第108話 県1部リーグ 第3節

2019年5月23日(木) ヴァンディッツ農園 <冴木 和馬>

 Vandits fieldの駐車場に車を停めて農園までの道をのんびりと歩く。だいたい1kmくらいの道程だ。道々の畑や田んぼにはハウスが建てられていたり、早い所ではすでに米の苗が植えられている田んぼもあった。

 そんなのんびりとした風景を見ながら管理する農園に向かって歩いていく。農園が見えてきた。広い畑の半分はハウスを建てている。畑には植え付けを終えた苗や種から出た新芽がぴょこぴょこと見えて、また新たな作物にも挑戦しているようだ。


 何人かのスタッフが働いている。邪魔しないように少し離れた場所に腰を掛けて見守る。近くには用水路が流れていて耳に涼しさを届けてくれる。この用水路も年に数回、役場に許可を得てスタッフ総出で清掃活動をしている。周りの農家からも感謝されていると報告を受けた。


 「珍しいやいか。声かけやぁ。」


 声の方を見ると茂さんが強さんと一緒にこちらに歩いて来ていた。


 「お疲れ様です。いやぁ、邪魔したらいかんなぁと思うて。」

 「何ちゃやない事を言う。どっこいせ。」


 二人が俺の隣に腰を掛けて、腰に下げていたタオルで顔や首を拭いている。


 「だいぃぶ皆ぁ上手になってきたきねぇ。そろそろ米作りもやらいちゃっても良いかもしれん。」

 「そうですか!あいつら、聞いたら嬉しいやろうなぁ....あっ、農業アルバイトの子達はどうですか?戦力になってますか?」


 今、農園ではアルバイトスタッフを雇っている。サッカー部のメンバーが事務所スタッフに異動したり、ヴァンディッツの遠征や試合が多く組まれている為、農園の手を少なくする訳にはいかないとアルバイトでスタッフを雇う事になった。基本は望月が指導してくれているが、茂さんや強さんも気にかけてくれて指導してくれているようだ。


 「まぁ、経験者もおるきね。その子らぁは何とかなるけんど、未経験の子はもう少しかかるねぇ。まぁ、でも皆ぁが芸西に来てくれた頃と同じよ。だんだん出来るようにならぁね。」

 「そうですね....」

 「....何かあったかよ?」


 お互いに畑を見つめたまま会話を続ける。この先の事を社員以外で初めて茂さんに話した。話しておかなければいけない人だ。


 「おまんがそう判断したんやったら、腹据えてやったら良い。畑は心配せいだち、尊(望月)もおるし強も手伝えるきに。」

 「ありがとうございます。」

 「憂い無ぅやりや。」

 「はい。」


 茂さんと強さんは「さてっ!」と立ち上がる。畑に向かおうとする強さんがグッと俺の肩を掴んでくれた。力強い手、大地を知る手。心強かった。


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2019年5月31日(金) Vandits garage <常藤 正昭>

 2019年度のデポルト・ファミリア新規採用の社員が今日から高知入りをして来週月曜日から業務開始となりました。四月中旬から五月の一ヶ月半はファミリアでの新人研修に合同でうちの新入社員も参加させていただきました。

 今回の新入社員はデポルト・ファミリア勤務を希望し、デポルト・ファミリアのHPや採用募集から来ていただけた方ばかりです。ファミリアとは将来的に袂を分かつ事は役員の中では了承済みですので、こう言った所から既にすみ分けは始まっています。

 

 今回採用した人数は7名。応募当初はもう少し採用する予定だったのですが、農園や宿泊施設にアルバイトやパートの方が入ってくれるようになり、こちらが思っていたよりも順調に運営出来ている事からこのまま非正規雇用のスタッフを中心に農園と宿泊施設は営業していく方針になりました。


 OPEN予定の直売所も基本は地元の奥様方に研修を受けていただき、パートさん中心で営業していく予定です。


 今期から新たにサポート部を新設。新入社員のうち3名をに配属し、社内の事業を全体で見れる人材を育てていきます。これに伴い雪村くんが一時的に施設管理部とサポート部を兼務。施設管理部は雪村くんが抜けている間は五月君と及川君が部長を代行する事になっています。こうしてサッカー部のメンバーが仕事の重要なポストを任せても構わないレベルにまで育ってくれた事は、和馬さん含め東京からの創立組は本当にホッとしています。

 農園に関しては既に我々よりも望月君・和瀧君がしっかりと管理・運営してくれていますし、最近は馬場君や尾道君もそれぞれに担当の畑を任されているようで、アルバイトスタッフもしっかりと育ち始めました。


