第118話 女子セレクションと取材

2019年8月 Vandits field <原田 幹久>

 Vandits安芸女子部(仮)のセレクションが行われる。参加メンバーは加入が確定している井上優と現段階での女子部のメンバー7名を合わせた30名で行われる。

 試合形式で25分ハーフで2試合行われ、練習やアップも見させてもらう。俺と御岳さんがピッチ内で審査して、観客席からは及川と中堀・岡田が見てくれている。こちらの意見は参考程度に聞かせてもらう事になっている。今回に関しては運営から学生も含めて最大でも12名の合格に収めてくれと言われている。


 女子部に関しては今年度は練習試合以外は何も出来ない。公式戦やリーグへの加盟も来年度からになる。しかも、今回の合格者が絶対に加入してくれると言う保証はない。合格は当然今日言い渡すが、実際にチームに合流するのは学生の場合は年度末、社会人の場合も仕事関係を含めてすぐの合流にはならない。

 それも踏まえながらの審査になる。


 練習を見させてもらうとやはりと言うか、実力にはかなり開きがある。当たり前だが目を引くのは山口や井上、渡邉と言った全国大会経験のある選手がどうしても目立つ。その他にも気になる選手はいるので、御岳さんと共有し御岳さんにも判断して貰う。

 試合形式の審査が始まる。


 「全員で!!全員で!!!良いよ良いよ!!........フッ!!」


 井上が相手FWのシュートを横っ飛びでライン外へボールを弾き出す。やはり最終ラインへの指示、ボール・相手選手への体の詰め方、コース取り、どれを取っても現状で太鼓判しか押せない。


 「大丈夫!!大丈夫!ナイストライだから!!しっかり切るよ!」


 コーナーキックになった後も、声を出しながら連携など皆無の最終ラインやエリア内を守る自分のチームの選手に対して耳打ちや背中や肩をポンと押して、位置の修正をかけたりマークして欲しい選手を伝える。


 試合は二試合目で25分ハーフとは言え、何人かの選手には疲れが見え始めている。相手選手のコーナーを井上がジャンプでしっかりキャッチすると、そのまま相手選手も味方選手も追い越して、エリア内ギリギリからパントする。


 正確なパントキックの先を走っていたのは、まさかの中嶋と森田だった。待ち構える相手DFは3人。中嶋がパントキックを上手くトラップし、その勢いのままDFを一人置き去りにする。オフサイドは無い。相手DFも相当に疲れているようだが、中嶋には疲れが見えない。中嶋はGKをしっかり見据えたままシュート....と思ったら、真横を走る森田にボールを流し逆を突かれたGKは体勢を立て直すのが間に合わず、森田がそのままボールを流し込んだ。


 「ナイスぅぅぅぅぅ!!!!よく走ったぁぁぁぁ!!!」


 自陣の最後尾にいる頼れる守護神から嬉しい賛美が飛び、二人は息を切らしながらも腕を上げて応える。そこで試合終了のホイッスル。さて、面接を含めた実技合格発表だ。


 ・・・・・・・・・・

同日 本陣 <常藤 正昭>

 セレクションの実技が終わり、これからは面接になります。私と雪村くんが契約面での確認で同席しますが、基本的には全て原田・御岳両コーチにお任せする形になります。選手によっては来年度からの生活がガラリと変わる人もいるはずですので、そちらの確認漏れが無いように同席します。


面接【井上 優】

 選手としての契約などは既に済んでいますが、形式上面接を受けていただく事になったようです。原田コーチが面接を始めました。


 「本日はお疲れ様です。井上さんに関しては契約なども終わっているんですが、うちの運営部とはまだ顔合わせしていなかったので面接に参加していただきました。」

 「はい。三重上野FCから移籍させていただきました。GKの井上優です。これからチームにも会社にも貢献できるよう頑張ります。宜しくお願いします!」


 ハキハキとした口調でお辞儀もしっかりしています。参考資料では社会人経験は工場ラインでのアルバイト経験ぐらいしか無いようです。しかし、原田コーチとしては強化部への配属を希望しており、恐らく数年内にプロ契約となる選手との見解です。


 「代表取締役と運営統括部の部長をしております常藤正昭と申します。今回はVandits安芸の女子部への移籍を希望していただき、驚きと共に非常に嬉しい報告をいただきました。井上選手は世代別代表にも選ばれ、昨シーズン今シーズン共に絶好調にも関わらず、まだチームとして形を成していないこのチームを選んでくれた理由は何でしょう?」

