幕間 若き力
2019年5月5日(日) 市内某グラウンド <冴木 拓斗>
Vandits安芸の県1部リーグ第2節が行われてる同じ日に安芸高校の公式戦があります。高知県高校体育大会の一回戦です。相手は清水高校です。
安芸高校は何とか部員勧誘が上手くいき、今年のメンバーは2年生4名。1年生10名の14名で登録する事が出来ました。その中で一年生5人は去年Vandits安芸のサッカースクールに通っていたメンバーです。元々は僕を含めて3人しか安芸高校に入学する予定では無かったのですが、入学前にスクールのメンバーに声をかけて室戸高校に入学するつもりだったメンバー2人が安芸高校に入学してくれる事になりました。
室戸からの通学は大変らしく、親御さんも送り迎えをしてくれていたみたいです。その事をお父さんに話したら「もし親御さんさえOKならクラブの寮が空いてるから入居しても構わない」と言って貰えました。メンバーの親御さんとの間にクラブと高校が入ってくれて、とりあえず夏休みに1週間ほどお試しで寮生活をしてみて、本人が寮生活をしていけそうなら夏休み明けから本格的に入寮しましょうと言う事になりました。
安芸高校入学を決めてからスクールのメンバーは高校と御岳コーチの許可を得て、入学までの期間は高校サッカー部の練習に参加させてもらっていました。サークルに在籍していた時よりも練習メニューはキツくなって、僕を含めて一年メンバーの中には自主的に早朝に走り込みをする部員も増えました。
安芸高校単体での大会出場は数年ぶりでOBの先輩方も練習相手として来てくれたり、充実した二か月間でした。
しかし、大会前に御岳コーチから言われた言葉は僕らには非常にキツい内容でした。
「今の自分達の実力ではどうひっくり返っても勝利は難しい。その中で一体自分達がどう今日までの練習の証を残せるか。それを示す大会になる。勝負は当然最後まで分からんし諦めてはいかん。しかし、気合や根性で勝てるほどスポーツの世界は甘くない。」
それを聞かされた時は全員の顔が暗くなっていた事を思い出します。
「何年も単独校での出場が当たり前で、サッカー指導経験のある顧問がいる部活と、今年になってサッカー指導経験者が加わり未経験者も多い部活との対戦。これで試合をひっくり返せるのは漫画や映画だな。しかし、自分達の今日までの努力をしっかり見せる事を諦めない。その先にしか勝利は無い。じゃから、気持ちよく負けてこい。そこからお前達の長いサッカー生活は始まる。この負けの先にお前達のサッカーはある。一緒に作っていこう。」
この話をお父さんにしたら「良いコーチだな」と言っていました。ただ「お前達は勝てる、勝つ事しか考えるな」と妄信的に指導するのではなく、自分達の状況を冷静に判断しその中で出来る事をしっかりと見定める。高校生の僕らではまだ分からないかも知れないけど、社会に出るととても重要な考え方の一つなんだそうです。
僕のポジションは中学の時はFWでした。でも、高校に入ってからは足元の技術を買われてOHやSHとしての練習もするようになりました。御岳コーチにも「ボールを足元に納めてからの前を向こうとする姿勢と視野の広さ」を評価して貰っています。ちなみに今日のポジションはFWです。
僕は身長もそれほど高くない(164cm)なのでセットプレイで高さを活かすプレイには参加出来ません。なので、しっかりと状況把握をして相手を掻き回す、Vandits安芸の幡選手や古賀選手のようなプレイを求められています。
ピッチの外の観客の中にお母さんを見つけました。今日はヴァンディッツの公式戦もあるのに。少しでも良い場面を見せたいな。
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OHの二年生清春さんのパスが右サイドの僕へと通る。ボールの受け取りざまに一年生の右SBの
このボールは上手くFWの大吾に通ったけど、大吾のヘディングは相手GKの真正面に飛びガッチリとキャッチされる。
大吾は将文に向かって拍手しながら親指でナイスパスの合図を出している。将文も悔しそうだけど、自分達の狙いが悪くない事は実感出来てるみたい。
今日のスタメンのうち3人(右のDH・左SB・右CB)は高校からサッカーを始めたメンバー。そしてベンチに控える3人も同じく未経験メンバー。
前半ももうすぐ終わる。0対1で負けている。相手の攻撃陣がこちらの初心者組のポジションから攻め崩そうとしてくるのは想定済みだったけど、それをカバーするのに精一杯で自分達の攻撃になかなか繋げられていない。
そんな中でも必死に清春さんがドリブル突破を試みて、前線でパスを待ち続けていたFWのヒロ君に鋭くパスを出した。ヒロ君は真横に相手DFを連れた状態でエリア内に侵入。シュートを打とうと試みた。
その瞬間に相手が体を当ててきた事が最終的には功を奏した。ヒロ君の体がぐらりと体勢を崩された事で、ヒロ君が打とうと考えていたコースへの目線と体の向きとは真逆の方向へとボールは飛んだ。
GKは意図しない方向に体を動かす事が出来ず、幸運にもボールはそのままゴールに吸い込まれた。
自分達が入学して初めての公式戦で得点をあげられた。これで試合はイーブン。なんとか後半も得点に繋げていきたい。
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御岳コーチの言う通り、試合はそんなに甘い物ではありませんでした。後半に入り自分達も含めですが明らかに動きの悪くなった安芸高校。何とか必死に体を動かしますが、未経験メンバーの交代を含め相手との選手層の違いも大きく影響し、終わってみると1対4と言う結果で敗戦しました。
自分達が考えている以上に後半は防戦一方となってボールを奪えても攻撃に人数を割けない事が多発しました。これに関しては全員の持久力不足と試合慣れをしていない為に、余計な体力を使い過ぎてフルタイム持たない状態になってしまっていました。
そう言った事も次につながる課題だと御岳コーチは「ポジティブに捉えなさい」と教えてくれました。負けた事は悔しいけど、入学する前の段階では安芸高校だけでチームを組む事すら無理だったかも知れなかった。それを思えば未経験者は多くても単独でチームを組めたことは本当に嬉しい。
それに未経験者の皆が「次は勝ちたい」と口に出してくれた事も嬉しかった。もしかしたらこれだけの大差の負けを経験したらモチベーションが無くなってしまうかもと心配していたけど、秋の大会に向けて練習を頑張ろうとやる気を見せてくれているのはスクール組の皆も正直ホッとしていました。
次の公式戦は10月に予定されている全国高等学校サッカー選手権大会の高知県大会。いわゆる、冬の選手権と呼ばれる大会の高知県予選です。それまでに今以上にチームとして向上していかなければいけません。
また高円宮杯への参加は今年度の参加は見送り、来年から参加予定となっています。これも今年一年は沢山の高校と練習試合を組んで、チームとしての経験値を積み、来年度からの新チームで高円宮杯に挑む事になりました。
高円宮杯は高知県の場合は1部から3部まであり、3部は3リーグに分かれています。なので、どんなに勝ち進めても僕達が高校生の間には1部で戦う事は出来ません。しかし、高円宮杯に参加する事で他校との公式戦の数はグッと増えます。そしてこの後に安芸高校に入学してくるサッカー部のメンバーに後を託す事にも繋がります。
今はまだ走り出したばかりのこのチームをしっかり戦えるチームにしていく事が大事だと御岳コーチに明日からの目標も掲げて貰えました。
まだ走り出したばかりのチームですが、この悔しさを胸にまた今日から練習をしていきます。
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