 段々とやれる事が増えていき、それぞれのメンバーが立ち上げ当時とは違い、色々な部署を掛け持つ事も少なくなりました。古川君や雪村くんのようにいくつかの部署の連絡係と言いますか、調整役を買って出てくれている人材は本当に貴重です。


 会議室のドアがノックされます。雪村くんが3人を連れて中へ入ってきました。これから雪村くんと私でサポート部の最初の研修が始まります。

 雪村くんがしっかりとしたお辞儀で「宜しくお願い致します。」と挨拶をします。さすが、どこへ出しても恥ずかしくないお辞儀です。並ぶ3人も続いてお辞儀をしますが、まだぎこちないですね。ここはゆっくり場数を踏んでいきましょう。


 「さぁ、始めましょう。今日からあなた方が我が社の顔になるつもりで研修に臨んでください。」


 また新しい力が加わってくれました。


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2019年6月2日(日) 高知市営球場補助グラウンド <板垣 信也>

【高知県社会人サッカーリーグ1部 第3節 対 南国スポーツクラブ】

 第3節まで来ると他の1部所属チームの試合データも揃い始めました。御岳さんと原君で確認した印象としては、それぞれに強みとするものはありつつも全体的な実力としては2部のチームと比べてもそれほど変わらないと言う感想でした。

 四国リーグ所属チームのデータを確認すると、やはりこちらは四国の強豪チームが集まるだけあり県リーグに比べればどのチームも統率が取れたサッカーを展開しています。間違いなく苦戦する試合が出てくるだろうと言う印象です。


 チームが発足したばかりの頃にはチーム内にプレイのムラのようなモノが何度も見えていたのですが、今年に入ってそのムラはほとんど見られなくなりました。相手が実力的に自分達よりも劣っていると、以前ならば少しプレイが雑になったり無謀なチャレンジも見えていたのですが、やはりこのオフから続いているポジション争いが良い意味で選手達の集中力を大きく高めてくれているのかも知れません。


 新加入のアランと成田君が私生活も一緒にいる事が多いからか、非常に連携が取れていてSHとSBで左右に分けたとしても成田君のオーバーラップにしっかりアランが逆サイドへのパスを合わせに行こうとするプレイが何度か見られます。

 及川君と伊藤君もまるで相手の考えている事を先読みできるかのようにパスコースの選択肢を増やしたり、他の選手へのポジション指示なども出来ていて、このたった数ケ月でチーム内の結束は大きく固まったと言えます。


 ここ数年、1部と2部の昇降格を繰り返し厳しい戦いを強いられている南国スポーツクラブさん。さすがに県1部ともなれば、メンバーほぼ全員がサッカー経験者になってきますが、前後の連携面でまだまだ改善点がみられます。

 森君のデータでもしっかりとDFラインを固めて『失点少なく競り勝つ』チームだと評価されていました。


 しかし、それは言い換えれば『決定力が無いので守備に頼らざるを得ない』とも言えます。現にこの二年のデータでも南国スポーツクラブさんは1対0・0対1、もしくは引分のゲームが半分を占めています。このデータを見て守備が安定してると見るか、決定力不足と見るか。それによってこちらの対応も変わってきます。


 今日は伊藤君・八木君のOH二人で構成し、ボランチに及川君を置いています。右サイドにアランと成田君(DF)、左サイドに大野君・和瀧君を置く事でヴァンディッツの中で最もボール保持の技術が高い選手で中盤と最終ラインを構成しています。


 試合はこちらの狙い通り相手のプレッシャーにそれほどの脅威は無く、確実にパス回し続ける事で回避出来るレベルでした。飯島君と鈴木君でこちらもFW陣の中ではボール保持の能力は高い二人。いかにボール支配率を高めて相手をらす・あせらせる事が出来るか。

 相手が焦れる事で最終ラインがボールを奪う為に前掛かりになれば、後ろにスペースは生まれます。当然ですが、それを待っていれば大量得点と言う試合展開は難しいかも知れませんが、確実な勝ち点を積み重ねる為にはリスクを負いすぎる事も避けなくてはいけません。


 こちらの戦術に南国スポーツさんの中盤はジリジリと間を詰めるようにボールを奪おうと言う意識が表に出始めました。しかし、誰か一人が取りに行く時に周りの選手がカバーやスペースを埋める為の行動が遅れ気味なので、逆にこちらの選手がそのスペースに飛び込みパスが繋がる場面が出てきました。

