第109話 贖罪
2019年6月17日(月) Vandits garage <冴木 和馬>
今日の業務が全て終わった後、全社員が退勤するのを待った。そして俺と常藤さんだけになった夜の事務所の裏口が開いて、続々と人が入って来る。
急遽呼び出したのは各部署の責任者。営業部部長、秋山。リサーチ部部長、入手。設計部部長、祥子(坂口)さん。広報部部長、杉山さん。施設管理部部長、雪村くん。強化部部長、樋口。農園部部長、望月。
そしてヴァンディッツから監督の板垣とコーチの御岳さん、原田。
そして、真子。
今日話し合う内容は皆には告げていない。いや、数人は知っている。
その内容をゆっくりと丁寧に皆に話していく。誰もが厳しい表情になる。それでも話を続ける。話し終えた所で、板垣が手を挙げる。
「チームは....ヴァンディッツは、会社はどうなりますか?」
今までに見た事の無い板垣の顔だった。親に叱られたような悲しそうな寂しそうな。
「何も変わらない。今まで通りに進めてくれ。出来ればサマーブレイク中に事を起こしたかったんだが、思いのほかあちらが動くのが早かった。明日には恐らく早朝からニュースで一斉に報道される。俺は明日から東京でマスコミ対応に追われる。こちらは常藤さんと雪村くんが仕切る。全員、それに従ってくれ。」
「しばらくの間はお世話になっているクライアントの皆様や物件を契約していただいている方々への対応とマスコミ対応に追われる事になります。矢面に立つのは我々運営部と営業部になるかと思います。このような事になってしまい、申し訳ありません。」
「この一年間、必死に考え続けて俺達運営部と本社役員が出した答えだ。この会社を、ヴァンディッツを守るために出した答えだ。きっとツラい日々を過ごす事になる。本当に申し訳ない。」
俺と常藤さんが頭を下げる。真子も立ち上がり頭を下げた。皆からの反応はない。誰もがどう反応して良いか分からないのだろう。
「これで、会社は守れるんですよね。チームは守れるんですよね。」
樋口が消え入りそうな声で質問する。他の皆も心配そうにこちらを見ている。
「全部のスポンサー(個人)に説明出来ている訳では無い。ただ、メインとなっている企業への説明は終えていて、一定の理解は得られている。そのうちの8割の会社には変わりなくスポンサーを続けていただけると確約をいただいている。残りの2割は世間の動向を見て判断するとの事だ。」
「笹見さんは?」
「派手に散ってこいと背中を押していただいた。チームは心配するなとどちらがオーナーか分からん檄までいただけた。」
俺のその言葉に少し場が和む。
「明日から眠れない日が続くと思う。でも、どういう状況になっても揺らぐな。ヴァンディッツの皆に言い続けた事と同じだ。俺達がこの芸西村で会社を立ち上げた時の一番の目的を見失うな。それを守っていれば周りの人たちは見ていてくださる。」
とてもこんな言葉で全員が納得してくれるとは思っていない。そこからは全員で今後の事を話す。と言っても、俺が一方的に全員に今後の動きを指示する形だ。
今進めている事業、これから計画している事の確認作業。そうなってくると全員が完全に頭を切り替え、どんどんと質問が飛んで来る。
結局、全員が事務所を出たのは4時間近く経ってからだった。
最後に事務所の電気を消し、外へ出ると皆が並んでこちらを見ていた。ゆっくり常藤さんが近寄り手を差し出した。
「お互いに。ご武運を。」
「はい。後を頼みます。」
それぞれの
・・・・・・・・・・
その一報を聞いたのは、人によっては自宅で、人によっては事務所で、勤務先で、移動中の車内で、パンを作る厨房の中で、高層ビルの最上階の社長室で。
テレビでは女性アナウンサーが真剣な表情でニュースを伝える。
『東京に本社を置きます株式会社ファミリアの男性役員が、外部企業に対して発注を優先的に回す見返りとして多額の現金を受け取っていたとし、警察が調べを進めています。また、同役員は会社の金を横領した業務上横領の罪で、警察が合わせて当役員の身柄を確保しました。警察の発表によりますと、事件の発端は社内の内部通報によるもので、従業員が役員の不正行為の可能性を会社側へと指摘し、これを受けてファミリア社内での調査が開始されていました。不正が確実となり、警察へ通報・身柄確保となった模様です。今後は不正にやり取りされた金の流れが注目され、警察も本格的な捜査に出るものと思われます。』
・・・・・・・・・・
2019年6月18日(火)早朝 <三原 洋子>
待って....ファミリアって、ヴァンディッツの親会社だよね。え?役員が逮捕?役員って誰?冴木さんも常藤さんも役員だよね。噓でしょ....ヴァンディッツはどうなるの?
