
カウンターをかけられた時に女子部の高校生DFの弥生(齋藤)が味方が自陣まで戻る時間を稼ぐために相手のボールホルダーと一定の距離を取って攻撃を遅らせるディレイの行動を取らず、一気に体を寄せてボールを奪いに行きました。
結果的には相手FWも上手く弥生を抜く事が出来ず、後ろをカバーしていたMFにボールを返す形になってしまい、その間に味方が自陣に戻る事が出来ました。
「弥生!!遠慮いらないから!取れると思うなら一気に詰める。抜かれる事を迷わない!迷うのが一番良くないからね!!」
「はい!!!」
「その時にしっかりカバーと他の選手への指示、頭に入れとく。自分だけで突っ走るは基本無し。良いね?」
「分かりました。」
後ろからの優のアドバイスに私が細かく補足を入れます。自分のプレイが良い結果に繋がったので弥生の表情も明るいです。こう言った時に修正やアドバイスを伝えると本人も頭に入りやすいものです。
「美咲!!カバーはそれで良いから!!逆サイド駆け上がってくる選手へのケアとサイドへの指示は絶対に怠らないように!!由衣!!中盤でのバックパスへの対応は完璧。でも出来るなら弥生がボール奪えた時の対応も頭に入ってると尚良いかな。」
「「はいっ!!」」
ホント、皆練習出来るのが嬉しいんだろうな。ま、私も同じか。
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<中堀 貴之>
練習が少し休憩に入る。部員達に休憩しながらでもこちらは構わず指示や修正を伝えていく。この後は6対5や4対3などの練習になるが、これも女子部にも入って貰っている。
「こうやって見るとやはり井上選手と山口の指示能力の高さがこの先の女子部の大きな成長要因になりますね。」
15分の休憩中に原田コーチや同じく休憩に入ったジュニアユースを指導している御岳コーチや望月・尾道とここまでのお互いの練習での所見を共有する。
「卒業して数年経っているとはいえ、全国優勝常連校を引っぱってた二人。女子部の基本戦術も経った数日で共有して、しっかり指示に織り込ませとる。GKとしてどうして欲しいのか、中盤としての組み立てはどう考えているのか、それをチームの方向性として年下メンバーに徹底して叩き込む。その中で積極性や独自性を躊躇や遠慮させないように、チャレンジした事にもしっかりと評価をしてやる。はっきり言って儂も勉強させてもらっとるよ。」
「はい。ピッチ内にしっかりと舵取り出来るメンバーがいてくれるのは助かります。どうしても我々はダメな部分を修正させようと否定的な指導が先に立ってしまいますが、二人の指導は全くの逆ですね。」
山口も井上選手も基本的に「あれがダメ、これがダメ」と言う指導は絶対にしない。メンバーがチャレンジした事にはしっかりと理解を示してあげて、「こうすれば尚良かった、こういう選択肢もあったからそれも頭に入れとこう」と言う言葉遣いが多い。選手からしても自分が良かれと思ってしたプレイを否定されるのは正直言えば面白くないし気持ち的にも少し落ちる。それをさせない目的があるんだろう。ホントに参考になる。
ジュニアユース世代や学童の子達には間違いなくこの指導方法の方がテンション高く練習を続けられるはずだ。俺も取り入れていこう。
今見ていても休憩中も井上選手は積極的にメンバーに話しかけてコミュニケーションを取っている。加入したばかりでしかも年上と言う事もあり、相手側からはなかなか遠慮して話しかけづらいだろう雰囲気を率先して壊してくれる。しかも、女子だけじゃなく安芸高校のGKの子にも話しかけている。ホントに頭が下がる。
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<斎藤 弥生>
楽しい!小学校の時も中学校の時もサッカーを続けて来て、今日くらい楽しいと思えた日は無かったかも知れません!
