第112話 最後の言葉

2019年6月23日(日) Vandits garage <常藤 正昭>

 電話の向こうの声をふぅっとため息を吐きます。今日の試合の結果と試合後の事を報告しました。和馬さんは申し訳なさそうに返事をします。


 『そうですか....やはり試合会場にもそう言う人はいましたか。』

 「はい。アルコールが入っていたようですが。当然ですがリーグ側からは罰則も注意も無かったそうです。こちらにも何もアクションはありませんでした。」

 『まぁ、予想通りですね。』


 まぁ、運営側から何か行動を起こして貰えるとは鼻から思っていません。事なかれ主義・日和見主義。言い方は違えど、試合運営に差し障るような問題が起こらなければ基本的にはノータッチと決め込んでいるのでしょう。特に今回は試合終了後の事ですしね。


 しかし、今回はサポーターの皆様に助けられる形となってしまい心苦しく思っています。最悪のケース、サポーター同士の喧嘩に繋がっても可笑しくない事例でした。今の状況でスタジアム、ましてや公式戦で問題を起こす事はマスコミの格好の餌食になります。公式戦出場自粛や練習試合の中止なども『今回の一件でチーム運営に暗雲』などと書かれ兼ねません。


 東城の身柄確保からまだ1週間も経っていません。横領に関してはほぼ件数も金額も判明しましたが、賄賂に関しては本当に今分かっているもので全てなのかどうかの判断が付きません。

 ファミリアが創業以来、お世話になった企業の名前がいくつもありました。まさか笹見建設の名前まで出てくるとは思いませんでした。判明した半年前の時点で和馬さんと創業メンバー全員で笹見建設へ説明と謝罪に伺いましたが、正樹さんも愛さんも笹見の社内で厳格に処分を下すと仰っていて、こちらには「笹見にも非は十二分過ぎるほどある。ファミリアさんが謝罪に来る必要は無い。当然、社内コンプライアンスや他社との取引状況などを詳細に再チェックするが、これをもって当社が御社との関係を見直すつもりも無い。」と断言してくださいました。

 何よりVandits安芸へのスポンサー契約や支援も変わりなく継続するとお約束いただけました。それだけでもチームにとって九死に一生を得る報告になりました。


 「しっかりと勝ち点も重ねられましたので、コーチ陣の皆さんも1部でも十分に勝負の出来るチームにはなっているとの判断です。」

 『中堀と岡田を怪我で欠いている状態でも県リーグで連勝で来ているのは本当に選手一人一人の実績のおかげだ。四国リーグに向けてまずはしっかりと挑戦権は手にしないとですね。』

 「はい。」


 と言うのも四国リーグ加盟の為には県1部で1位を取ったとしても、他の四国3県の1部リーグ優勝チームとの『四国リーグチャレンジチーム決定戦』に挑まなくてはいけません。4チームでトーナメント方式で行われ、優勝チームは四国リーグに自動昇格となりますが、準優勝のチームは四国リーグの下位2位のチームとの入れ替え戦に挑まなければいけなくなります。

 ですので、高知県1部で優勝出来たとしても四国リーグへそのまま行けると言う訳では無いのです。このチャレンジチーム決定戦で負けてしまえば、来年もう一度県1部で優勝して決定戦に挑まなければいけなくなります。年間のリーグ戦だけではない短期決戦の強さも今後は問われるようになります。


 和馬さんはその後、我々運営部とは一切連絡を取ろうとしません。しかし、ヴァンディッツの結果くらいはと私が勝手に押し掛け電話をしています。まだ警察の聴取や会社から押収されたデータなどの調査が終了していない為、東京を離れられていない和馬さん。


 今はリサーチ部の塩川君が和馬さんとチームを組み、新たな農園の候補地を検討しています。これに関しては和馬さんからの要望で、極力は現状のメンバーを崩したくないとの事で塩川君だけが新規農園のチーム入りをしました。恐らく農園の場所が決まり、動き出すとなれば人数を構える事にはなると思うのですが、これに関しては私達にも詳細が上がってきていない為、この先どう動くのかは未定です。


 和馬さんとの電話を終えると真子さんが私の席へとやってきました。


 「良いんですよ。連絡なんかしなくても。」

 「申し訳ありません。こればかりは私の性格によるものですので。」


 真子さんは「仕方ないなぁ」と言うような表情で苦笑いをしています。『一社員として扱う』。思っているよりも難しい事です。真子さんは以前から会社の事も家庭ではお話にならないそうです。仕事と家庭は分ける。徹底されています。


 「でも、良かったんですか?新規農園の件、任せちゃって。」

 「和馬さんが発案者ですから。さすがにお任せしようかと。」

 「知りませんよぉ~。振り回されますよぉ~。」


 私の顔の前で人差し指をクルクルと回す真子さん。お道化た顔で私を脅かします。


 「確かに発案される時などは時折驚かされる発言や行動はありますが、しっかり計画立ててその後はやっていただけると言うイメージですが....」

 「それ、責任者である時のあの人ね。今、責任のあるポジションじゃないでしょぉ~?」


 なぜでしょう?そう言った前歴が無いにも関わらず、胸がざわりとします。


 「常藤さんもファミリアから考えたら私達と長くお仕事してくれてますけど、常藤さんが転職してくれた時には既にあの人は代表取締役だったから。私達創業メンバーが役職に就いたのは創業してから二年後だったけど、それまでのあの人はホント暴走機関車だったからなぁ。いやぁ、今思い返してもホント振り回されました。」

 「そこまで....ですか?」

 「良い意味でストッパーが無くなるんですよね。もちろん誰かに迷惑かけたりするような事はしないし、それで会社に損害出るような事はしないんだけど、こんな事したら楽しいよねぇとかこんな事思いついたんだけどぉとか言ってとんでもない計画ぶち上げたのは一度や二度じゃないです。」


 会社に迷惑や損害は無いと聞いてほっとしますが、それでも振り回されるとは。一体どんな事をしてきたんですか。和馬さん。


 「一番の驚きはある日、午後に創業当時の狭い事務所に帰って来て、俺達の仕事に興味持ってくれる人を取引先さんが紹介してくれたんだよぉ。皆で話を聞きに行かないかって連れていかれたのが、笹見さんの所だったんです。」


 ........ちょっと、待ってください。確かに笹見建設とうちの付き合いは創業間もないころからだとはお聞きしてます。たしか有名企業の福利厚生の為に作られた宿泊施設のリノベーションを手掛けた時に自分達だけでは手が足りず、笹見建設さんを紹介していただいたと聞いています。


 「ちょうど台栄(福利施設のリノベーションを依頼した企業)さんの仕事で手が足りてない時だったから、建設関係の企業を紹介して貰えるって言われてまさか笹見建設だって言われた時には、全員でそのまま既製品のスーツ買いに行ったんだもん。」


 思わず頭を抱えてしまいました。誰に相談するでもなく、誰かと行動を起こすでもなく、たった一人で笹見建設とのアポを取り付けられるトークスキルとプレゼン能力。はっきり言ってファミリアや私の前職の会社を含めても、和馬さんのこの能力は他者に比べて極めて高いと言えます。


 「はぁ....少し怖くなってきました。」

 「まぁ、さすがに大丈夫だとは思うけど、新規事業の草案の一つや二つは覚悟しておいてください。」


 こうして話を聞いていると、やはり彼には代表取締役と言うモノは重みでしかなかったのだろうかと愚考してしまいます。そんな役職に祀り上げず、自由を持って動けるポジションにしてあげられていたら、ファミリアは、デポルト・ファミリアはもしかしたらもっと良い方向に転がれていたのではないかと。

 過ぎてしまった事をあれこれと考えた所で、現状が変わる訳ではありません。今は少しでも彼をフォロー出来るように体制を見直すだけですね。


 ・・・・・・・・・・

2019年6月30日(日) Vandits field <有澤 由紀>

 今日の練習試合も無事に勝利を収める事が出来ました。しかし、ピッチも観客席も、そしてスタッフである私達にもいつもとは違う緊張感が漂っています。


 試合開始前のアップタイムに『試合後にチーム運営責任者より今後のチーム運営に関する説明をする』と発表しました。

 今日はライブ配信もありますからチャット欄でもかなりコメントが乱れ飛びました。そして、今日のライブゲストは久しぶりの宗石さんです。と言うのも、宗石さんのマネージャーである水木さんから「出演料はいらないから今日だけは出演させてもらえないか」と相談があったそうです。


 試合が終わり、選手達も一度控室に戻りましたが観客の皆さんは帰る気配がありません。今回のこの運営側からの説明。当日に急遽発表する運びになりました。事前に発表すると間違いなく試合会場の混雑が予想され、近隣へご迷惑をおかけする事もあると判断しての対応でした。


 『只今よりVandits安芸、チーム運営統括責任者の常藤正昭より皆様へお話がございます。』


 試合会場に落ち着いた声のアナウンスが流れます。阿部さんにも今日はアナウンスで参加していただいていました。配信は3人で行い、非常に盛り上がる内容となりました。


 常藤さんがスーツ姿でセンターサークルまで歩いていきます。それに続くように全選手・チームスタッフがベンチ前に並びます。


 『本日、スタジアムにご来城の皆様、配信でご覧になられている皆様、私、Vandits安芸の運営統括責任者の常藤正昭と申します。本日は皆様にお話ししなければならない事があり、試合終了後にこのようなお時間をいただきました。』