テレビではそのままその手の事件に詳しいとする弁護士がコメントしていました。
『まだこの一報ではどう判断するべきかは分かりませんが、恐らく内部告発を受け会社内で処理するのではなく、警察に訴え出て事件としてしっかり会社も社会的責任を取る形をファミリアの他の役員は判断したのだと思います。この横領の規模であったり外部企業と言われる会社がどれほどあるのかが分かる事によって、役員単独での不正なのか、他にも共謀した者がいるのかが分かって来ると思います。』
『なるほど、ここで速報です。ファミリアの代表取締役である冴木和馬氏が本日の昼頃よりファミリア本社にて記者会見を行うとの事です。ここでの説明が待たれますね。』
『はい。しかし、身柄確保から記者会見までのこの速さを見ても、恐らく冴木社長だけでなく会社の上層部は既にこの事を分かっていた上で、警察の身柄確保のニュースを待っていたと思いますね。恐らく内部告発が会社側にあった時点からここまでをしっかり想定していたと言えると思います。』
『なるほど。これを見て先生はどのような結末を想定されますか?』
『役員単独で行われたものだとしても企業としては何かしらのアクションは起こさなければいけないと思います。当該役員の退任と辞職はもちろんですが。』
『全国でも非常に有名になっていたベンチャー企業、今はもう大企業と言っても良いファミリアですが、ホテル事業なども手掛けておりますから今後の客足や業績にも大きく関わりそうですね。』
『はい。影響は少なくないと思います。』
『なるほど。続報が待たれます。....さて、次は斎藤アナウンサーのスポーツコーナーです!!』
私はすぐにスマホを手にした。画面を操作し、一人の電話番号を表示させる。
冴木拓斗。馬鹿!!!タクが何かを知ってるはず無いじゃない!!それじゃなくても自分の父親がこれから記者会見に出るって言うのに。
タク、大丈夫かな。一昨日のヴァンディッツの第4節も勝って、やっと勝ち点で単独首位になれたって喜んでたのに。
私はすぐに紙を取り出し大きくマジックで文字を書いた。
『本日の営業は午前11時までとします。誠に申し訳ございません。』
・・・・・・・・・・
同日朝 笹見建設社長室 <笹見 正樹>
ニュース番組が終わり、テレビの電源を切る。社長室のドアがノック無く開けられる。こんな入り方をするのは一人しかいない。
「正樹、見たか。」
「はい。昼から会見だそうです。」
「だいぶ早まったの。」
父の後ろには愛が立っていた。二人とも眉間に大きく皺が入っている。
「昨日の夜に和馬君から連絡はありました。しばらく連絡は出来ないと思いますと。」
「うちとしての対応は?」
「変わりません。該当する社員は既に当社を退社しており、退社後にこの事が判明した為、必要によっては裁判でうちから損害賠償を訴え出る準備も整っています。この説明で押し切ります。」
一番最初にファミリアの役員である東城の身辺を探っていたら、横領と企業への忖度による賄賂が発覚した。その中にまさかうちが入っているとは思わなかった。賄賂を贈ったのは2名。もちろんその金は横領によって会社の金が充てられていた。半年前にそれが発覚した時点でその社員達には退職を促した。
まさか東城の和馬君個人への妨害を含むデポルト・ファミリアへの妨害行為を和馬君達が調べたら、それ以上に大きい不正が見つかるとはね。しかし、それによってただの妨害行為への対処では済まされない大きな事件となってしまった。その事も何度も事ある毎に和馬君と常藤さんは私と父に報告してくれた。
父は私の判断を待つことなく、『Vandits安芸への支援は変わらず続ける』と明言した。もちろん私もその気持ちは変わらない。しかし、チームだけでなくデポルト・ファミリアへの打撃は相当に大きいだろう。
彼はファミリアがずっと抱え続けていた膿を出し切ろうとした。しかし、その為には大きな手術が必要になった。彼の決断は経営者として理解出来る。しかし、友人として納得出来ない。今日までひたすらに顧客と利用客に向き合い続けた男が、たった一人の身勝手な行動で全てを失おうとしている。何か出来る事は無いか。何か........