 さぁ、勝負をかける時間帯に入ってきました。


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試合終了後 <原 幹久>

 2対0での勝利。リーグ戦3連勝。結果から見るよりも試合自体は緊張感のある内容になった。守備をガッチリと固めた相手に対して、ボール保持率は高く保てているもののなかなか得点を奪えず、先制点は後半24分まで取る事は出来なかった。


 今までの相手ならばそこで点を返したいとディフェンスに割いていた人数をオフェンスに回して得点を狙ってくるのだが、南国スポーツはそれでも徹底して守備に徹した。結果、終始こちらが主導権を握り続けながらも2得点しか出来ないと言う結果になった。

 試合後の監督と御岳さんとの話し合いの結果、恐らく南国スポーツはこの試合は勝ち点3を取る事は難しいと考え、出来る限り失点を少なく終えて今後の順位争いでの得失点差で大きく後退しないように考えたのではないだろうかと言う話で全員が納得した。


 やはりうちのチームとしては勝利と言う結果の次に求める事が無失点での勝利。パス&コントロールやトラップ練習などに多くの時間を割いていて、チームの強みとしても掲げているからには、やはり失点と言うモノには他のチーム以上に拘る部分があると感じている。

 当然、相手よりも多くの点数を取る事を求められ、多少の失点をしてもそれを上回る攻撃力があるならばそれも良いのかも知れない。しかし、チームの現状としてはまだ決定力と言う部分では自信を持って強みと言えるモノにはなっていない。

 ここまでの試合でも得点を多く重ねているが、それは相手チームに比べてシュート数やチャンスの場面が多いからと言うだけで確率で言えばまだまだ練り上げなければいけない部分は多い。


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同日 市内某グラウンド <冴木 和馬>

 ヴァンディッツの試合が終わり選手達がバスに乗り込んだ時点で真子に連絡を取ると、拓斗達の試合はまだ後半が始まったばかりで同点だと言う。俺と常藤さんと司・雪村くんは車に乗り込み、拓斗達が試合をしているグラウンドに向けて出発する。


 Vandits安芸が試合をしていたグラウンドからは車で20分ほどの距離。車を駐車場に停めてグラウンドまでの数段の階段を4人が駆け上がる。グラウンドを見渡すと俺達から見て左側のゴール裏に何人か見た事のある保護者の方が見え、その中に真子の姿もあった。俺達もゴール裏に合流すると、周りの保護者達は驚いていた。


 しかも、その観客の中にまさか中堀と山口がいた。中堀は先週無事に退院し、今は午前中は出社して事務作業を手伝い、午後はリハビリと学生達(ジュニアユース含む)の指導をしてくれている。恐らく山口に無理を言って連れて来てもらったんだろう。


 試合は既に1対4と突き放されていた。しかし、安芸高校サッカー部の部員達は必死に相手に喰らい付く。あまりの実力差に胸が痛くなる。拓斗からはチームの半分近いメンバーが未経験者だと聞いている。それでも全員の目がまだ勝負を諦めてはいなかった。

 ホイッスルが鳴る。皆の足が止まり、ガクリと力が抜けたように膝を突く。よろよろと立ち上がり、拓斗達は精魂尽き果てた部員達に肩を貸して整列し試合を終えた。


 その後、保護者達の前に並び礼をする。


 「「「「「ありがとうございましたッッッッ!!!」」」」」


 部員達へゴール裏の保護者達が拍手を送る。何人かは自分の子の落ち込み様を見て涙を流している方もいた。そして、部員の中にも涙を堪えている者はいた。拓斗は悔しそうな顔で俺と真子を見ていた。その時だった。


 「泣くな!!!!胸を張れ!!!!」


 中堀が部員達に叫んだ。部員達の体がビクリと跳ねる。中堀は普段から非常に優しく子供達と接してきた。その中堀が感情を爆発させている。


 「お前達は、出場できるかどうかも分からなかったチームをしっかりまとめ上げて、安芸高校として単独での出場を叶えた!!!胸を張れ!!!」


 中堀のその言葉に保護者達からも大きな拍手が送られる。そうなのだ、必死に先輩たちと各教室を回り、未経験者を集めてチームを作った。そして、1点をもぎ取ったのだ。誇れ。


 「秋まで時間が無いぞ!!!また今日から頑張っていこう!!!頑張れ!!安芸高サッカー部!!!!」

 「「「「「応ッッッ!!!!!」」」」」


 子供達がヴァンディッツに憧れて始めた掛け声だ。小さな山賊達に大人達は目を真っ赤にして拍手を送り続けた。

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