第123話 いざ、決定戦へ

2019年12月 北川村 <冴木 和馬>

 塩川がファミリアの損害賠償請求の裁判の事で北川村にやって来た。ファミリアは離れたが、当然裁判の事は逐一報告は受けていた。と言っても、裁判に移る手続きを取っている途中だったはずだ。その中で何か動きがあったのか。


 「ファミリアは今回の損害賠償請求を取り下げる判断になりました。」

 「........どう言う事だ?」


 簡単な話だった。東城が横領した金と会社が受けた損害、そこの金額の落としどころをあちらの弁護士が計算して示談を申し入れてきたと言う事だ。そうは言っても東城は既に業務上横領罪で身柄は拘束されていて、恐らく裁判でも実刑判決が言い渡されるはずだ。こちらとしてはそれ以上の請求は出来ないだろうと言う判断だったのだが、それでも損害賠償請求の裁判を起こす事でファミリア内では話はまとまっていたはずだった。


 「東城側の弁護士から実刑判決の有る無しに関わらず、ある程度の金銭での示談で損害賠償請求の裁判は起こさないと言う約束を取り付けたいみたいです。」

 「もしかして....」

 「はい。東城議員からの横槍です。」


 体にずしりと重い物が乗りかかる感覚を覚えた。東城の父親は当選回数11回を誇る現職の国会議員だ。さらに言えば兄も地方議員を務めていたはずだ。


 「兄の国会進出の為に悪いイメージは一日でも早く打ち消したいと言う事か。」

 「東城は恐らく母親の経営するエステ企業の中に放り込まれる事になりそうです。」

 「くそっ!」


 なにもかもが想定の最悪のパターンになった。東城は実刑は受けるが、その後は結局親の脛をかじりながら時を待つ。ほとぼりが冷めれば、母親の企業の役員にでもいつの間にやら座っているはずだ。恐らくそこまでには十年くらいはかかるだろうが。


 「ファミリアとしては乗るしか無かったんだろうな。」

 「まぁ、今後のホテル進出の事も考えれば県知事から国会議員、そして国土交通大臣を経験した相手を敵に回すのは冷静な判断とは言えませんので。」

 「あんなバカ息子でも放っておけなかったと言う事か。」

 「あんな馬鹿だからこそ、放って置いたらまた次に何を仕出かすか分からないから手綱を強力にしたと言うのが正解でしょうね。」

 「なるほど。」


 塩川の例えに思わず苦笑いが込み上げた。俺が全てを投げ打って必死に会社を守ろうとした流れは老獪な国会議員の一言で全て掻っ攫われた形になった。


 「当然ですが表立っては示談に議員が関与した事は発表しません。恐らくこれから先、東城は警察の取り調べはもちろん、裁判の中でも恐ろしいくらいに反省していると連呼するようになるでしょう。そうして実刑判決が出れば、ファミリアがそれで東城本人の反省を十分感じているとして損害賠償請求はしないと記者会見をすると言う流れになるでしょうね。」

 「反省している人間に更に裁判なんかしようもんなら、こっちが悪者にされかねないって事だな。」

 「まぁ、それくらいの印象操作は出来るくらいにお知り合いは多いでしょうからね。あの議員様なら。」

 「俺も日本トップの魔窟を覗き込む趣味は無いからな。仕方ないとしなければいけないか。」

 「林取締役は申し訳ないと冴木さんに伝えてくれと何度も仰ってました。」


 思わずため息が出る。林は何も謝るところでは無い。会社を存続し、早くこう言ったネガティブイメージを払拭するには今回の話には乗らざるを得ない。下世話な事を言えば、これで戻って来るはずの無かった損害が戻ってくるのだから。


 「まぁ、完全にオフレコで示談を進めるのは無理だろうけど、それに関してはあちらに全てを被っていただこう。こちらは金銭での示談を提案されたので、実刑との合わせ技で納得したってシナリオが一番反感は少なそうな感じだろうな。」

 「そうですね。まぁ、これに関してはテレビでコメントしている有識者なども問題が起こった直後から、こちらの対応と笹見建設さんの会見を評価する人が多かったですから。マスコミとしてもこれ以上弄っても面白みが無いうえに、下手に弄るとテレビ局のスポンサー問題に発展する恐れがありますので。この辺で芸能人スキャンダルとか別の話題を見つけるしか無いと言ったところでしょうね。」


 急遽訪れた結末だったが、それでも恐らく判決が出るまでには追起訴も含めて半年以上はかかるだろう。今後も色々と気は抜けそうにない。


 俺は塩川と一緒に山間の景色を眺める。この景色があったから俺は柚子園をこの土地で始めようと思った。様々候補に挙がっていた新しい農園は実際に足を運んで、その土地で何が栽培出来そうか、今後の発展は望めそうか等、色々と判断をさせて貰って北川村を選んだ。


 まずは借りられる畑全てに既に柚子の木が植えられていたと言う事。そして土地の持ち主がご高齢でこれ以上の農作業は厳しいと言う事で土地の売り手を探していた所だった。その土地の所有者の方がもう一人、同じ平鍋地区で柚子を栽培していたご高齢の家族を紹介してくれ、そちらの畑も今後買い取る事を前提に今年度は借りられる事になった。

 畑の広さだけで言うと相当に広い。倉庫から下に続く土地にはテニスコートを縦に二面繋いだくらいの広さの畑が段々で18枚。そして倉庫を更に山へ上がっていくと大きな柚子畑が広がっている。たぶん広さ的にはサッカーコート二面くらいの広さがある。合わせておよそ3ha。これが一人目の方の土地。


 二人目の方の土地は少し離れた場所でおよそ1.5haの広さの柚子園を管理されていた。二人合わせると4.5haの広さがあり、これは今農園部が管理している畑と梅林を合わせた広さに匹敵する。それをご指導いただきながら8人のアルバイトスタッフと共に草刈りをし、今年はとりあえず収穫して農協へ出荷する。来年からは土地の名義も変わり、出荷先のメインは『えんがわ』となる。


 「皆が畑で楽しそうに仕事をしてるの、ちょっと分かるようになってきたんだ。」

 「日に焼けましたね。以前よりは健康的に見えますよ。」

 「そうか?体使う事なんて一切してこなかった人生だったからなぁ。農家の皆さんの大変さをデポルト・ファミリアを立ち上げてからこの数年。分かって来ていたつもりだったけど、全然理解してなかったな。こりゃ、大変だよ。」

 「それでも楽しいですか?」

 「....そうだな。疲れた体で倉庫前のこの景色を見る度に、今日も頑張ったなぁって思いながら家に帰るのがたまらないな。」


 まだ農家の皆さんの何を知ったと言う訳では無い。入口にすら立てていない事は分かっている。それでもこうして畑で汗を流す事が出来ているのが嬉しい。


 「これで自分の仕事は終了になります。林取締役からも通達が来ました。」

 「そうか。ファミリアに戻りたいなら戻っても構わないぞ?」

 「林取締役からも好きな方に行けばいいと言っていただけてますから、デポルトに残らせてください。」

 「良いのか?」

 「やっと誰からも疑われずに仕事を出来るポジションになれるんです。ぜひ、お願いします。」

 「そうか。分かった。塩川からも話して貰うが、常藤さんからも連絡して貰うように言っておくよ。」

 「有難うございます。」


 塩川の本当の所属先は本社の人事部の人事査定の部署になる。この部署は公に誰が配属されているか発表しない。部署がある事は組織図には書かれているが、配属が正式に発表されているのは人事部のメンバーだけで人事査定担当は役職だけが公に発表されている。

 それは社員はもちろん役員や管理職に対する査定も行う為、人間関係や仕事上で不都合が起こらない為である。塩川はその人事査定の中でも役員を担当しており、この人事を知るのは人事部長と塩川が所属した当時の社長である俺と今の社長である林、そしてファミリアから独立した事で伝えてた常藤さん。この4人しか知らない事だ。


 大学を卒業して新卒社員で人事部にいきなり配属された塩川だが、その性格が誰にも忖度せず人物眼・データ眼共に非常に判断が冷静で公平で、そう言った事もあってすぐに査定担当に配属になった。デポルトに異動になったのも査定担当がどうやらリサーチ部にいるらしいと東城があたりを付け、幸か不幸かその嫌がらせと言うやり玉に当たってしまった事が原因だ。


 「さて、もうひと仕事して帰りますかね。塩川、遠いトコまですまないな。」

 「いえ、ではまた。」

 「あぁ。」


 塩川の車を見送る。山を下っていく車を見ながら、我ながら想像しない場所に来たもんだと笑ってしまった。


 ・・・・・・・・・・

2019年12月 Vandits field <常藤 正昭>

 field内の駐車場には大型の観光バスが停車しており、Vandits安芸の選手・スタッフと社員が集まっていました。Vandits安芸は明後日から始まる『四国リーグチャレンジチーム決定戦』に向けて、会場となる香川県に出発します。

 今日の午前中に香川入りし、午後と明日は調整の為に現地のグラウンドを借りて練習して明後日からのトーナメント戦に挑みます。


 Vandits安芸のメンバーと社員達が向かい合うようにして整列しています。そこに一台の軽トラックが入ってきました。運転席から降りて来たのは和馬さんでした。集まっていた皆さんからも少しざわつきを感じます。

 今まで事務所等で偶然居合わせる事はあっても、こう言った形で行事やイベントへの参加は代表取締役を降りて以降は一切してきませんでした。しかし、今回のヴァンディッツメンバーの見送りに関しては、運営に関わる訳でもありませんし一社員として参加出来ると判断しました。


 「すまんすまん!!柚子の出荷を終わらせてから来てたら遅れた!!」


 昨日収穫した柚子を今日も出荷してから来たようで、慌ててきた事が和馬さんの作業服姿からも窺えます。和馬さんの作業服姿を見るのが初めてなメンバーもいたようで、「本当に農作業をしてるんだ」と驚いた様子です。

 さて、そろそろ始めましょう。板垣監督がまずは社員の皆さんへ挨拶します。


 「この度はVandits安芸の為に集まっていただき誠にありがとうございます。また、このような立派なバスまで用意していただいて本当に有難く思います。」


 県1部リーグの優勝が決まった10月末の時点でいつもレンタルバスなどでお世話になっている芸陽バスさんと大型観光バスを1台、年間でレンタル契約しチームロゴとエンブレムの入った深緑色の外装にラッピングしていただく事が決まっていました。

 当初はバスはすぐに使えるようにしてラッピングは来シーズンからと言う予定でしたが、芸陽バスさんが頑張っていただけたようで「四国リーグチャレンジチーム決定戦までに間に合わせます」と前倒しでラッピング作業をしていただけました。


 バスの外装は左右にチームロゴとエンブレム、背面にはチームキャラの『せんじゅ丸』がプリントされています。正直言って県リーグクラスのチームには不釣り合いな待遇ではあるのですが、こう言った部分でも他のチームやサポーターに「ヴァンディッツは四国リーグやその先に対しての意気込みが違う」と言う所を見せる意味でもバスのラッピングは行おうと話し合って決めました。


 「しっかりと四国リーグへの切符を手に出来るようにチーム全員で一丸となって挑んで参ります。ぜひ会場でもその姿を見ていただけたらと思っています。」


 全員から拍手が起こります。決定戦のある二日間は全社員休日にしています。かと言って観戦は義務付けていません。観戦に行きたいメンバーに行ける理由を作る為に休日としました。今の段階で40名程が行く予定なので、こちらもバスを用意しています。

 監督の次に私がチームに向けて激励の挨拶を行います。


 「ついに近付いてきましたね。しかし、何の心配もしていません。むしろ、県1部・2部共に優勝の瞬間に立ち会えていない私としては、四国リーグ昇格の瞬間に立ち会える楽しみが勝っています。」


 皆さんから笑いが起こります。そうなんです。これだけサッカーが好きな私なのですが、見事に昇格のかかった試合の時には外部企業との打ち合わせや外せない業務があり観戦出来ていなかったのです。


 「皆さんが今日まで積み上げてきた物をたった一日に集約しなければなりません。年間リーグとは違います。たった一試合が来年一年間の活動を大きく変える事になります。皆さんの全てを発揮していただきたいと思います。」


 メンバーの皆さんの目にやる気が満ちているのを感じます。さて、この方に振らない訳にはいきませんね。


 「さて、和馬さん。一言お願いして良いですか。。」


 和馬さんが苦笑いをします。これは運営行為ではありません。一社員が激励の挨拶をするだけです。


 「久しぶりのメンバーも多いな。皆、体調はどうだ?あと二日あるがしっかり整えておいて欲しい。俺も農作業始めて皆の大変さが骨身にしみて分かったよ。これだけの作業の後に練習してた皆は本当に凄いな。そして、ちゃんと結果も出してくれた。」


 メンバーの皆さんは誇らしげです。和馬さんは真剣な表情で皆さんを見ています。


 「しかし、その努力もたった一試合で一年のスケジュールをもう一度繰り返す事になる。これはJ3やJ2で昇格出来なかったなんて事とは訳が違う。良いか、四国リーグは今年昇格するんだ。JFLまでは足踏みしてる余裕は無い。全員がそこは理解してくれていると思ってる。やれないなんて思ってない。鼻から疑いもしてない。お前達なら出来る。それだけの努力とチーム運営はしてきた自信が全員にあるはずだ。頼むぞ、ヴァンディッツ。明後日、皆で、四国リーグ昇格を祝おう!」

 「「「「「応ッッッッ!!!!」」」」」


 ヴァンディッツメンバーとスタッフがバスに乗り込み、出発します。バスが見えなくなると和馬さんはパンッ!と手を叩き振り返ります。


 「さて、午後の作業があるから俺は北川村に戻ります。明後日、ここでまた会おう。じゃあ、皆頑張って!!」


 満面の笑顔で軽トラックに乗り込み去っていきました。秋山くんが苦笑いしながら話します。


 「いやぁ、和馬さん。間違いなく農作業するようになってキャラ変わりましたよね。何か柔らかくなりました。」

 「農作業ももちろんだけど、やっぱりあの日のスタジアムでのサポーターと向き合った事が大きかったんじゃないかしら。そんな気がする。」


 秋山くんの言葉に坂口くんが答えます。確かに何か吹っ切れたような印象があります。和馬さんも一つ成長されたと言う事でしょうか。

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