 「はい。山口葵さんともう一度一緒にサッカーをする為です。」


 答えに迷いがありません。井上さんと山口さんの関係や今回の移籍のきっかけも当然聞いてはいるのですが、やはり本人からしっかりと聞いておきたいと思い質問してみました。


 「幼い頃からのお友達と伺いました。」

 「はい。親友であってサッカーの師匠で、ライバルです。高校で彼女が怪我をして治療の為にサッカーから離れて、もしかしたらこのままサッカーを辞めてしまうかもと不安な時もありましたが、彼女が就職していた御社でスポーツ事業を興された事でもしかしたらとずっと気にしておりました。女子部の設立をVandits安芸さんの配信で聞いた時に、もう行くしかないと。そう決めて移籍を希望しました。」

 「そうでしたか。それほどの存在ですか。山口くんは。」

 「はい。彼女とサッカーをもう一度出来るなら草サッカーでも海外リーグでも、私は追いかけます。彼女には感謝しか無いので。私をここまでのGKにしてくれたのは間違いなく彼女です。そして、これからも私が成長していく原動力の一つだと断言できます。」

 「なるほど。期待しております。」

 「はい。お任せください。」


 まるで軍隊のような返事にその部屋にいた全員が笑い始めてしまいました。本当に楽しい人です。その後、以前に希望を聞いていた住居の候補をこの後雪村くんと共に内見に行っていただく予定です。


 その他の方も非常に楽しみな方は多かったですが、こればかりは年を越してみなければどれだけの方が残ってくれるかは分かりません。それを楽しみにしましょう。


 ・・・・・・・・・・

2019年9月 安芸市『apaiser(ペイジ)』 <三原 洋子>

 「おはようございまぁ~す!engawaでぇ~す!」


 早朝、開店前の工房に八木君の元気な声が響きます。デポルト・ファミリアが経営する直売所とカフェに卸すパンを取りに来てくれたみたい。今日は珍しく八木君です。最初は八木選手って呼んでたけど、本人から「普段は八木で良いっスよ」と言って貰えて、それ以来八木君と呼ばせてもらっています。


 黒い帽子から髪が出ないようにしっかり被り、大きめのマスクをしてくれています。会社からうちの工房に入る時には帽子とマスクの着用を徹底するように指導を受けているようです。ホントに助かります。


 「今日は八木君なんだ?」

 「農園部、今日畑の畝作りと作付けで忙しいんで、俺、じゃない!僕が来ました。昼からは僕らも手伝うんですけど。」

 「そっか、毎日だと大変だね。」

 「そうですねぇ。でも、西村さんからも指導して貰って何とか棚をスカスカにするような事にはならずに済んでます!!」


 笑顔で冗談を言う八木君と笑う。最近では直売所のえんがわに野菜を卸してくれる農家の人も少し増えたって聞きました。こうやって少しずつ輪が広がっていくと良いんだけど。


 「来週のリーグ戦、頑張ってね!」

 「もちろんっス!負けらんないっスから。」

 「....冴木さんは?」


 私の質問に少し表情が固くなる八木君。聞いてはいけない事かもしれないけど、サポーターの皆はずっと気にしています。


 「前みたいに練習見に来てくれたり試合来たりはたぶんもうないですけど。電話で練習どうだ?みたいな会話はしますし、会社でも全く顔合わせない訳じゃないので。元気ですよ。でも、なんか新しい畑の事で忙しい見たいっス。」

 「新しい畑?」

 「あっ!嘘っス。内緒!」


 ホントに可愛い。そんな八木君に納品分とは別にパンを一つ差し出します。首を傾げながら受け取ってくれる。


 「新しいパンの試作。あんずジャムで作ってみたの。今度、感想聞かせて。あと、こっちのビニールはengawaの皆さんへの差し入れ。同じあんずパンね。」

 「うぉぉぉぉ!!!美味そう!!!有難う御座います!じゃぁ、お預かりします!」


 そう言ってパンを積み込み帰っていった。元気そうで何より。試合も楽しみ。

 新しい畑?何かまた新しい事始めるのかなぁ?ホントに飽きさせてくれないなぁ。冴木さんは。


 ・・・・・・・・・・

2019年9月 Vandits garage <杉山 富夫>

 「はい。確認させていただきました。本当に綺麗に撮っていただいて有難いです。今後ともまた宜しくお願いします。」


 ネットトークを使ってPC上で打ち合わせをしています。相手は地元のテレビ局『南国放送』様。『南国放送』『高知テレビ』『いごっそTV』の3局が高知県のローカル放送局です。