女子選手で15歳の中では私は身長は高い方(168cm)で、高校に入って更に伸びている感じもあります。葵先輩には「身長だけで充分女子のDFでは武器になるから。今度は弥生自身の武器を身に付けていこう」とチームに加入した時に声をかけてもらえました。
その中で女子部に加入してから私が個人的にチャレンジしているのは『デュエル』を意識したボール奪取です。実はセレクションで合格した時の面接の時点で、葵先輩からチームに合流するまでに体幹トレーニングを始めて欲しいと言われていました。面接後にすぐに携帯に私の体に合った体幹メニューを男子チームのトレーナーさんと考えてメールで送っていただけた事は本当に驚きでした。
そのメニューはもちろん加入後も継続して続けていて、由衣先輩にも教えていただきながら少しずつ自分でもトレーニングの意図が理解出来るようになってきました。
今、プレイ中に気を付けているのは中途半端なクリアボールやルーズボールに対する処理の仕方と、1対1の時の判断の早さと体の寄せ方、そしてさっきも言われた他の味方へのフォローの指示です。
一度に色々な事をし過ぎてもパニックになるし中途半端になってもいけないから、この事を常に頭に置く事を徹底しています。実際にトレーニングの成果も少しづつ出ているのか、同級生の男子の当たりにもあまり体勢を崩されなくなりました。
それでも拓斗君みたいに速さで対応されるとまだ勝負出来ないので、そこに関しては拓斗君に練習後に「1対1の時にどう言う守備をされたらイヤ?」と直接質問して参考にさせてもらっています。
中学の時も小学校の時も指導してくださった先生はサッカーに詳しくなかったので、私達女子は「とりあえず怪我しないようにしなさい」としか教えて貰えず、練習も自分達で調べてするしかなかったんです。それが、安芸高校に来たら女子選手沢山いるし、年上の先輩方とも練習できるし、何より全国大会やプロで活躍されていた選手の方もいて、私に何が足りないか、何が向いているかを教えていただけるのが本当に嬉しくて楽しいんです!!
まだまだ先輩たちが望むような選手にはなれませんが、高校卒業するまでには女子部のSBに齋藤がいないと困ると言われるくらいにはなりたいです。
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2019年9月末 Vandits field監督室 <森 慎也>
練習後に強化部が監督室に集まりまった。現在強化部に所属しているのは樋口さんが部長で、監督、金子さん、岡田さん、そして僕。そこにコーチ陣のお二人も入ってくれているが、将来的には会社としても選手が強化部所属から外れる事が出来るように人員の雇用を進めたいそうだ。
樋口「って言うお話らしいんですけど、近日中に監督・コーチ含めて強化部で事務所に来られる日を作って貰いたいそうです。相手方もその日に合わせるとの事です。」
今回、会社からサッカー部に話があったのは、外部のベンチャー企業から申し出があって、そのベンチャー企業が開発した選手の評価ソフトを使ってみてくれないかと言うモノだった。
ざっくりと聞いた話によると、選手の身長・体重はもちろんの事、プレイ中に起こるアクションを全て点数評価して、それをスタメン起用や将来的にはスカウトの場面に役立てられるようにするためのソフトらしい。
例えば試合中の走行距離やダッシュ数などはうちでもGPSタグを使って測っているが、その数字が他のチームや海外リーグ所属選手に比べて高いのか低いのか、クリアする本数、ヘディングや空中での競り合いの数とその成功率、選手ごとのプレイの得手不得手をはっきりと数字で示し、それをチームに合わせた評価計算する事によって、うちの戦術に向いている選手は誰なのかが分かると言うモノらしい。
相手企業としてもスタメン起用などよりは、どちらかと言うとスカウト業務で利用してもらいたいのではないだろうか。で、出来るならば技術指導やその後の評価判断なども含めて出向と言う形で社員をチームに加えて貰いたいと。そんな所だろう。その辺りはコーチ陣の皆さんとも意見は一致している。
「こればっかりはしっかり相手から説明受けない限りは判断出来ませんね。」
