第111話 心無い声

2019年6月19日(水) Vandits garage <常藤 正昭>

 全体ミーティングが終了し社員の皆さんが帰られた後、会議スペースで私と真子さん、そして雪村くん、秋山くん、坂口くん、杉山さん、北川君、山下くん、高瀬君、及川君・板垣監督でノートPCの画面を見つめています。画面には当然、和馬さんが映っています。


 「大変失礼いたしました。」


 私の謝罪に会議室には笑いが起こります。和馬さんも苦笑いをしながら頭を掻いています。


 『いやぁ、ビックリしました。でも、気合入れてもらいましたから。』

 「早く戻って来られるように頑張んないとですね!」

 『いや、それは俺達で決める事じゃない。』


 山下くんの言葉に和馬さんが否定的な考えを示しました。和馬さんとしては運営部から自発的に和馬さんを代表取締役へと復帰させる動きは見せるべきではないと言う考えのようです。やはりサポーターや世間の動向を見て判断するべきだろうと。


 『俺達の方からその動きを見せれば、批判的な意見はどうしても出るだろうし、たぶんそう言う意見は肯定的な意見より目立ってしまう。だからこそ、今は俺がいなくても会社もチームにも問題は無いって所をしっかり見せなきゃいけない。』


 皆さんの表情が引き締まります。会社としては運営面で、チームとしては成績がしっかり安定していれば、否定的な意見を待ち構えている方々(アンチ)からすれば最大のツッコミ所を潰せる事になります。

 『あぁ言う騒動があったからやっぱりチームは勝てなくなった』などと言う、どういう関連があるんだと言うような無理矢理なアンチコメントなどにも、勝ちさえしていればしっかりと反論が出来ます。そこに内容が付いて来れば更に良いのですが。


 『焦る必要は無いよ。俺が会社を辞めた訳じゃないんだ。少しづつやっていこう。』


 そんな中で和馬さんがサプライズな発表をしました。


 『あっ!そうだ。山下。学生達とのイベント企画、山下と渡邉が担当してやってみてくれ。出来るだけ彼らの意見が出やすい雰囲気を作ってやってくれ。』

 「あっ!はい。頑張ります。」

 『それと芸西村のインフラ整備と都市計画の事なんだけど、祥子さん、秋山、それぞれの部署で任せられる人はいるかな?』


 この計画はこの先まだまだ実施するまでに時間のかかるモノではありますが、恐らく会社の肝入りの事業になります。経験の少ない者を置く訳にもいきませんが....


 『出来れば祥子さんと秋山は設計部・営業部の統括に集中して貰いたい。それにそろそろこうやって大きな仕事を任せられるメンバーも育ってきたと思うんだ。』

 「設計部としては真子さんしか思い当たりません。他のメンバーには申し訳ないですがまだ任せられる人材は。出来れば高瀬君と雨宮さんを勉強の意味で付けたいとは考えていますが。」

 「営業部としては古川君を推します。リサーチ部との橋渡し役としても非常に気が回りますし慎重な面もあるので、しっかりと判断出来ると思います。」

 『分かった。じゃあ、リーダーを古川にしてサブとして真子を付ける。その下に高瀬と雨宮を付けよう。高瀬はわからない事はどんどん聞いて計画途中で真子とサブを入れ変われるくらいの成長を期待してる。』

 「はっ、はい!!!」


 こうしてどんどんと若い社員達を責任ある仕事に関わらせていく。ファミリア時代からの和馬さんのやり方です。これで一番の成果を出したのは役員にまでなった岩崎くんやサポート部の部長になった雪村くんでしょう。雪村くんに関して当時の施設管理部長からの推薦もあり全く関連の無い部署から創設したてのサポート部へと異動させました。結果はご存じのとおりです。本当に得難い人材へと育ってくれました。


 『今回のこの会議以降、俺が運営の会議に参加する事は無い。あるとすれば農園部の会議くらいかな。これからは運営に関する決定と相談なんかは常藤さんに話すように徹底してくれ。』

 「「「はい。」」」

 『我儘ばかりで自分勝手な代表だったけど、本当に支えてくれてありがとう。これからは俺も皆の小さな支えになれるように農園部を盛り立てていくよ。』


 その言葉を聞く皆さんの表情は何とも言えぬものでした。会社には残ってくれたけれども、以前の様に和馬さんが先頭に立って走る会社では無くなる。これは大きな変化です。それに全員がどう対応していくか。今までの、そしてこれからの成長が問われます。