・・・・・・・・・・
同日 東京 (株)ファミリア 記者会見場 <冴木 和馬>
時間となり記者会見場のドアを開くと中から一斉に無数のシャッター音とフラッシュが焚かれ、思わず目を逸らした。ゆっくりと壇上に構えられた机に向かい椅子に腰かける。今回の記者会見の進行役は林だ。そして俺のいる壇下にも長机と椅子が構えられており、そこには常藤さんと東城を除く4人の役員とうちの顧問弁護士3名も揃っている。
林がマイクを手に会見が始まる。
「では、弊社取締役社長、冴木和馬より今回報道されている事に関しましてお話をさせていただきます。」
林からアイコンタクトがあり、俺は机の上に置かれたマイクを手に取り椅子から立つ。
「この度、弊社役員の不正・背任行為、賄賂・業務上横領の可能性がある事について、当該役員が警察へ身柄を拘束された事に関しましてお話をさせていただきます。私、株式会社ファミリア取締役社長、冴木和馬と申します。この度は各関係者の皆様、そして我が社の宿泊施設や管理物件に携わっていただいている全てのお客様にご心配とご迷惑をおかけしております事を社を代表し謝罪致します。誠に申し訳ありません。」
しっかりと頭を下げる。他の役員たちもオレに合わせて全員が起立し頭を下げる。また一気に焚かれるフラッシュとシャッター音。ある程度、落ち着くのを待ち頭を上げる。
「これより現段階でお話し出来る範囲とはなりますが、皆様へ今回の一件をご説明させていただきます。また内容によっては警察の捜査中の事もあり、御話出来ない内容もあります事をご了承いただきたく思います。」
話せる事はほとんどニュースで流れている事くらいしかない。それにほんの少し詳しく説明出来る程度だ。捜査の状況などは当然話せないし、本人がどう語っているかも警察からは説明されているが公表は出来ない。
とりあえずはこちらからお話出来る事を全て話し、その後質疑応答をする事になっているが
「我が社の大阪・岡山・新潟に建設したホテル4軒と東京・福島・北海道にてリフォーム賃貸として施工した物件12件に付きまして、特定の業者を優先的に採用し、その際に相手企業から不正に賄賂を受け取っていた事が分かっています。金額については現在警察が調査中です。」
数人から手が挙がるが、林が「後ほど質問のお時間はお取りしますのでお待ちください」と声をかけるとすんなり下ろしてくれた。
「また、業務上横領の件に関しましては横領を行っていた期間は三年半に渡り、金額は合計で2億4800万円余りとなっています。かなりの回数に分かれて行われており、現在も社内及び警察が調査中ではありますが、この金額に関しては横領で現段階で間違いないと判断されるモノの金額になります。」
俺が話す内容を手持ちのPCで即座に記事にしている記者が数名。時々色々な記者会見で見かけるが、この人たちは一切話している相手の顔を見ていない。だったら、わざわざ会見場に来る必要は無いんじゃないかと思ってしまう。そんな関係の無い事すら浮かんでしまうほど頭の中は冷静だった。
「尚、当該役員の処分については本日の午前中に緊急役員会議を開き、即日解任が決まっております。また、本人からも退職を希望していると警察の方から聞きましたが、こちらに関しては弊社としましては懲戒解雇処分とし、以後、損害賠償請求の民事裁判の申し立て手続きに入ります。」
一気にフラッシュが焚かれる。しっかりと前を向き話を続ける。
「尚、まだ警察も弊社も調査の最中と言う事もありますので、それによって不正の全てが明らかになってからの手続きと言う事になります。」
「それではこれより質問を受け付けたいと思います。質問のある方は挙手をお願い致します。」
一斉に手が挙がる。それを一つ一つ丁寧に答えていくが、どの記者もここまでに説明した事をもう一度話すような質問ばかりで、いかに質問を準備せずここへ来ているかが分かる。しかし、顧問弁護士からも絶対に質問に対して「同じ質問になりますので次に....」等は言わないようにと注意を受けている。どんなにしつこく同じ事を聞かれようと繰り返し丁寧に説明してくださいと何度も念を押された。
質問の時間はそろそろ一時間を迎える。そしてある女性記者の質問を受けた。
「今回のこれだけ多額の横領と賄賂になります。ファミリアの関連ホテルや物件などを現在も利用されている方は非常に今後に不安を感じていると思いますが、役員単独の不正だったとしても、ファミリアとしては何か社としての対応はあるのでしょうか?」
「はい。弊社といたしましては現在役員としております6人の役員報酬及び給与を一年間20%を返上致します。また、今までにありました当社監査部の中に新たに外部監査の部署を作り、社外監査役の人数を増やして今後は第三者の方に入っていただき皆様に信頼していただける企業へ戻れるよう努力して参ります。」
目を閉じて、すぅっと息を吸う。
目を開ける。最後の言葉を告げる。
「尚、警察の調査が終了し今回の不正の全容が分かり次第、私、冴木和馬は株式会社ファミリアの代表取締役と役員を退任、職を辞し今回の責任を取る所存です。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます