第110話 覚悟の就任
2019年6月18日(火) 高知 冴木家自宅 <冴木 真子>
テレビで記者会見を見ています。私も東京に向かう予定でしたが、夫からは「家を頼む、子供達を頼む」と言われました。すぐに颯一を東京から呼び寄せました。私の両親も一緒です。
夫の言葉に子供達は今にも溢れそうな涙を必死に堪えながら、それでもテレビから目を離しません。父も母も厳しい表情のままテレビを見つめています。
先ほど質問した記者の方が続けて質問します。
『では、今回の責任を取ってファミリアを辞められると言う事ですか?』
『はい。今回の不祥事に関して、私自身の責任を明確にすべきと判断し、代表取締役社長の職を辞する決断をいたしました。これにより新体制の元で、会社再建と、今後の健全な経営体制の構築に向けて一層の取り組みを行うべきと考えております。その後の裁判は現在の役員と顧問弁護士の先生方に一任する形です。今回の件を全経営陣が非常に重く受け止め、早急に社を上げて再発防止策を行ってまいります。さらに、コンプライアンス強化に向けた研修や社内体制の見直しも早急に進めてまいります。』
会見場はまだざわめきが続いていますが、夫の言葉は続きます。
『尚、私の個人資産で設立し、現在は株式会社ファミリアの子会社として運営しておりますデポルト・ファミリアにつきましては、私は代表取締役を退任、運営統括部長の常藤正昭を代表取締役社長として、その後株式会社ファミリアから独立し経営して参ります。私に関しましては役職無く、一社員として一から勉強をし直す形でおります。』
『子会社をファミリアから切り離してそちらに移ると言う事ですか!?責任逃れとも取られ兼ねませんよ!!』
一斉に野次のような質問が飛びます。夫はその声が収まるのをジッと待ち、ゆっくりと話し始めました。
『デポルト・ファミリアに関しましては私の我儘で起業した会社です。高知県で活動を始め、様々な方の協力をいただいて今も活動・運営を続けております。今回の事があり、全くそれに関わらないデポルト・ファミリア全社員に「済まないが一抜けた」と無責任な行動は取れません。この会社は、このプロジェクトはファミリア立ち上げの時と同じように自分の人生をかけて始めたものです。ファミリアでの不祥事に関しては私は辞職・退任を持って責任を取らせていただきます。しかし、デポルト・ファミリアを放り出す事は、この数年間関わり続けた地元住民の皆様や、スポーツ事業のVandits安芸を応援していただいている全てのサポーター・スポンサーの皆様に対する裏切り行為と考えています。』
段々と言葉に力が籠り始めました。表情も険しい物に変わっていきます。
『ファミリアに関しても辞職は致しますが、逃げる等と言う事は一瞬たりとも考えておりません。もし、説明責任や社長としての責任の取り方が甘いと仰られる方が多いのならば、私は今回の裁判が終わるまで会社としての説明が必要な場には出席し続ける所存です。しかし、全ての社員・関係各所の皆様、何よりファミリアを愛してくださるお客様への責任として、私個人としてもファミリアとしても代表取締役として責任は取らなくてはいけないと考えております。』
また別の記者が手を挙げます。
『今回の事で、ここまであれほど好調に昇格を続けているVandits安芸にとっては不祥事を起こした会社の元社長が運営に関わるのは、チームとしても良い話題にはならないと思うファンの方もいらっしゃるのではないですか?』
その質問が飛んだ時、拓斗の体がグッとテレビに向かって前のめりになります。記者を睨みつけながら、太ももに置かれた握り拳が更にグッと力が籠っていました。その背中にそっと私と颯一は手を添えます。
『それを判断していただくのもまたサポーターの皆様だと判断しております。当然私はチーム運営の場からは離れますが、それでもデポルト・ファミリアにいられては困ると言うお声があるのであれば、お話させていただく機会をいただき、場合によっては退くと言う判断もあろうかと思います。しかし、その判断が出されるまではデポルト・ファミリア社員として活動していくつもりです。』
その後も様々な質問に夫は一つ一つ丁寧に答えていきました。最後に役員も含め全員で深くお辞儀をして改めて謝罪をしました。記者会見は無事に終了しました。
「どうして....父さんが悪い事をした訳じゃないのに。どうして辞めなきゃいけないんだ....」
颯一が悔しそうにつぶやきます。子供達からすれば納得がいかないでしょう。いえ、颯一でなくとも役員報酬のカットや社内改革だけでも納得していただけたのかも知れません。しかし、何度もこの状況を想定し創業メンバーで話し合って、全員に引き留め続けられていた夫は全員を説得し、辞職の道を選びました。
「颯一。あなたも覚えておきなさい。一つの企業の長となって社員を任された時に、その人の人生に対する責任を負う事になるの。だから、それに見合う覚悟をきちんと持ちなさい。颯一には納得できないかも知れないけど、これがお父さんとお父さんと一緒に会社を立ち上げた皆の責任の取り方なのよ。」
企業や社長と言うものに対する考え方は本当に人それぞれだと思います。私達が出した答えですら正解と言えるのかどうか、今もきっと皆は迷っているんだと思います。しかし、企業として早急に立ち上がらなければいけません。何千人もの従業員の皆さんを放り出す事は出来ないんです。
子供達はじっと下を向いたままです。今すぐに理解出来る事では無いでしょう。辛い思いをさせている。胸が苦しくなりました。
・・・・・・・・・・
2019年6月19日(水) Vandits garage <常藤 正昭>
記者会見から二日経った今日、ようやく全社員で話し合う時間を作る事が出来ました。正直な所を言えば、デポルト・ファミリアとしてその後の対応と言うモノは、予想していたより穏やかだったと言えます。
もちろん各媒体やマスコミ各社からの取材や会社前などへの記者やカメラマンの貼り付きはありましたが、それも当初の予想に比べると少なかったと言うのが現状です。
それよりもやはりファミリアと冴木さんに対する世間の、いえ、マスコミの風当たりと言うモノは相当に厳しかったと言えます。ここまでこれだけ順調に成長を続けていた企業が、およそ3年に渡って役員の不正を見逃していたと言う事実は、会社・企業としての体制の未熟さを露呈した形となりました。
企業としての成長を急ぐあまりに自分の足元を見誤ったとどこかの雑誌が面白可笑しく書き立てていましたね。好調な時には持て囃し、転んだと見ればあざ笑い石すら投げられそうに感じるほど手の平を返す。本当にマスコミとはこうも信念なくふらふらと好き勝手にペンで社会を荒らす存在になったのでしょうか。
結局は雑誌が売れさえすれば、信念などと言うモノはとっくに持ち合わせていないのでしょう。
今日は午前のみで仕事を終え、全社員が事務所へと集まっています。アルバイトスタッフと委託社員または契約社員を除く正社員総勢58名。大きくなったものです。たった三年です。たった9人でスタートしたあのプロジェクトは三年でここまで育てる事が出来ました。
事務所壁面に用意したスクリーンに和馬さんの映像がプロジェクターによって映し出されます。少し疲れているようにも見えますが、本人は傍にPCが置かれているのでしょう。それを見ながら笑顔です。
こちらの映像もWebカメラを使用して和馬さんも見られるようにしてます。たった数日ですが、この数日であまりにも状況は変わりました。しかし、警察が東城君の身柄を確保するまではマスコミなどに情報が漏れる事が万一にもあってはいけませんでした。
なので、デポルト・ファミリアの要職メンバーにも報道の前日(その時には既に身柄は確保されていました)に事情を説明したのです。それぞれの部署で部下たちを纏め、落ち着かせ、業務に支障は出ずに済みました。