原田さんがはっきりと言い切る。いつでもそうだが原田さんは自分の考えを濁したりして伝える事をしない。それが僕達もそうだが監督も非常に助かってる。監督からすれば、提案する側の意見に迷いが無いのは最終判断する上で非常に助かるだろうし、僕達も上からの指示に迷いが無いのは大いに助かる。
森「ですね。チームに合わせた評価計算って所も詳しく聞いてみないと。有名選手がどう言った評価で上がるのかを判断材料にするしかないのが難しい所ですね。」
御「選手評価もついにパソコンの時代か。儂等の場が無くなっていくのも分かる気がするの。しかし、データは忖度や感情を含まない不動の評価だろうしな。聞いてみる価値はあると思うが。」
板「はい。これに関しては僕だけでは無くコーチ陣はもちろん、強化部全員で打ち合わせに参加して貰うつもりでいます。」
樋口「では、運営部と強化部の打ち合わせを明日の練習前に。相手企業のプレゼンを今週か来週の休養日に入れてもらう形で提案します。」
樋口さんは体育大出身らしいけど、大学の講義でマーケティングや経営方面の授業も受けていたらしく、常藤さんや冴木さんからの部長職としての評価も高いと聞いている。僕の追いかけるべき背中は樋口さんだ。樋口さんが早くトレーニングコーチに専念できるように自分が成長して信頼を勝ち取らなくては。
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調理部ミーティング <佐藤 泉>
「engawaがオープンして一ヶ月。調理部としての判断を運営部に挙げたいから意見をドシドシ募集します。」
調理部の部長を任されている管理栄養士の幸枝(田中)さんが皆に意見を求めます。調理部はスタート当初は選手寮の食事を作る事だけだったので栄養士2名、調理師2名のスタッフでしたが、engawaがオープンするのを機に栄養士3名、調理師6名に増えました。engawaはそこに調理スタッフとしてアルバイトの方が何人か入りますが基本的に栄養・調理の学校で専門的に勉強された事のある方が雇用の条件となっていますので、採用は意外に狭き門です。
「正直言って今以上に営業時間を伸ばすのは難しいですね。仕込み時間が足りないのもありますが、何よりホールスタッフがまだ慣れていないので接客はもちろんですけど、提供スピードもこれ以上遅らせるとクレームに繋がります。」
幸「やっぱりそうだよねぇ。他の皆はどう?....うぅ~ん。やっぱりそうかぁ。じゃあ、調理部の総意としてまだしばらくは....そうね、年内は営業時間と曜日は延長変更はしないように提案しましょう。」
幸枝さんは元来の性格の明るさもあって、調理部のお母さん的なポジションになっていて人当たりの柔らかい話し方は話し合いでも非常に円滑に進める要素になっています。
「選手寮に本陣、そこにengawaですから。少しキャパオーバーな感はあると思います。今後に関しては確実に人員を増やさないと正規スタッフの負担がどんどん大きくなると思うんです。」
幸「そうね。恐らく将来的にはジュニアユースの県外組やユースが設立されたらそれの選手寮も出来ると思うの。そうなってくると今の倍くらいの人数はいないと回らないわね。」
泉「もしくはどこかに調理センターじゃないですけど、一括して仕込みや調理が出来る場所を用意していただくか。正直言って少人数でいくつかの場所に分かれて仕込みをしていますから、手間と人数が余計に必要になってるって言うのもあると思うので。」
皆がうぅ~んとそれぞれに悩んでいます。自分で提案しておいてなんですが、調理センターとなればそれなりの場所と建物と資金が必要になりますから、なかなかおいそれと運営部に提案できる事でもありません。
幸「選手寮が増えたりするのは一年単位、もしくは数年前の計画段階で運営からもこちらにも話はしてくれるから雇用は間に合うと思うのよ。問題は連携と手間だよねぇ。」
「今回のengawaの事も含めて、一度運営部には人員の事を提案してみても良いんじゃないでしょうか?」
幸「そうだねぇ。分かった。じゃぁ、常藤さんに聞いてみるよ。確かにここまでengawaの忙しさが落ち着かないとも考えてなかったからね。対応を考えていこう。」
会社にとっても調理部にとっても嬉しい悲鳴なのですが、体が悲鳴を上げないうちに対策を練っておきましょう。
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