 ・・・・・・・・・・

2019年6月23日(日) 日高村総合運動公園 <望月 尊>

【高知県社会人サッカーリーグ1部 第5節 対 海老原サッカー部】

 直売所の準備が忙しい中ではあるけど、やっとリーグ戦を観に来られる時間が出来た。本当は休める予定だったんだけど、このまま色々と理由を付けてチームの試合を観に行かないようにしていると、本当に足が遠のいてしまいそうだった。

 自分がチームを辞めてから、練習の手伝いをしたり一緒に練習に参加をしたりする事はあったけど、どうしても試合となるとあと一歩踏ん切りが付かなかった。


 もちろんここまでの結果は知っているしチームが勝てている事は本当に嬉しかった。しかし、勝利した瞬間のあの歓喜の輪に自分がいないと思うと、やはりどこかで悔しさを感じてしまいそうな自分が嫌だった。


 試合会場は皆から聞くといつもとは雰囲気が違うらしい。明らかにカメラを構えている人が多い。やはり本社の不正があって記者が面白半分に押し掛けているのだろう。少し調べれば冴木さんが高知にいない事はすぐに分かるだろうに。

 不正になんの関りも無い子会社の人間にマイクやカメラを向けて、一体何を書こうと言うのか。


 そんな中でもゴール裏では向月の皆さんが大きな声と手拍子を届けてくれている。


 控室のメンバー達の表情はこれ以上に無いほど気合が入っている。しかし、入れ込み過ぎているような雰囲気は無い。全員が今日のシステムをポジションごとに確認しつつ、相手チームのこれまでの布陣を確認しながら攻め所やしっかりと守るべき所をもう一度全員で共有していた。


 冴木さんはあのネット会議の日から今日までサッカー部全員に個人的に電話をし、一人一人が納得するまで話を聞いていた。もちろん自分にも電話はかかってきた。これから冴木さんが農園部の一番の新入りになる。「扱いづらい新人ですまん」と謝られ、二人で笑った。


 冴木さんに涙ながらに怒ったメンバーも何人かいたようだ。それでも冴木さんは時間をかけて話を聞き、自分の考えを押し付ける事無く、これからの会社の事を話しながらメンバーに納得してもらえるように会話を重ねたと聞いた。

 そのおかげもあってメンバー達の心に『このチームでJリーグへ』と言う目標を更に強く焼き付ける事が出来たように思う。


 たった数日間だったけど、揺れ掛かっていたチームはしっかりとまた立つ事が出来ている。


 ・・・・・・・・・・

<原田 幹久>

 今日の相手『海老原サッカー部』は地元高校サッカー部OBが立ち上げた老舗チームだ。長く2部で活動していたが、この数年は上手く世代交代も出来たようで2年前に1部に昇格して以来、去年は年間5位、今年もここまで3勝1敗と好成績を収めている。


 相手のフォーメーションは4-4-2。ガッチリと守りつつ、こちらの最終ラインと中盤とのパスコースを消すように前線の選手を布陣する、いわゆるシャドウを置く守備だ。チームの元になっている高校が長くこのフォーメーションと戦術を基本としていた事から戦術理解度がどの選手も高い。こちらのパスコースを限定させる、または限定させているように見せる事でこちらのパスや攻撃の選択肢を狭める。世代交代の期間が短い高校レベル、しかも高知県のようなサッカー後進県ではなかなか成熟が難しそうな戦術は社会人サッカーに落とし込む事でその華が開いたと言える。


 しかし、こちらも当然対策をしていない訳では無い。パスとトラップ技術に於いては相手チームよりは数段技術は高い。では、いかにこのシャドウを無効化出来るかと言う事になる。

 それは非常にシンプルで非常に厳しい要求となる。『相手がシャドウに入る前に速いパスを通す』『相手シャドウが関係ない個人技で抜く』この2つが最もシンプルで最もカバーシャドウに対しての基本的な対策だとうちのチームでは考えている。


 パス技術の高いメンバーが多い事はもちろんだが、そこに幡・古賀のスピードスター2人に加えて、SBの成田、SHの馬場、OHの伊藤、ドリプル能力やスタミナ・スピードに自信のあるメンバーを揃えた布陣で対抗する。


 試合開始直後こそパスコースを作り出す事に少し手間取っていた大西達DF陣だったが、積極的に右SBの成田が古川をDFに下ろす事により一気に前に駆け上がり相手のマークを剥がすチャレンジを続ける。

 幡と古賀も中盤がボールを持つたびに最終ラインから抜け出すような動きを何度もチャレンジしボール保持者だけと周囲の選手以外にもどんどんと狙っているぞと言う意識を相手に見せていく。


 何より伊藤と馬場が何度となくパスを受ける度に上手く前を向き、スペースへのドリブル突破を試みる。この県1部では試してこなかった崩し方に完全に主導権は握れていた。


 ・・・・・・・・・・

試合終了後 <三原 洋子>

 試合は5対0と快勝出来ました!幡選手、古賀選手の抜け出しも素晴らしかったですが、成田選手がチーム加入後初得点!!後半投入された飯島選手も安定感抜群で1得点。

 ファミリアのニュースがあってサポーターの皆も心配していましたが、それを吹き飛ばしてくれる内容に私達も安心しました。チームからはHP上での説明はありましたが、いまだに配信などでの説明はありません。しかし、デポルト・ファミリアが不正に関わっている訳でも無く、何よりVandits安芸からすると全く無関係な事なのでサポーターは掲示板などを見ていても、そんなに動揺しているような感じは見受けられませんでした。


 私達の中ではクラブとしての考えを聞きたい気持ちもありましたが、ここまでのクラブを考えればちゃんと話して貰える機会はあるはずです。それを待とうと言う事で向月内では考えを統一出来たのは良かったと思います。


 選手達が試合後にゴール裏に一列に並び礼をしてくれます。私達はコールと拍手を送ります!チームは拍手や手拍子をしながら、私達に手を振ってくれていますが、どの選手にも笑顔はありません。それでもチームとしてしっかり結果を残してくれた事はさすがだと感じました。


 しかし。チームがベンチへ戻ろうとした時でした。私達からは少し離れた位置で観戦していた数人の観客から野次にも近い言葉が飛びました。


 「おいおいっ!!説明も無しかよ!!!」

 「情けない社長はどこだ!!!逃げてねぇで説明させろよ!!!!」

 「汚ぇ商売するようなチームはサッカーすんなよ!!」


 どうやらお酒が入っているようです。ここはVandits fieldではありません。誰でも出入りの出来る運動公園ですので、その辺のコンビニでビールでも買って飲みながら観戦しようと思えば出来てしまいます。

 顔を見ると真っ赤になっている人もいますし彼らの足元にはビールの空き缶がいくつか転がっているようでした。


 「無視すんな!!!」「説明しろ!!!」


 観客席には当然、小学生や子供達もいます。こんな場面を見せたくありませんでした。しかし、チームの態度は意外なモノでした。

 メンバー全員が手を後ろで組み、何も声を出さず整列してその観客達の方をジッと見つめていました。周りの観客の人達も少しざわざわとし始めます。


 私達向月もチームと同じく声援やコールを止め、暴言を吐く観客の方を向いて手を後ろに組み無言でジッと見つめます。以前に冴木さんと話した事のある『静寂の抗議』。ブーイングや汚い言葉よりもよっぽど相手にプレッシャーと迫力を覚えさせる抗議の仕方。


 その様子を見た向月以外の観客の皆さんも、同じように無表情で手を後ろに組み男性たちの方を見つめ続けます。暴言を続けていた男性達も私達の様子に段々と言葉は少なくなり、気味が悪くなったのかそのままそそくさと帰っていきました。


 そこで何人かの観客の方が帰った事に「イェーイ!」と声を出していた事に向月のメインメンバーは反応しました。『ドンドンドンドンッッ!!!!』とスネアドラムを鳴らし、拡声器で皆さんに声をかけます。

 ファミリアの事があり、タクは向月での活動を控える事にしたので私が代わりに拡声器を持ちました。


 「抗議が上手く行った事に喜ぶのは止めよう!!!誰かを追い出した事を喜ぶようなサポーターになるのは止めよう!チームと一緒に耐える時だから。あぁ言う事を言う人はきっとこれからもいる!!でも、チームは結果出してくれたから!信じて一緒に歩いてこうよ!!今日で5連勝!!!皆で喜んで帰ろう!!!」


 その声に皆さんが拍手をくれます!!私達はヴァンディッツコールをリードします。残ってくれた皆さんが一緒にコールをしてくれます。

 選手達が大きくしっかりと礼をしてくれました。私達は一緒に歩いている。そう信じたいと思っています。

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