『皆、こんな形での説明になって済まない。今、高知にいると会社の業務に支障が出るし、ファミリアでの対応もあるからな。東京を離れられないんだ。皆には本当に済まない事をしたと思っている。』
和馬さんとは部署ごとにパソコンをネット会議システムに繋ぎ、全員が無線イヤホンで声を聞いています。皆さん険しい表情です。
『内容は会見で話した通りだ。今回の事で俺はファミリアを辞める事になる。時期はまだはっきりとは決まらないが、世間からこれ以上の反応が無いなら恐らく今年度中には辞職の形になる。』
この事は社員の皆さんからも一番に確認された事です。そしてデポルト・ファミリアでの和馬さんの待遇と言う部分も。
『ただ会見でも話した通り、ファミリアを辞職しても裁判の決着が付くまでは説明責任があると思ってる。なので、ファミリアの会見等がある場合には同席するつもりだ。そして、デポルト・ファミリアの事に関してだが....』
空気が重くなるのを感じます。皆さんが心配していた事の確認作業です。
『俺はデポルト・ファミリアの代表取締役を辞任する。運営部からも外れる。異動先は農園部の社員と言う事になった。会社運営はもちろん、Vandits安芸の運営等からも外れる。』
ざわつきが起こりました。運営部から外れるのは会見でも話していましたが、事務所の中で外部に目に付かないように運営に関わる事はいくらでも出来ます。しかし、和馬さんは今回の事を話し合う中でそれを最も嫌いました。離れると決めれば、きっちりと離れる。それが責任の示し方だと。
農園部の和瀧君から手が挙がります。質問は受け付ける事にしてあります。
「あの、農園部って事は冴木さんが畑に出て働くって事ですか?」
『なんだ?出来ないと思ってんのか?そりゃ..まぁ、草刈の時なんかは情けないトコを見せたけどさぁ、それなりにこの数年でちょっとは体力付いたんだぞ?』
おどける和馬さんに少し場は和みます。確かに会社が出来て以来、暇があれば畑に手伝いに行っていた運営部。私も含め、デスクワークオンリーだった東京組はだいぶ体力が付きました。
『まぁ、冗談はこれくらいで。実は望月と馬場とは話をしてたんだけど、俺が関わるのは芸西村以外の場所に農園部の管理する畑を見つける、もしくは新しい農産物の育成を目指すって事に携わるつもりだ。まぁ、まだどこに畑を構えるかは何カ所か候補があるから決めかねてるけど。』
これは以前から農園部とは離していた計画でした。芸西村でこれ以上の畑の確保は難しいとなってきた事もあり、これから先は芸西村を離れて他の市町村に目を向ける必要があると馬場君が提案してくれました。
それもありリサーチ部にも手伝ってもらいながら、高知県東部に絞り新たな田畑の確保に乗り出していました。芸西村ではかなり少なくなっている耕作放棄地も村を出れば、まだまだたくさんありました。それもあり各自治体にもお伺いを立てながら借りられる農地があるかを検討していました。
『当然今回の事があって、早々に断りの電話がかかってきた自治体もある。まぁ、当たり前と言えば当たり前かもしれんが。ただ前向きに検討してくれている自治体もまだまだある。そこと交渉を続けながら夏以降に始められるように農地を選定する予定だ。』
芸西村で始まる直売所ですが、芸西村で育てたモノしか売ってはいけないと言う事はありません。それ以外の土地で育てたモノを皆さんに知っていただける場所にしていきたい。それをきっかけにその自治体を知る・見る・訪れるきっかけになってくれれば尚良し、と言う事です。
『そして会社は常藤さんが新たに代表取締役になる。入ったばかりの者もいるのにトップが入れ替わるような事になって申し訳ない。常藤さん、挨拶をお願いします。』
「皆さん、新たに代表取締役となります常藤正昭です。前社長であります冴木和馬さんよりこの会社を託されました。皆さんと共に立ち上げ、育ててきたこのデポルト・ファミリアを更に成長させていく為に全力で職務に当たります。宜しくお願い致します。」