 少しのざわつきがありますが、会場のお客様は皆さん常藤さんの話に耳を傾けてくれているようです。野次なども覚悟していましたが、今のところは心配無さそうです。


 『Vandits安芸の運営会社であるデポルト・ファミリア、これは東京にあります株式会社ファミリアの子会社であります。ファミリアに関しては皆様もご承知の通り、役員の不正・不祥事により代表取締役の辞任とその他役員の報酬減額などが発表されております。』


 一体どんな反応が帰って来るのか分からないまま常藤さんも話をしているはずです。選手の皆も手を後ろで組んで真剣な表情で話を聞いています。


 『皆様には多大なご心配とご不安を与えてしまった事と思います。本社で起こった不正・不祥事ではありますが、一つ、間違いなく断言できますのは、と言う事です。とは言え、同じ企業の中に属する者としましてデポルト・ファミリアとしましても今一度、社内コンプライアンスと社内事業内容をチェック、見直しをしておる所でございます。』


 一部の観客の方から拍手が起こります。しっかりとデポルト・ファミリアが不正には関わっていないと断言した事は、少し時間はかかってしまいましたが皆様にお話しする事が出来ました。


 『今回、金銭の絡む不正ではありましたが、一つの企業・団体を運営していく上で常にこう言った事が起こらないように努める事が大事であると考えています。Vandits安芸としましても今回のような事だけでは無く、どういった事で国人衆・譜代衆の皆様、そして応援していただける全ての皆様を裏切ってしまう事に繋がるか分かりません。そう言った事が起こらないように、デポルト・ファミリアだけでなく、Vandits安芸としても社内コンプライアンスの徹底と教育は進めていく所存でございます。』


 先ほどよりも少し拍手が大きくなりました。まだどう言った反応を示すべきか迷っている方もいるようです。


 『そして、ここでデポルト・ファミリアの前代表取締役の冴木和馬より皆様へお話をさせていただきたいと思います。』


 観客の皆さんから一気にざわめきが起こります。冴木さんが高知に来ている事も今日登場する事も一切漏れる事の無いようにしていました。何より冴木さんが高知に到着したのは1時間前。それをすっぱ抜けたマスコミがいたとしても、ここにいらっしゃる皆さんは試合を見ている時間でしたから、気付けたかどうかも分かりませんし今の所冴木さんが高知にいるとネット記事には掲載されていませんでした。


 冴木さんが選手入場口から現れると、観客の皆さんのざわめきは更に大きくなります。千佳ちゃんがワイヤレスマイクを冴木さんに渡します。冴木さんはセンターサークルに向かわず、ピッチ手前で歩みを止めました。

 そしてピッチに向かって一礼します。その行動にもまたざわめきが起こりました。冴木さんが四方に頭を下げて話し始めます。自分はピッチには入れない、そう言う事でしょうか。


 『皆様、この度は株式会社ファミリア元役員の不正報道により多大なご迷惑とご心配をおかけしました事を前代表取締役ではありますが、最高責任者であった立場としてここに謝罪致します。誠に申し訳ありませんでした。』


 冴木さんが頭を下げますが、常藤さんを始め他の皆はそのまま直立不動です。これは冴木さんから厳命されていた事です。『不正に関係するのはファミリア。お前達は関係ない。頭を下げる必要は無い。』との考え方でした。こう言った事があると関連企業も含め、謝罪する事が普通なのですが冴木さんはそれをさせませんでした。


 『6月26日を持ってデポルト・ファミリアの代表取締役を常藤正昭氏にお願いし、私自身は籍はデポルト・ファミリアには残しておりますが、運営・責任者の立場からは離れ、一社員として今後デポルト・ファミリアで勤務する形となります。』


 チャット欄では、『結局会社には残るのか』『責任取るならデポルトも辞めるべき』とのコメントも見られますが、それを上回っているのが『冴木さんの気持ちは記者会見で聞いている。これからは一社員として頑張って貰いたい』と言う意見でした。


 『今後もまだご心配をおかけする場面があろうかと思いますが、常藤氏を先頭に皆様に愛していただけるチームを成長させ続けてくれると信じております。この度は本当に申し訳ございませんでした。』


 深々と頭を下げる冴木さんに拍手が送られます。ゆっくりと頭を上げた冴木さんは再度四方のお客様に頭を下げて、退場するのかと思いました。


 しかし、冴木さんはマイクを千佳ちゃんに返し、ゆっくりとVandits安芸のサポーター側のゴール裏へと歩いていきます。まさか、予定にありません。ベンチ前に戻っている常藤さんも困惑の表情です。


 ゴール裏に着いた冴木さんはサポーターの皆さんにゆっくりと頭を下げました。

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