第113話 夢の続き
2019年6月30日(日) Vandits field <常藤 正昭>
ゴール裏へと向かう和馬さんを選手達は戸惑いながら見つめています。それは監督やコーチの皆さんも同じようです。
誰かがきっかけを作らなくてはいけません。
私が和馬さんの後を追うように歩き始めると、選手の皆が驚いてこちらを見ています。私はチラリと選手達を見て声をかけます。
「何をボーッと立っているんですか?和馬さんを一人で戦地へ赴かせるのですか?私達はこれからも一丸で臨むと決めたのでは無かったのですか?」
私がそう選手に問いかけると、監督が選手に声をかけます。
「行きましょう。全員で受け止めましょう。」
すると、選手・スタッフが和馬さんを追うように歩き始めます。その光景に観客の皆さんからは動揺なのでしょうか、ざわついた雰囲気を感じます。
和馬さんがサポーターの皆さんに頭を下げるその後ろに私達は整列し、その背中を見守っていました。
・・・・・・・・・・
<三原 洋子>
今までお見送りタイムの時に話をしてくれた事はあったけど、初めてゴール裏へ冴木さんが来た。サポーターとは一定の距離を置くって決めていた冴木さんがどうしてゴール裏へ?
あっ!マイクとか何も持ってないじゃん!それに....
私はすぐに自分の足元から小型の拡声器を手に持って後ろを振り返りました。観客席の最後列。安芸高校のサッカー部が囲うように座っている中心に、タクはいました。タクの顔が知られてるとも思わなかったけど、万が一の事があるといけないので、安芸高校サッカー部の皆でタクをガードしてくれていたんです。
「タクッッ!!」
私の呼ぶ声に反応し、ゆっくりと前にやってきます。最前列で私達の隣で。一番に冴木さんの言葉を受け止めなきゃいけない。
私は拡声器を冴木さんに差し出す。冴木さんは困ったような小さな笑顔で私から拡声器を受け取った。
一度、拡声器を顔に近付けて、止めて、話す事を悩んでるのかな?
その時、浩伸君が大きな声で冴木さんに想いを届けました。
「考えなくて良いから!!あんたの声を聞かせてくれよ!!大丈夫だから!俺達、ちゃんと受け止めるから!!」
観客の皆からの拍手があたたかい。冴木さんは頭を下げながら、手をスッと上げて拍手を止めた。拡声器のスイッチが押される。
『カッコ悪いな....皆への説明が遅くなって申し訳ない。ちゃんと話をしなきゃいけなかったけど、遅くなった。ホントに申し訳ない。皆にも心配をかけて申し訳ないと思ってる。これまでずっとヴァンディッツと一緒に歩いてくれてた皆を裏切る形になってしまって。』
タクの苦しそうな顔が私達の胸を締め付ける。
『運営から離れる事になりました。....なりましたって言うか、俺が決めた事なんだけど。........人によっては俺が運営離れる必要なんてないって声もあったけど、それはちゃんと責任者としてけじめをつけたかったからで、ちょっと我儘みたいな感じなのかも知れない。でも!!大丈夫やにゃって思ったがよ!あの、大評定祭の皆の盛り上がりを見て、こないだの皆が歌ってくれたチャントを聴いて。こんなサポーターが、国人衆が付いてくれてるなら、大丈夫やって。だから、踏ん切りが付いた。』
一生懸命話してくれているのが分かる。だから、黙って聞きます。冴木さんの声以外は何も聞こえないピッチと観客席。段々とメインスタンドや反対側のゴール裏にいた観客の人達も私達側のゴール裏へ移動してきていました。
『会社の形は変わってしまうけど、運営も含めて全員が目指していくモノは変わらない。これからもしっかりと昇格に向かって、Jリーグ入りを目指してチームは進んでいくので、皆にもこれからも....』
「及川選手との約束はどうすんだ!!!」
観客の誰かからの声が響きます。冴木さんも含め皆がその声の方向を見ています。
「一緒に行くんじゃないのか!!諦め..」
『諦める訳ないだろうがッッ!!!!』
誰かの声をかき消すくらい冴木さんは我を忘れたように叫びます。こんな顔の冴木さんを見たのは初めてでした。
『司だけじゃない!こいつらと....一緒にJリーグ行きたいって思ってるよ!!諦める訳無いだろうが!!!この中の誰よりも!!俺がっ!!俺がっっ!!!誰よりもこいつらをJリーグへ連れて行きたいって思ってるよ!!!じゃなきゃ、こんな大変な思いまでしてチームなんか作るか!!!』
感情に任せた言葉を吐き出す冴木さんのその睨み付けるような目に涙が見えていました。私達の前ではいつでも冷静で笑顔で楽しそうで、そんな冴木さんの涙でした。
『でも....ちゃんと責任は取りたいんだ。だから、俺は運営から離れてしまうけど、このチームと一緒に、皆と一緒に、見えない場所からだけど、歩いてるから。』
そう言って後ろに並ぶ選手・スタッフの皆さんを見渡します。そして私達に向き直りゆっくりと深々と頭を下げます。
『こいつらの事、........頼みます。』
必死に感情を殺しながら、涙を堪えながらの冴木さんの言葉に、私もいつの間にか涙が流れていました。どう思われても良い。他のどんな心無い言葉に刺されても構わない。私は、彼がもう一度私達と一緒にスタジアムで喜び合える日まで、チームと歩み続けると誓います。
頭を下げ続ける冴木さんに拍手を送ります。その拍手はだんだんとだんだんと大きくなり、そして声援と共に喝采へと変わります。
「待ってるぞ!!!」「ヴァンディッツは任しとけ!!」「また一緒に楽しみましょう!!!」
涙で一杯の私とタクと浩伸君が観客側を向いてヴァンディッツコールをリードします。2000人を超えるヴァンディッツコールがスタジアムに響きます。
いつか彼が戻る日を信じて。私達は明日から、いえ、今日からまた共に歩み始めます。
・・・・・・・・・・
2033年 スペイン <冴木 和馬>
「始まりますね。」
大観衆のカンプ・ノウ。俺達が見つめる先には深緑の見慣れたユニフォームを来た選手達がいた。スタジアムを分けるようにして振られる真紅のフラッグと深緑のフラッグ。
「ここまで来ましたね。」
俺の隣でワクワクした子供の様な笑顔の常藤さん。そうだ。夢の舞台に俺達はいる。
高らかに鳴らされるホイッスル。それと同時に湧き起こるスタジアムが揺れるほどの大歓声。この舞台に俺達は辿り着いた。
「さぁ、魅せてくれ!ヴァンディッツ!!!」
あの日の夢の続きに、俺は立っている。
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