 今回はオープンしたばかりの直売所とカフェを夕方のニュース番組で5分ほどの特集を組んでいただける事になり、取材後に編集と字幕テロップ・BGMが付いた状態の動画に放送当日に生放送で読み上げるナレーション原稿をデータで送っていただき、最終確認をさせていただきました。最終のOKを出しましたので、明日のニュースで取り上げていただける予定です。


 「本当にこの度は有難う御座います。取材を申し込んでいただけたのは南国放送さんだけですよ。」


 本社、いえ、元本社の報道があり、冴木さんがまだデポルトの表に出ていた頃は東京や大阪から記者が来て追いかけまわしていましたが、冴木さんが代表取締役を下りて農園部の仕事を本格的に始めると記者たちの姿は一切見なくなり、地元の新聞社やテレビ局からの練習試合の取材なども一切なくなりました。


 いえ、その中でも南国放送さんだけは足を運んでくれていて、夕方のニュースで本当に十数秒、試合結果を伝えるだけでも取材をしてくれています。


 「いえ、もう四国リーグも見えて来てますし、来年になればJFL昇格だって考えなきゃならないでしょ?うちとしてはヴァンディッツさんを先んじて取材させていただける事は他の局に比べても大きなアドバンテージですから。」


 そう言って担当の南部さんは笑ってくれます。高知テレビなどはうちと一悶着あった事もあり、今回の報道でそら見た事かと言いたげに練習試合を取材に来ていました。そのあからさまな態度に運営部も今後一切付き合いは無いと断言したほどでした。


 「そう言っていただけると嬉しいです。JFL入りが決定した際には企画持って来て下さい。出来る限り相談乗りますので!」

 「嬉しいですねぇ!と言っては何ですが、杉山さん。一つご相談があるんですが。」

 「はい。何でしょう?」


 それは南国放送さんのキー局『日乃本テレビ』の四国4県のローカル局が合同で2月末の日曜昼間に2週連続2時間の観光特番をすると言うのです。高知の南国放送さんの担当が南部さんで、今企画を練っている段階だそうです。


 「高知県西部で行くスポットはすでに決まったんですが、東部地区がまだ決めかねていて。良かったら、Vandits fieldを取材させていただけないかと。」


 断る理由などありません。即答でお願いしました。4局ごとにスポットを回る出演者は違うらしく、ある程度のキャスティングは出来ているらしいのですが、誰がどの県を回るかはまだ本決定していないそうです。


 「杉山さん、出来れば本陣の中や食事処にキッチンカーが来てる所なんかも撮れると試合の時の臨場感もあって良いと思うんですが。」

 「取材予定はいつ頃ですか?」

 「12月から来年1月末を予定してます。」

 「では、どうでしょう?出演される方のスケジュールにもよるでしょうが、うちが12月と1月に4試合ホームでの練習試合を組んでいます。その時に取材していただくと言うのは?もちろん出演者の方の警備などはこちらで用意させていただきます。」

 「本当ですか!?いやぁ!それは....ちょっと待ってくださいね....うん、、そうだなぁ。イケそうな出演者の方がいらっしゃるので、すぐに交渉してみます。来週までに一度打ち合わせさせていただいても良いですか?」

 「もちろんです!こちらも会社に通しておきますので。」

 「うわぁ!ちょっと楽しみになってきましたよ!観客席にお客さんがいるってのを見せられるだけでも迫力ありますし。いやね、実は他の3県でもJ入りしているチームへの取材を考えたらしいんですけど、試合風景撮れないじゃないですか。」

 「そうですねぇ。規制厳しいですからね。」


 Jリーグ入りをすると試合の放映権はチームには無くなる。なので、気軽に取材して地元のニュース番組で流すみたいな事はおいそれと出来なくなるんです。


 「まぁ、その点うちは練習試合ですから。相手チームの了解があれば取材は大丈夫です。と言うか、うちでホーム戦する時点で配信がありますから、相手チームの方には許可はいただいてるんですけどね。」

 「じゃあ、その辺もまた次の打ち合わせでご相談と言う事で。」

 「分かりました!」


 電話を切りました。このマスコミ・テレビ業界ですので、言ってる事を全て鵜呑みにしているとうっかり裏切られる事もありますが、とりあえずは取材していただけるつもりで話を進めていきましょう。


 うん。チームに良い報告が出来るように詰めていきます。

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