皆さんから拍手をいただきました。しかし、完全に納得をしているとは言い難い表情のメンバーが何人も見えます。特にサッカー部の面々。彼らにとっては和馬さんと共に歩んでいく事がモチベーションの一つにもなっていました。それが自分達が知らない所で話が進み、突如奪われてしまったのです。納得出来ないのも無理はありません。
『代表が変わるからとは言え、会社の理念や目標は変わらない。俺自身も立ち位置は変わるけど、皆と共にもう一度頑張っていこうと思ってる。ただ、その事に不満を感じていたり納得出来ない者は言ってくれ。俺はちゃんと受け止めるから。』
「納得できる訳無いでしょ!!!!!」
大声で叫んだのは八木君でした。目に一杯の涙を溜めています。全員が八木君を見ています。
「あんたが始めたんじゃないっスか!!!あんたが集めたんじゃないんスか!!!俺達は....このチームでJリーグ行きたいって思ってる!!その『チーム』にはあんたも入ってるはずだろ!!!それが運営から抜けるってどう言う事だよ!!!納得出来ねぇよ!!」
手元のPCの画面をジッと見つめていた和馬さんがカメラに目線を移します。
『八木、ありがとう。その言葉だけで俺が今日まで必死に藻掻いた日々がお前と共にあったと確信出来る。そして、本当に済まない。ただ、この会社を辞めずに残る決断をした事が、唯一俺が皆の気持ちに応える為の手段だと思っている。直接ヴァンディッツに関わる事はもう無いが、俺はこの会社でお前達と一緒にお前達がJの舞台に立ち、シャーレを掲げるその日を一緒に迎えると約束する。だから、一緒にいさせて欲しい。』
「いなくなれなんて言ってないでしょ!!!!ずっと試合前に冗談言いながらでも冴木さんが発破かけてくれるのを皆楽しみにしてたんじゃないですか!試合終わった後に、早く結果伝えたいってワクワクしながらバスで帰るのが楽しかったからじゃないですか!どうして運営部まで辞める必要があるんですか!!」
今度は山口くんです。彼女にとっては女子部のスタートも目前でした。そのスタートする時に和馬さんが運営に携わっていない。それが彼女にとってはツラいのでしょう。
『山口、済まない。俺が運営に携わる事でいらぬ誤解と迷惑を会社に生む事になってしまう。ちゃんと離れる事が大事なんだ。』
グッと堪え下を向いたままのサッカー部の面々。和馬さんの気持ちも理解したいからこそ、これ以上の言葉は出ないのでしょう。
さぁ、私の唯一の和馬さんへの反抗。
皆さんに聞いて貰いましょう。
私は手を挙げて立ち上がります。
「私は代表取締役社長としてこの会社にこの先の人生の全てをかけて参ります。それは恐らく皆さんも、そして和馬さん自身もそうであると信じています。だからこそ、今日のこの場でこう言った話が出来るのだと思っています。」
予定にない話に和馬さんが戸惑っているのが見えます。
「はっきりと皆さんに宣言しておきます。私は全力でこの先の人生をかけ社長業に邁進します。しかし、それは近い将来に『冴木和馬を代表取締役に返り咲ける』為の舞台を整える為だと理解しています。」
皆さんの目にだんだんと力と光が籠るのが見えます。そうです。彼をもう一度表舞台へ。当たり前では無いですか。冴木和馬がいてこそのデポルト・ファミリア、Vandits安芸なのですよ。
「皆さんにお約束します。必ず彼をもう一度、代表取締役として復帰させます。それが会社の利益成長なのか、ヴァンディッツのJリーグ入りなのかは分かりません。しかし、彼無くしてこの会社は、ヴァンディッツはあり得ない。私は彼を自分の下に置く為に働いているのではない!彼を支える為にこの会社に来たのです。その為に皆さんのお力を今一度、貸していただきたい。どうか、宜しくお願い致します。」
全員の起立と拍手の中で私はいつまでも頭を下げ続けました。
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